【完結】あなたにクズでいてほしい ~こちら滅び(予定)の国の兵士専用食堂配膳係~

空野 碧舟

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悪の組織の親分と初対面

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 翌朝——、いや翌昼に目覚めたナギは、下半身の違和感はともかく、あまりにもすっきりした自身に複雑な思いがした。

 ——なんか、これじゃただの欲求不満だった人みたいじゃない。

 背中のあたたかさに振り返ると、そこには筋肉の塊のような男が眠っている。「お前、俺をただのセックスの道具だと思ってないか?」と不満を漏らしながらも、昨夜のシュテルンは優しくナギを抱いた。

 眉間に皺の寄ったその寝顔は、かわいいという言葉からはほど遠いはずなのに、ナギの目にはかわいく映る。

「……ン」

 ほとんど音にならないほどの声でその名を呼んで、伸びあがってシュテルンの頬に口付けたナギは、次の瞬間には仰向けに転がっていた。

「何だそれは」

「え?」

「そんなもんで足りるか」

「えっ、アッ?」

 がぶりと噛みつかれるように始まった口付けは、シュテルンの熱い舌にナギが誘われて、自身の舌を差し出したところで、中断を余儀なくされた。

 ダンダンダンと激しくドアを打ち鳴らす音に、チッと舌打ちをしながらも、シュテルンが起き上がった。

 裸のままドアへと向かうシュテルンの後ろ姿を見つめていたナギだったが、ハッと気がついて服を着るために慌てて奥へと引っ込む。

 おそらくミナハのものだろうが、意外なほどかわいらしいキャッという悲鳴が上がったあと、ボソボソと話している声が続いた。

 だが急いで着替えているナギには、その内容はほとんど聞き取れなかった。

「おい、ナギ。準備しろ。アゴーレ様がお呼びだそうだ」

 シュテルンに掛けられた声に、ナギの着替えの手が止まる。

「うわ……」

 ——ついにメランガの、悪の組織の親玉から呼び出し? さすがに怒られるわよね。

 今までナギが何をしようと会うことのなかった、シュテルンの主にしてメランガのトップ。呼び出される心当たりはあるものの、ナギにはその心の準備は出来ていなかった。

 アゴーレについてナギが知っていることと言えば、シュテルンよりも非道な存在で、一国を吹き飛ばすことができるほどの強大な魔力を持っているということ。そしてメランガのインフラは、すべてアゴーレの魔力に支えられている。驚くことにそれくらいしかなかった。



************



「何だ? 無口だな」

 先を行くミナハの後ろ、シュテルンの隣を頑張って早足で歩きながら、ナギは蒼白になっていた。

「ね、ねえ。本当にこんな普段着でいいの?」

 ボーダーのカットソーにジーパン。その格好でも、黒タンクトップに黒の皮パンを履いたシュテルンと、部屋を出るまでは、ナギは全く気にならなかった。

 だが部屋の外で待っていた、かっちりした軍服を着たミナハを見た途端、ナギは不安になったのだ。

 ミナハに特に何かを言われたわけではないが、一国のトップに怒られに行く——何らかの処分をされに行く格好でないことは確かだろう。

「や、やっぱり着替えてくる」

 今来た方にくるりと向きを変えたナギの、首根っこを掴んだのはシュテルンだ。

「今更じたばたするな。服なんざ、着てようが着てなかろうが、気にする必要もない」

「はあ? そ、そんな訳ないでしょうが」

「まあ、確かにシュテルン様の言う通りだな」

 先導するミナハが、シュテルンに賛同した。

「そ、そうなんだ?」

 ミナハが言うなら本当なのだろう。そう安心したナギは、着替えに戻ることを諦めた。

「お前、俺の言うことよりミナハの言葉を信じたのか」

「あたりまえでしょ」

「なんだと?」

 くだらない言い争いを始めた二人を、ミナハの「着いたぞ」という冷静な声が止めた。

「わたしはここで控えている。二人で入れ」

 ほぼ真上、首が痛くなるほど見上げた先にある、天井の近くまで届く巨大な扉。シュテルンが押して開いたその扉の先が、ナギが初めて足を踏み入れたアゴーレの私室だった。

「良く来たのう」

「えっ?」

 まるで祖母のような口調でナギを迎えたアゴーレの姿は、ナギの視界には映らなかった。

「ここじゃ」

「あ、え? あなたが、アゴーレ、様?」

 高い扉につられて上ばかり見ていたナギは、首を真下におろした。どうみても4、5歳くらいの女児が、ニヤリと笑った。腰まで伸びたくるくるの金髪に、吸い込まれそうなほどに澄んだ銀の瞳。

 ——うわ、かわいい。

 見惚れたナギに、アゴーレは満足そうにうなずいた。

「そうじゃ、麗しかろう?」

「わっ!?」

 赤い着物に黄色いへご帯、ちいさな足は裸足だった。そしてナギが見下ろしていたアゴーレは、ふわりと浮き上がってナギの目線まで来ると、身を翻して部屋の奥までピュンと飛んだ。

「うわ、えっ? えっ? と、飛んだっ!?」

 アゴーレの着物の背中には、白い翼が生えていた。

「ええっ! てっ、天っ!?」

 ——子供で着物で、口調はおばあちゃんみたいな、金髪銀眼の天使?

「いや、いくらなんでも予想外過ぎでしょうよ」

「なにをブツブツ言っている?」

 シュテルンが、ナギの背中を押して部屋の中央に進ませる。広い部屋の奥、高い位置にある出窓に腰をかけて、アゴーレは足をぶらぶらさせながら言った。

「さて、ナギ。わらわの名はアゴーレ、このメランガの主じゃ」

 威厳などない。だがひたすらかわいらしいアゴーレの容姿に、惑わされてはいけないことはナギにも分かっている。アゴーレはシュテルンがただ1人、主人と認めた存在なのだから。

 ——ああ、でも、いくらなんでもかわいすぎない?
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