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すべてはあの日から
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元の世界に戻って、ナギがなすべきことは何だろう。それはこの世界では出来ないことだろうか。悩みながら、ナギはシュテルンの部屋を出た。メランガの中をゆっくり散歩でもしながら、考えたいと思ったからだ。
「あ……」
ナギは自身の目を疑った。たこ焼き屋の側の小道に、レドがうずくまっているのを見つけたからだ。
「……何、してるの」
周りを見回しても、レド以外のラオン国やサザミナの関係者はいなさそうだ。王弟でありながら不用心なこと、この上ない。レドは顔を伏せたまま、ナギに答えた。
「待っていたんだ、ナギを」
思えば、ここは初めてナギがレドに出会った場所だ。意図したのか、レドの服装はあの日と同じものだった。
あの日、レドはひどく落ち込んでいて、そんなレドにナギは発破をかけたのだ。
「……誰もが自分にできることをするしかないよね」
「え?」
「あの日、ナギが言ったことだ」
顔を上げたレドは、ナギを真っすぐに見つめてきた。その目はナギの予想に反して、澄んでいて穏やかだ。
「すべてはあの日から始まった」
「え?」
「御守りの誤作動か、偶然メランガに迷い込んだあの日、同じラオン国の中にありながらメランガとラオン国とでは、経済的にあまりにも格差があることに気がついて、我は衝撃を受けた」
あの日、確かに打ちひしがれていたレドを、ナギは見ていた。
「それは、メランガがラオン国から物資を奪っていたからでしょう?」
「いや? メランガはそんなことはしていなかった。隣国と独自のルートで交易をして、正規の価格で商売をしていただけだ。すでにメランガはラオン国からの独立を申し出ていて、勝手に税金は払っていなかったがな」
「は?」
「搾取していたのは、ラオン国の一部の皇族や貴族たちだ。そのせいでラオン国内には埋めようのない貧富の差が生まれていた」
「そ、そうなん、だ?」
今日のレドはいつになく饒舌だ。悪政を執っていたのは、メランガではなくラオン国であったのだと、レドが語るのは辛いことなのではないだろうか。
「腐敗したラオン国の内政から民の目を逸らすために、民の不満を解消するために設けられた形だけの正義の味方。サザミナはそういう組織だったんだ。そしてメランガは、その敵役として都合が良かった」
「……そう」
レドがナギに手を伸ばした。立たせてと甘えるようなその手を、ナギが躊躇いながらも掴むと、レドはほとんど体重は掛けずに立ち上がった。
「あの日と同じだ」
「え?」
「ナギはあの日、迷える我に手を差し伸べてくれた。そこからすべてが始まって、我は父を——前王を討ったんだ」
長い話の終着点に気がついて、ナギが手を引こうとしたが、それは許されなかった。逆に強く引かれて、気がつけば、ナギはレドの腕の中にいた。
「親殺し」
頭上から落ちたその言葉に、ナギの身体がびくりと震える。
「我には前王の息子として、王子として、不正を正さねばならない義務があった。だから、前王の粛清について悲しむことは、出来ない。しては、いけない。我が悲しまなければならないのは、悪政により虐げられたり命を落とした民たちのことだ」
「あ……」
レドの声には揺るぎない覚悟が見える。自身と同じ苦しみの中に落とそうとしたレドが、きっぱりとナギとレドとは違うのだと告げた。その立場の違いから来るレドの強さに、ナギは自身とレドは本当に違うのだと分かった。
「——どんなに自分を正当化しようとしても、親を殺した事実は変わらない。何年経っても、それを忘れることはできない。死んでしまった人は、生き返らないから仕方ない」
「え?」
「全部、ナギが言ったことだ」
「……よく覚えてるね」
「まあ、そういう能力はな。それなりに高い」
強張ったナギの背中を、レドがなだめるように撫でた。それはシュテルンとの抱擁とはあまりにも異なる、色気のカケラもないものだ。
まるで兄が妹を慰めるようなその手に、ナギは強張っていた身体から力が抜けていくのを感じた。
年齢で言えば、ナギが姉でレドが弟のはずだが、いつの間にかレドは年齢など超えてしまったのだろう。
「あれはきっと、ナギのことなんだな」
「……違うわ。私は、両親を殺してなんか、いない」
「そうか。でもナギは、両親は自分のせいで死んだと思っているんじゃないか?」
「それは……」
言葉に詰まったナギの頭をポンポンと軽く叩いて、レドがナギから離れた。
「……そしてそのナギの苦しみには、あの落下さんが関わっているんだろう?」
「ど、して」
「分かるさ、そのくらいは」
——それも、そうか。
ナギはカズを殺そうとした。その状況は、すべてレドに報告されたのだろう。
「今日、我がナギに会いに来たのは、あの落下さんの所有権をお前に譲るためだ」
「……えっ?」
「あの落下さんの所有権は今、ラオン国ではなく我個人のものだ。だから何の制約もない。お前に譲る」
信じられない提案に目を見開いたナギを、レドが笑った。言葉も出ないほど驚いているナギに構わず、レドの話は続いた。
「どうしようとナギの自由だ。まあ、ラオン国内ではそれなりに騒動になるかもしれないが、ナギに対する我の感謝の気持ちだから、高くはない」
「明日、正式に使者を立てて引き渡す」と、そう言ってレドは帰った。
レドの代わりにしゃがみこんだナギは、その場からしばらく動くことができなかった。
「あ……」
ナギは自身の目を疑った。たこ焼き屋の側の小道に、レドがうずくまっているのを見つけたからだ。
「……何、してるの」
周りを見回しても、レド以外のラオン国やサザミナの関係者はいなさそうだ。王弟でありながら不用心なこと、この上ない。レドは顔を伏せたまま、ナギに答えた。
「待っていたんだ、ナギを」
思えば、ここは初めてナギがレドに出会った場所だ。意図したのか、レドの服装はあの日と同じものだった。
あの日、レドはひどく落ち込んでいて、そんなレドにナギは発破をかけたのだ。
「……誰もが自分にできることをするしかないよね」
「え?」
「あの日、ナギが言ったことだ」
顔を上げたレドは、ナギを真っすぐに見つめてきた。その目はナギの予想に反して、澄んでいて穏やかだ。
「すべてはあの日から始まった」
「え?」
「御守りの誤作動か、偶然メランガに迷い込んだあの日、同じラオン国の中にありながらメランガとラオン国とでは、経済的にあまりにも格差があることに気がついて、我は衝撃を受けた」
あの日、確かに打ちひしがれていたレドを、ナギは見ていた。
「それは、メランガがラオン国から物資を奪っていたからでしょう?」
「いや? メランガはそんなことはしていなかった。隣国と独自のルートで交易をして、正規の価格で商売をしていただけだ。すでにメランガはラオン国からの独立を申し出ていて、勝手に税金は払っていなかったがな」
「は?」
「搾取していたのは、ラオン国の一部の皇族や貴族たちだ。そのせいでラオン国内には埋めようのない貧富の差が生まれていた」
「そ、そうなん、だ?」
今日のレドはいつになく饒舌だ。悪政を執っていたのは、メランガではなくラオン国であったのだと、レドが語るのは辛いことなのではないだろうか。
「腐敗したラオン国の内政から民の目を逸らすために、民の不満を解消するために設けられた形だけの正義の味方。サザミナはそういう組織だったんだ。そしてメランガは、その敵役として都合が良かった」
「……そう」
レドがナギに手を伸ばした。立たせてと甘えるようなその手を、ナギが躊躇いながらも掴むと、レドはほとんど体重は掛けずに立ち上がった。
「あの日と同じだ」
「え?」
「ナギはあの日、迷える我に手を差し伸べてくれた。そこからすべてが始まって、我は父を——前王を討ったんだ」
長い話の終着点に気がついて、ナギが手を引こうとしたが、それは許されなかった。逆に強く引かれて、気がつけば、ナギはレドの腕の中にいた。
「親殺し」
頭上から落ちたその言葉に、ナギの身体がびくりと震える。
「我には前王の息子として、王子として、不正を正さねばならない義務があった。だから、前王の粛清について悲しむことは、出来ない。しては、いけない。我が悲しまなければならないのは、悪政により虐げられたり命を落とした民たちのことだ」
「あ……」
レドの声には揺るぎない覚悟が見える。自身と同じ苦しみの中に落とそうとしたレドが、きっぱりとナギとレドとは違うのだと告げた。その立場の違いから来るレドの強さに、ナギは自身とレドは本当に違うのだと分かった。
「——どんなに自分を正当化しようとしても、親を殺した事実は変わらない。何年経っても、それを忘れることはできない。死んでしまった人は、生き返らないから仕方ない」
「え?」
「全部、ナギが言ったことだ」
「……よく覚えてるね」
「まあ、そういう能力はな。それなりに高い」
強張ったナギの背中を、レドがなだめるように撫でた。それはシュテルンとの抱擁とはあまりにも異なる、色気のカケラもないものだ。
まるで兄が妹を慰めるようなその手に、ナギは強張っていた身体から力が抜けていくのを感じた。
年齢で言えば、ナギが姉でレドが弟のはずだが、いつの間にかレドは年齢など超えてしまったのだろう。
「あれはきっと、ナギのことなんだな」
「……違うわ。私は、両親を殺してなんか、いない」
「そうか。でもナギは、両親は自分のせいで死んだと思っているんじゃないか?」
「それは……」
言葉に詰まったナギの頭をポンポンと軽く叩いて、レドがナギから離れた。
「……そしてそのナギの苦しみには、あの落下さんが関わっているんだろう?」
「ど、して」
「分かるさ、そのくらいは」
——それも、そうか。
ナギはカズを殺そうとした。その状況は、すべてレドに報告されたのだろう。
「今日、我がナギに会いに来たのは、あの落下さんの所有権をお前に譲るためだ」
「……えっ?」
「あの落下さんの所有権は今、ラオン国ではなく我個人のものだ。だから何の制約もない。お前に譲る」
信じられない提案に目を見開いたナギを、レドが笑った。言葉も出ないほど驚いているナギに構わず、レドの話は続いた。
「どうしようとナギの自由だ。まあ、ラオン国内ではそれなりに騒動になるかもしれないが、ナギに対する我の感謝の気持ちだから、高くはない」
「明日、正式に使者を立てて引き渡す」と、そう言ってレドは帰った。
レドの代わりにしゃがみこんだナギは、その場からしばらく動くことができなかった。
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