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魔法と自主訓練
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部屋に1人残された久美子は考えに耽る。
ネットで使用している菊という名前は、本名の久美子をローマ字にした際、分解した文字の一部を組み合わせたもので、名字は日本で一番多い佐藤さんを採用した。
まず、偽名を名乗っても指摘されなかった事から、個人情報を鑑定されるような魔法は使われなかったと考えていいよね。
偶然とはいえ、不審者ファッションだったからこれを継続して、出来れば顔を知られないまま過ごしたいな。異世界物あるあるで追放されても戻されるとか、殺されるとかあった場合、顔を知られているとリスクが上がりそうだし、海外の民族衣装のように布で覆って過ごす事にしよう。
どれくらい安全に過ごす時間が有るのかわからないけれど、建物内で迷子にならないようにしたいし、周辺地図や状況を知りたいなぁ。物騒な地域だったら困るし。夫がどうなっているかも気になる。そして魔法が使えるようになったら・・・ちょっとわくわくするかも。
書き物机に置かれたランプを点けたり消したりしてみる。
点ける時にスッと体温が抜けるようなこの感覚が魔力の動きなのかな?魔法を使って体温が抜け続けたら低体温になっちゃいそうだし、似ているけれど体温じゃないってことよね。体内の温かい何かが魔力と認識していいのかも。
この温かい何かを意識して魔法を使ったら出来るようになるかもしれないとして、まずはどんな種類の魔法があるか・・・よし、本を読もう。
生活魔法だけでも色々とあった。明かりを点けたり、飲み水を出したり、種火を点けたり、洗浄したり、軽い風をおこしたり、土を耕したり、農具や包丁を砥ぐような家財道具のちょっとした補修をしたり、自力で魔法を使う事もあれば、呪文(?)を知らなくても魔道具で行えるようだ。
日常的に使わない魔法は専門技術扱いで、別の本に記されていた。
塀を作るなど建築関係や、魔道具作成、攻撃に特化したもの、防御に特化したもの、教会関係なのか浄化や結界、治癒について書かれていた。本の厚みの割に手書きだから、内容が多くなくてありがたい。
でも待てよ。これを全部覚えられるかと言うと覚えきれないな。本の貸出期間が終わったらどんどん忘れそうな気がする。
メモ帳、メモ帳がとても欲しい。
自宅のあの引き出しに入れている小さいメモ帳とボールペンが欲しい!
切実に心の中でうったえていると、何やら目の前に灰色のモヤが出た。
え、なにこれ。どこかから煙が出たのかと思って手で払おうとすると、モヤの中に手が入る。
うわっ、気持ちわるっ!と一瞬思ったけれど、モヤの中に手が入ったら頭の中に先ほど求めていたメモ帳とボールペンが思い浮かぶ。
これが手元にあると便利なのよねと考えたら、モヤが消えて手のひらにメモ帳とボールペンが残った。
唖然としたけれど、使える物は使うに限ると思考を放棄し、魔法一覧を書き込むことにした。
一通り記入が終わる頃、ノックの音が聞こえたので、メモ帳とボールペンをエプロンのポケットに入れながら返事をする。
カートに乗ったお茶道具と共にサラが入ってくる。この世界のお茶って主流はどんなものなんだろう?ハーブティー?発酵技術があってウーロン茶や紅茶があったりする?コーヒーだったりは?脳内でぐるぐると考えながら見ているとサラに聞かれる。
「お茶を淹れようと思うのですが、飲むことは出来ますか?」
嗜好の確認もあるのだろうけれど、口元を布で覆っていたので物理的に飲めるのか確認されている気がする。
「頂戴します」
返事をし、サラがポットを温めていたお湯を捨て、茶葉を入れて新しいお湯を注いでいる様子を見つつ、18世紀頃のイギリスでは紅茶がブームになった際に死亡率が大幅に減少したという研究発表があったなぁー。あれって紅茶というより、水を煮沸して飲んだ事による効果だったと書かれていたような・・・この国の飲み水どんな感じなんだろう?生活魔法があるから雑菌の心配が無いのかな?なんてことをつらつらと思っていると、なにやら馴染みのある香りが鼻に届く。
「あら?緑茶ですか?」
聞いてみるとサラが返事をする。
「ええ、ご存知の品でしたか?」
テーブルにコトリと置かれた茶器の中は薄い黄色のお茶が揺れていた。
良い香りですねと言いながら、なまはげが訪問先でおもてなしを受け、お面の下から飲食するかのように、布を持ち上げて隙間からお茶をこくりと飲むとすっきりとした味わいがする。なんだか色々あったけれど、ようやく人心地ついた。
口元に視線を感じるけれど、気にしないったら気にしない、今はお茶を堪能するのよ。
「もう少し経ちましたら軽食をお持ちしますね。その後は建物内の案内が可能ですが、どうされますか?」
希望が通ったようなので『是非』と案内をお願いした。
じゃがいもっぽいものにバターが添えられ、、謎のお肉を煮込んだスープが部屋に届き、1人で黙々といただく。現代日本と比べて肉の保管などの衛生感はどうなんだろう?と思いつつも、洗浄の魔法があるからきっと大丈夫と自分を励まして食べた。
1人きりだと布を外して解放感の中、周りを気にせずに食べられるのが嬉しい。司祭さんや助祭さんと一緒だったらとても喉を通らないんじゃないかな。
食後にサラが散歩と言う名の周辺探索に付き合ってくれる事になったので、まずはこの部屋から外へ繋がる扉までのルートをお願いしてみると大丈夫だとの事。
既婚者とはいえ、結婚式を挙げなかったので教会に縁が無かった私はキョロキョロとあたりを見る。
見慣れない神様が祭られているようで、十字架は見当たらない。
逃亡を警戒されていないのか?なんて思いつつ、今逃げたところで情報もお金も無いものねと自己完結する。扉から庭に抜け、がっしりした体躯の庭師のジャンさんを紹介してもらう。
その後、礼拝堂を通って部屋に戻りそうだったので、厨房も見たいと言い、いきなり見学は出来ないでしょうから、場所だけ教えてもらった。さりげなく下働きの人が出入りしていそうな扉もチェックする。
部屋に戻った後は夕食まで1人にしてほしいと伝え、サラには下がってもらう。
忘れないうちに建物内のざっくりした地図をメモ帳に書いて、ここからは検証タイムに突入だ。本当はね地図が欲しかったんだよ?でも許可が出ていなかったので見ることが出来なかったの。
そこで今後役に立つかもしれない魔法が使えるようになるか実験することにした。
再びランプを手元に引き寄せて点けたり消したりしてみる。
呪文の発音問題はあるのだろうか?そもそも音声を何かが認識して発動するのか?自分の言葉で自分の魔力を使って魔法を発動するのであれば、声に出さなくても出来たりしないか?魔道具は無言で操作できるわけだし。
魔力っぽい熱の流れを意識しながら指先を見る。照明、懐中電灯、LEDライトの単語を1つ1つ思う浮かべると、ぽわっと指先が明るくなる。
「びっくりしたぁー・・・なんか出ちゃったよ」
という事は、呪文が決まっているわけではなさそうだし、声に出さなくても出来そうだな。明かりの種類は変化できるのだろうか?本当は違う名称だった気がするけれど暖色、青白い色、白色と思い浮かべると、色が変化した。興に乗ってレインボーカラーを全部実行したところで満足し、一旦落ち着く。
調子に乗って魔力を使い過ぎたら倒れて異世界あるあるになりそうだけれど、生活魔法で大量に消費する事はないんじゃないかと考えてみる。
立ち上がって軽く屈伸をしたり、足上げ運動をしてふらつきなどが無いか確認し、再び腰掛ける。
室内で火や水の魔法を試すのは論外として、他に出来そうなもの・・・とメモを見る。気になったのは鑑定魔法。某番組の出演者ような専門知識も無ければ鑑定眼もないけれど、元の世界で見た諸々が影響して魔法が出来る条件に当て嵌まっていたら良いなと、鑑定に使う品物を物色する。
水魔法の魔石が埋め込まれたピッチャーを目にして、どんな品なのか鑑定したいと念じると、照明で使った生活魔法の魔力よりもちょっぴり多めに身体から熱が抜けたような感覚がし、ピッチャーの下の辺りに説明文が日本語で表示された。
『ピッチャー:陶器で出来た水差し、水の魔力が込められた魔石が使われている。魔石の魔力効率は半分』
こんな感じで出るのかー、表記されているのはありがたいけれど、予想外でびっくり。
この世界の識字率がどれくらいなのかわからないけれど、読めなければ活用できない魔法ですし、読める人であれば商売などで役立ちそう。
魔力効率・・・無くなったらどうやって補充するんだろう?魔力を移動するようなイメージで出来るのかな?と触ってみると、ズルっと今までよりも多くの熱が抜けていく感覚がした。
まずいっ!と思ったけれど後の祭りである。開き直って再び鑑定する。
『ピッチャー:陶器の水差し、水の魔力を付与した魔石が使われている。魔石の魔力効率は十分』
うっかり補充しちゃったよ、出来ちゃったよ。聞かれない限り黙っておく事にしよう、そうしよう。
気を取り直して次に行こう。おー!
もし教会関係の魔法を使えたら、こんな年齢でも聖女だと言われかねないが、回復魔法や治癒魔法って出来たら便利だよね。金槌で軽くドンドンしたいくらいの肩こりが回復したら嬉しいかもということで、出来たらラッキーと取り組んでみる。
おお・・・おおおっ・・・両肩をぐるぐる回してみてゴリゴリ音もしないし、軽さに感動した。肩こりとお別れする日が来るなんて!肩だけではなく、全身のだるさが解消している感じがする。夜はぐっすり眠れそうな予感にテンションが上がった。
色々検証したから今日はここまでにしようと、個人的な達成感に浸る。
それから夕食までは、この国の事が書かれた本を読んで過ごした。
夕食は何かの肉と豆を煮込んだ品とマッシュポテト、硬めのパンで、葡萄酒っぽい物は遠慮した。
食器を下げに来たサラにお礼を言い、湯浴み(日本的なお風呂ではない)が終わった後は就寝すると伝え、お疲れ様でしたと見送った。
生活魔法の洗浄を試しつつ湯浴みを済ませ、就寝の支度が終わって部屋の鍵を確認し、更に椅子をドアの前に置く。合鍵でドアを開けられても音で気が付きたいし、ドアを開けた側にも警告になるはず。
さて、本日最後の検証をしてみよう。
何が気になっていたかって、メモ帳とボールペンですよ。あの灰色のモヤ、あれは何だったのか。他にも何か取り出せるのか。こちらの物を入れられるのか。我が家と繋がる何かなのか。繋がっているなら夫の様子もわかるんじゃないか?
手始めに、キッチンに置いていたソーラータイプの小さな置き時計を思い浮かべる。あの棚にあった時計が欲しいと念じると、灰色のモヤが出たので手を入れると、置時計が手元に残る。モヤが無くなったことを確認し、置時計をキッチンをあの棚に戻したいと念じると灰色のモヤが出て置時計が消えた。
どうやら自宅に有ったものを出し入れすることが可能らしい。これはかなり便利だろうけれど、知られたらまずいだろうから出し入れするのは小さな物で、エプロンのポケットに入っていたと言い逃れできるものに限るなー。
では、この世界の物をモヤの中に入れられるのだろうか?部屋を見回し、万が一無くなっても何とかなりそうなものを物色する。
書き物机の引き出しに入っていた紙を1枚拝借して念じる。リビングのテーブルの上にこの紙を置きたい。灰色のモヤが出て紙が消えた。この世界の物も入れられるらしい。
少し度胸が出てきて、借りている本を念じたら入った。ドアの前に置いた椅子も念じてみたら入った。テーブルやソファは大きいし怖いので、今回は止めて、紙、本、椅子を無事に取り出し元に戻す。
そしてリビングの引き出しにあるレターセットを思い描いて取り出し、夫に宛てて手紙を書いてリビングのテーブルに置くようにモヤに吸い込ませた。
今日はともかく、明日以降はどうなるか?年齢はどうあれ、折角召喚したのだから何か出来るかと確認されそうだよね。
ここの人達にとって都合の良い何かを提示できれば、それに越したことはないのだろうけれど、誘拐されて協力したいかと言えばNOである。
人を騙したり誘拐して海外に連れて行ったり、拉致監禁して特殊詐欺の人員にする犯罪者グループを想像してしまい、何か頼まれても、それが本当に良い事なのか、悪い事なのかの判断すら出来ない情報の無さに不安を感じる。
魔法に関しては既に魔道具を動かせているから、使えるようになると確信されているでしょうし、使えないと言い続けられないだろう。ただし、何が使えて何が使えないかは知られていないですし、自分でも全部把握していないから、一般的な生活魔法だけ使えるようになったと小出ししていく感じかな?
他は・・・机の上の羽ペンに目を向ける。
この世界の筆記具は羽ペンが一般的なのかな。万年筆は出来ているのか、もしくは高級品で一般に出回っていないか。ボールペンが開発されたのって18世紀だったっけ?インク漏れが酷かったから実用化しなくて、19世紀になってから安定した品が出来たとどこかで読んだような気がするけれど、この世界でどの程度の技術が発展しているのか分からないな。
いざとなったらボールペンを差し出してなんとかならないものか。
あ、メモ帳はモヤの中のテーブルの上に置いておこう。
モヤにメモ帳を入れようとして、何かが脳内に思い浮かぶ。『久美子へ』と書かれた紙があった。
ネットで使用している菊という名前は、本名の久美子をローマ字にした際、分解した文字の一部を組み合わせたもので、名字は日本で一番多い佐藤さんを採用した。
まず、偽名を名乗っても指摘されなかった事から、個人情報を鑑定されるような魔法は使われなかったと考えていいよね。
偶然とはいえ、不審者ファッションだったからこれを継続して、出来れば顔を知られないまま過ごしたいな。異世界物あるあるで追放されても戻されるとか、殺されるとかあった場合、顔を知られているとリスクが上がりそうだし、海外の民族衣装のように布で覆って過ごす事にしよう。
どれくらい安全に過ごす時間が有るのかわからないけれど、建物内で迷子にならないようにしたいし、周辺地図や状況を知りたいなぁ。物騒な地域だったら困るし。夫がどうなっているかも気になる。そして魔法が使えるようになったら・・・ちょっとわくわくするかも。
書き物机に置かれたランプを点けたり消したりしてみる。
点ける時にスッと体温が抜けるようなこの感覚が魔力の動きなのかな?魔法を使って体温が抜け続けたら低体温になっちゃいそうだし、似ているけれど体温じゃないってことよね。体内の温かい何かが魔力と認識していいのかも。
この温かい何かを意識して魔法を使ったら出来るようになるかもしれないとして、まずはどんな種類の魔法があるか・・・よし、本を読もう。
生活魔法だけでも色々とあった。明かりを点けたり、飲み水を出したり、種火を点けたり、洗浄したり、軽い風をおこしたり、土を耕したり、農具や包丁を砥ぐような家財道具のちょっとした補修をしたり、自力で魔法を使う事もあれば、呪文(?)を知らなくても魔道具で行えるようだ。
日常的に使わない魔法は専門技術扱いで、別の本に記されていた。
塀を作るなど建築関係や、魔道具作成、攻撃に特化したもの、防御に特化したもの、教会関係なのか浄化や結界、治癒について書かれていた。本の厚みの割に手書きだから、内容が多くなくてありがたい。
でも待てよ。これを全部覚えられるかと言うと覚えきれないな。本の貸出期間が終わったらどんどん忘れそうな気がする。
メモ帳、メモ帳がとても欲しい。
自宅のあの引き出しに入れている小さいメモ帳とボールペンが欲しい!
切実に心の中でうったえていると、何やら目の前に灰色のモヤが出た。
え、なにこれ。どこかから煙が出たのかと思って手で払おうとすると、モヤの中に手が入る。
うわっ、気持ちわるっ!と一瞬思ったけれど、モヤの中に手が入ったら頭の中に先ほど求めていたメモ帳とボールペンが思い浮かぶ。
これが手元にあると便利なのよねと考えたら、モヤが消えて手のひらにメモ帳とボールペンが残った。
唖然としたけれど、使える物は使うに限ると思考を放棄し、魔法一覧を書き込むことにした。
一通り記入が終わる頃、ノックの音が聞こえたので、メモ帳とボールペンをエプロンのポケットに入れながら返事をする。
カートに乗ったお茶道具と共にサラが入ってくる。この世界のお茶って主流はどんなものなんだろう?ハーブティー?発酵技術があってウーロン茶や紅茶があったりする?コーヒーだったりは?脳内でぐるぐると考えながら見ているとサラに聞かれる。
「お茶を淹れようと思うのですが、飲むことは出来ますか?」
嗜好の確認もあるのだろうけれど、口元を布で覆っていたので物理的に飲めるのか確認されている気がする。
「頂戴します」
返事をし、サラがポットを温めていたお湯を捨て、茶葉を入れて新しいお湯を注いでいる様子を見つつ、18世紀頃のイギリスでは紅茶がブームになった際に死亡率が大幅に減少したという研究発表があったなぁー。あれって紅茶というより、水を煮沸して飲んだ事による効果だったと書かれていたような・・・この国の飲み水どんな感じなんだろう?生活魔法があるから雑菌の心配が無いのかな?なんてことをつらつらと思っていると、なにやら馴染みのある香りが鼻に届く。
「あら?緑茶ですか?」
聞いてみるとサラが返事をする。
「ええ、ご存知の品でしたか?」
テーブルにコトリと置かれた茶器の中は薄い黄色のお茶が揺れていた。
良い香りですねと言いながら、なまはげが訪問先でおもてなしを受け、お面の下から飲食するかのように、布を持ち上げて隙間からお茶をこくりと飲むとすっきりとした味わいがする。なんだか色々あったけれど、ようやく人心地ついた。
口元に視線を感じるけれど、気にしないったら気にしない、今はお茶を堪能するのよ。
「もう少し経ちましたら軽食をお持ちしますね。その後は建物内の案内が可能ですが、どうされますか?」
希望が通ったようなので『是非』と案内をお願いした。
じゃがいもっぽいものにバターが添えられ、、謎のお肉を煮込んだスープが部屋に届き、1人で黙々といただく。現代日本と比べて肉の保管などの衛生感はどうなんだろう?と思いつつも、洗浄の魔法があるからきっと大丈夫と自分を励まして食べた。
1人きりだと布を外して解放感の中、周りを気にせずに食べられるのが嬉しい。司祭さんや助祭さんと一緒だったらとても喉を通らないんじゃないかな。
食後にサラが散歩と言う名の周辺探索に付き合ってくれる事になったので、まずはこの部屋から外へ繋がる扉までのルートをお願いしてみると大丈夫だとの事。
既婚者とはいえ、結婚式を挙げなかったので教会に縁が無かった私はキョロキョロとあたりを見る。
見慣れない神様が祭られているようで、十字架は見当たらない。
逃亡を警戒されていないのか?なんて思いつつ、今逃げたところで情報もお金も無いものねと自己完結する。扉から庭に抜け、がっしりした体躯の庭師のジャンさんを紹介してもらう。
その後、礼拝堂を通って部屋に戻りそうだったので、厨房も見たいと言い、いきなり見学は出来ないでしょうから、場所だけ教えてもらった。さりげなく下働きの人が出入りしていそうな扉もチェックする。
部屋に戻った後は夕食まで1人にしてほしいと伝え、サラには下がってもらう。
忘れないうちに建物内のざっくりした地図をメモ帳に書いて、ここからは検証タイムに突入だ。本当はね地図が欲しかったんだよ?でも許可が出ていなかったので見ることが出来なかったの。
そこで今後役に立つかもしれない魔法が使えるようになるか実験することにした。
再びランプを手元に引き寄せて点けたり消したりしてみる。
呪文の発音問題はあるのだろうか?そもそも音声を何かが認識して発動するのか?自分の言葉で自分の魔力を使って魔法を発動するのであれば、声に出さなくても出来たりしないか?魔道具は無言で操作できるわけだし。
魔力っぽい熱の流れを意識しながら指先を見る。照明、懐中電灯、LEDライトの単語を1つ1つ思う浮かべると、ぽわっと指先が明るくなる。
「びっくりしたぁー・・・なんか出ちゃったよ」
という事は、呪文が決まっているわけではなさそうだし、声に出さなくても出来そうだな。明かりの種類は変化できるのだろうか?本当は違う名称だった気がするけれど暖色、青白い色、白色と思い浮かべると、色が変化した。興に乗ってレインボーカラーを全部実行したところで満足し、一旦落ち着く。
調子に乗って魔力を使い過ぎたら倒れて異世界あるあるになりそうだけれど、生活魔法で大量に消費する事はないんじゃないかと考えてみる。
立ち上がって軽く屈伸をしたり、足上げ運動をしてふらつきなどが無いか確認し、再び腰掛ける。
室内で火や水の魔法を試すのは論外として、他に出来そうなもの・・・とメモを見る。気になったのは鑑定魔法。某番組の出演者ような専門知識も無ければ鑑定眼もないけれど、元の世界で見た諸々が影響して魔法が出来る条件に当て嵌まっていたら良いなと、鑑定に使う品物を物色する。
水魔法の魔石が埋め込まれたピッチャーを目にして、どんな品なのか鑑定したいと念じると、照明で使った生活魔法の魔力よりもちょっぴり多めに身体から熱が抜けたような感覚がし、ピッチャーの下の辺りに説明文が日本語で表示された。
『ピッチャー:陶器で出来た水差し、水の魔力が込められた魔石が使われている。魔石の魔力効率は半分』
こんな感じで出るのかー、表記されているのはありがたいけれど、予想外でびっくり。
この世界の識字率がどれくらいなのかわからないけれど、読めなければ活用できない魔法ですし、読める人であれば商売などで役立ちそう。
魔力効率・・・無くなったらどうやって補充するんだろう?魔力を移動するようなイメージで出来るのかな?と触ってみると、ズルっと今までよりも多くの熱が抜けていく感覚がした。
まずいっ!と思ったけれど後の祭りである。開き直って再び鑑定する。
『ピッチャー:陶器の水差し、水の魔力を付与した魔石が使われている。魔石の魔力効率は十分』
うっかり補充しちゃったよ、出来ちゃったよ。聞かれない限り黙っておく事にしよう、そうしよう。
気を取り直して次に行こう。おー!
もし教会関係の魔法を使えたら、こんな年齢でも聖女だと言われかねないが、回復魔法や治癒魔法って出来たら便利だよね。金槌で軽くドンドンしたいくらいの肩こりが回復したら嬉しいかもということで、出来たらラッキーと取り組んでみる。
おお・・・おおおっ・・・両肩をぐるぐる回してみてゴリゴリ音もしないし、軽さに感動した。肩こりとお別れする日が来るなんて!肩だけではなく、全身のだるさが解消している感じがする。夜はぐっすり眠れそうな予感にテンションが上がった。
色々検証したから今日はここまでにしようと、個人的な達成感に浸る。
それから夕食までは、この国の事が書かれた本を読んで過ごした。
夕食は何かの肉と豆を煮込んだ品とマッシュポテト、硬めのパンで、葡萄酒っぽい物は遠慮した。
食器を下げに来たサラにお礼を言い、湯浴み(日本的なお風呂ではない)が終わった後は就寝すると伝え、お疲れ様でしたと見送った。
生活魔法の洗浄を試しつつ湯浴みを済ませ、就寝の支度が終わって部屋の鍵を確認し、更に椅子をドアの前に置く。合鍵でドアを開けられても音で気が付きたいし、ドアを開けた側にも警告になるはず。
さて、本日最後の検証をしてみよう。
何が気になっていたかって、メモ帳とボールペンですよ。あの灰色のモヤ、あれは何だったのか。他にも何か取り出せるのか。こちらの物を入れられるのか。我が家と繋がる何かなのか。繋がっているなら夫の様子もわかるんじゃないか?
手始めに、キッチンに置いていたソーラータイプの小さな置き時計を思い浮かべる。あの棚にあった時計が欲しいと念じると、灰色のモヤが出たので手を入れると、置時計が手元に残る。モヤが無くなったことを確認し、置時計をキッチンをあの棚に戻したいと念じると灰色のモヤが出て置時計が消えた。
どうやら自宅に有ったものを出し入れすることが可能らしい。これはかなり便利だろうけれど、知られたらまずいだろうから出し入れするのは小さな物で、エプロンのポケットに入っていたと言い逃れできるものに限るなー。
では、この世界の物をモヤの中に入れられるのだろうか?部屋を見回し、万が一無くなっても何とかなりそうなものを物色する。
書き物机の引き出しに入っていた紙を1枚拝借して念じる。リビングのテーブルの上にこの紙を置きたい。灰色のモヤが出て紙が消えた。この世界の物も入れられるらしい。
少し度胸が出てきて、借りている本を念じたら入った。ドアの前に置いた椅子も念じてみたら入った。テーブルやソファは大きいし怖いので、今回は止めて、紙、本、椅子を無事に取り出し元に戻す。
そしてリビングの引き出しにあるレターセットを思い描いて取り出し、夫に宛てて手紙を書いてリビングのテーブルに置くようにモヤに吸い込ませた。
今日はともかく、明日以降はどうなるか?年齢はどうあれ、折角召喚したのだから何か出来るかと確認されそうだよね。
ここの人達にとって都合の良い何かを提示できれば、それに越したことはないのだろうけれど、誘拐されて協力したいかと言えばNOである。
人を騙したり誘拐して海外に連れて行ったり、拉致監禁して特殊詐欺の人員にする犯罪者グループを想像してしまい、何か頼まれても、それが本当に良い事なのか、悪い事なのかの判断すら出来ない情報の無さに不安を感じる。
魔法に関しては既に魔道具を動かせているから、使えるようになると確信されているでしょうし、使えないと言い続けられないだろう。ただし、何が使えて何が使えないかは知られていないですし、自分でも全部把握していないから、一般的な生活魔法だけ使えるようになったと小出ししていく感じかな?
他は・・・机の上の羽ペンに目を向ける。
この世界の筆記具は羽ペンが一般的なのかな。万年筆は出来ているのか、もしくは高級品で一般に出回っていないか。ボールペンが開発されたのって18世紀だったっけ?インク漏れが酷かったから実用化しなくて、19世紀になってから安定した品が出来たとどこかで読んだような気がするけれど、この世界でどの程度の技術が発展しているのか分からないな。
いざとなったらボールペンを差し出してなんとかならないものか。
あ、メモ帳はモヤの中のテーブルの上に置いておこう。
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『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……
神「プンスコ(`3´)」
!!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!!
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇ちょっと【恋愛】もあるよ!
◇なろうにも上げてます。
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