巡り巡る 〜漢字の意味が世界を変える世界〜

暇な鍼灸師

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第6章 凍りつく幸運と狙われた表彰式

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◾︎都内某所 移動中の車内
サラ・コッホは深呼吸を一つすると、スマートフォンを取り出し、とある番号をダイヤルした。
声色をワントーン上げ、明るく知的な「新聞記者」の仮面を被る。
「あ、もしもし? 警視庁の広報課でしょうか。私、東都日報社会部の佐藤と申します」
電話の向こうで、受付から担当刑事へと回される。受話器に出たのは、あの女性刑事・白川真純だった。
『はい、お電話代わりました。刑事の白川です』
「お忙しいところ恐れ入ります。実は、先日速報で流れました『郵便局強盗事件』の件で取材を申し込みたくお電話いたしました。覚醒者が覚醒者を取り押さえたという、非常に勇気ある事例として記事にしたいと考えておりまして」
『ああ、あの一件ですか』
白川の声は少し硬かったが、拒絶する様子ではなかった。
『ええ、構いませんよ。実は明日の正午、署内で協力者の方への表彰式を行う予定なんです』
「表彰式! それは素晴らしいシャッターチャンスですね。ぜひお伺いしても?」
『はい。ただ、ご本人たちが一般の方なので、顔写真は許可が必要ですが……署のロビーへお越しください』
「ありがとうございます! 明日、伺わせていただきます」
通話を切ると、サラはすぐに表情を戻し、暗号化通信機を手に取った。
「……こちらハミングバード。グレイ司令、報告します」
『聞こう』
「警察への潜入取材のアポが取れました。明日の正午、例の郵便局事件に関わった覚醒者への表彰式が行われます。……現場にいた彼らや担当刑事に接触すれば、音無賢人の痕跡や目撃情報を引き出せる可能性が高いかと」
『なるほど。悪くないアングルだ』
「入手した情報は即座に報告します。……以上」
通信を切る。
運転席のアレックスが、ニヤリと笑った。
「『入手した情報は即座に報告』……ねぇ。随分と嘘が上手くなったもんだ」
「うるさいわね。……何か分かっても、音無が逃げ切れるまでは黙ってるわよ」
サラはウィンドウに映る自分の顔を見つめた。
「さて、アレックス。明日に向けて準備よ」
「準備? 銃の手入れなら済んでるぞ」
「違うわよ。新聞記者らしい『衣装』の調達よ。今のままじゃ怪しまれるでしょ? ……久しぶりのショッピングよ、付き合いなさい」
「へいへい。仰せのままに」
二人はつかの間の休息を求め、華やかな繁華街へと車を走らせた。世界の命運を左右する嘘をついている緊張感を、一時だけ忘れるために。
◾︎第七倉庫
グレイはサラからの報告を受けると、すぐに別の回線を開いた。
「……金剛寺か。私だ」
『グレイ殿……。音無は見つかったのか!?』
電話の向こうから、焦燥しきった金剛寺の声が響く。
「いや、まだだ。だが……奴の動向を探る『絶好の機会』ができた」
『機会だと?』
「とある場所でイベントがある。そこに音無を知る人間が集まるようだ。……この情報、本来の定時額の『半分』で譲ってやってもいいぞ?」
『半分だと? ……足元を見おって。だが、背に腹は代えられん。……買おう』
金剛寺は屈辱を噛み殺して承諾した。
グレイから情報を買い「明日の表彰式」という情報を得た金剛寺は、電話を切った後、ギラついた目で笑った。
「ククク……半分で済むなら安い買い物だ。グレイめ、私がただ指をくわえて待っていると思うなよ」
金剛寺は即座に別の番号をコールした。
相手は、裏社会で汚れ仕事を請け負う男——氷川智宏。
『……はい、先生』
「氷川か。仕事だ。明日の昼、警察署へ行け。ターゲットは担当刑事、表彰される二人の覚醒者の一般市民だ」
『刑事と市民……っすか?』
「ああ。そいつら全員、熊井と協力して締め上げろ。どんな手を使ってもいい、『音無賢人』の情報を吐かせるんだ! もし音無本人と遭遇したなら生け取りだと報酬は弾むぞ!」
『了解しました。……では、今から熊井さんと合流して、例の倉庫へ向かいます』
「いや、倉庫へは行くな。私の事務所に来い。……グレイには内密にな」
金剛寺は米軍を出し抜き、音無を独占する気でいた。
『……りょーかいっす。すぐに向かいます』
◾︎幸田家 リビング
電話を切った氷川智宏は、スマホをポケットにしまうと、大きくあくびをした。
「ふあぁ……。さて、行くか」
氷川の吐く息が、白く濁って空中に漂う。
無理もない。リビングの室温は氷点下を遥かに下回っていたからだ。
部屋の至る所が、鋭利な氷柱と霜で覆われ、まるで冷凍庫の中のような様相を呈していた。
「……あーあ。ハズレだったかぁ。一攫千金のチャンスだと思ったんだけどなぁ」
氷川は、足元に転がる「氷の彫像」を見下ろした。
それは、数分前まで生きていた、幸田美咲の両親だった。
二人の胸には、太く鋭い氷柱が深々と突き刺さり、驚愕と恐怖の表情を浮かべたまま、カチカチに凍りついていた。
「幸田美咲……『幸』の能力者なら、親にも『幸運』が波及してると思ったけど…」
氷川はコツコツと、父親の凍った頭を革靴で叩いた。
「尋問しても『娘はいない』の一点張りだし、拷問しても何も起きねぇし。……運が良けりゃあ、氷が溶けたり、俺が転んだりして助かると思ったんだが」
氷川は冷徹な目で、死体を見つめる。
「呆気なく死んじまった。……見当違いだったか? ま、いいや。幸運の能力が無いとなれば用無しだし、目撃者は殺しておかなくちゃな。じゃあ覚醒者はあの女の子だけか…」
氷川は上着の埃を払うと、凍りついた玄関のドアを開けた。
「とりあえず、熊井ちゃんと合流して……次は警察署か」
氷川は一切の罪悪感を抱くことなく、氷漬けになった地獄のような家を後にした。
彼が去った後も、部屋に残された二つの死体は、溶けることなく静かに冷気を放ち続けていた。
氷川が家を去ってから数分後スーパーの袋を提げた幸田美咲が自宅の前に辿り着いた時、そこは異様な人だかりに包まれていた。
「な、なによこれ……」
「家が、凍ってるぞ……!」
季節外れの冷気が漂い、野次馬たちがスマホを片手にざわめいている。
「……どいて! 通してください!」
美咲は不吉な予感に心臓を鷲掴みにされながら、人混みを乱暴に押し退けた。
「あ、おい君! 危ないよ!」
制止する声を振り切り、美咲は真っ白に凍りついた玄関へと飛び込んだ。
ドアノブは砕け散り、冷気が霧のように吹き出している。
「お父さん! お母さん!」
返事はない。
あるのは、パキパキと氷が軋む音だけ。
「嘘……嘘でしょ……」
リビングに足を踏み入れた瞬間、美咲はスーパーの袋を取り落とした。
卵が割れ、牛乳が床に広がるが、それすら一瞬で凍りついていく。
目の前の光景に、美咲の思考は完全に停止した。
「あ……あ、あ……」
そこには、氷の彫像と化した父と母がいた。
恐怖と苦悶に顔を歪ませ、その胸には太く鋭利な氷柱が深々と突き刺さっている。
「いやぁぁぁぁぁぁっ!!」
美咲はその場に崩れ落ちた。
冷たい床に膝をつき、凍りついた両親に向かって手を伸ばす。しかし、その冷たさはもう、人の体温ではなかった。
「お父さん! お母さん! 起きてよ! お願いだから!」
絶叫が凍てついた家に木霊する。
美咲は大粒の涙を流しながら、動かない二人に縋り付いて泣き叫んだ。
数分後、サイレンの音が近づき、パトカーが急停止した。
降りてきたのは谷雄一と白川真純だ。
「警察だ! 道を空けろ!」
二人がリビングに飛び込んだ時、その惨状に言葉を失った。
「これは……」
「ひどい……」
谷は顔をしかめ、白川はすぐに泣き叫ぶ美咲の元へ駆け寄った。
「君! もう見ちゃダメよ!」
「嫌だ! お父さんが! お母さんが死んじゃう!」
「落ち着いて! ……辛いけど、もう……」
白川は暴れる美咲を力一杯抱きしめた。
「うあああああああ!」
美咲の悲痛な叫び声を聞きながら、白川もまた、悔しさに唇を噛み締めた。
谷は、凍りついた死体と破壊された室内を見渡し、静かな、しかし激しい怒りを瞳に宿した。
「……白川」
「は、はい」
「今から俺がやることは、他言無用だぞ」
谷はそう言うと、手袋を外し、部屋の中央に立った。
「……本来なら厳禁だが、こんな真似をしたクソ野郎の声、聞かずにはいられねぇ…絶対捕まえてやる」
谷は目を閉じ、神経を極限まで集中させた。
「谷」の能力。空間に残された音の残響を、無理やり再生する。
(……聞こえろ。ここであった惨劇の全てを)
『……あーあ。ハズレだったかぁ』
谷の脳内に、軽薄で粘着質な男の声が響いてきた。
『幸田美咲……親にも幸運が波及してると思ったんだがなぁ』
『ギャアアアア!』『やめ、やめてくれぇ!』
『死んじまった。……見当違いだったか? ま、いいや』
「うっ……!?」
谷はカッと目を見開き、口元を押さえてその場に膝をついた。
「た、谷さん!? 大丈夫ですか!?」
「……オェッ……」
強烈な吐き気が谷を襲う。
あまりにも惨い。そして何より、あまりにも軽い。
「見当違いだった」「ま、いいや」。そんな理由で、この両親はなぶり殺しにされたのか。
「……谷さん? 何が聞こえたんですか……?」
「……聞くな、白川。お前が聞いたら、精神が保たねぇ……」
谷は蒼白な顔で立ち上がり、震える拳を握りしめた。
「……人間の所業じゃねぇ。絶対に許さねぇぞ、この外道……!」
谷は白川に向き直った。
「白川、この子は署で保護する。事件の詳細を聞くのと……何より、犯人はまだこの子の命を狙う可能性がある」
「……分かりました。行きましょう、幸田さん」
白川に支えられ、美咲はフラフラと立ち上がった。その目は光を失い、ただ絶望の色だけを映していた。
◾︎警察署付近 雑居ビル屋上
一方その頃。
警察署を見下ろす雑居ビルの屋上給水塔の影に、音無賢人は潜んでいた。
(……昨日の手紙、東は読んでくれただろうか)
冷たい缶コーヒーを握りしめ、賢人は警察署の出入りを監視し続けていた。
目的は、自分の捜索に対する「妨害」と「情報収集」。
もし東が動いていれば、警察の動きにも変化があるはずだ。
「……今のところ、大きな動きなしか」
まる一日、菓子パンとコーヒー牛乳で空腹を満たしながら張り込みを続けていたが、聞こえてくるのはパトカーのサイレン音や、日常業務の無線だけ。
賢人は音の能力を使い意識を集中して耳を澄ませた。
『……明日の表彰式、予定通り正午からロビーにて……』
『マスコミの受付、完了してます』
『被疑者金子の移送準備よし』
「……表彰式?」
賢人の眉がピクリと動いた。
(勇気ある覚醒者の表彰……郵便局の件か。鈴木さんと、あの髙橋さんって人だな)
賢人は思考を巡らせる。
(……待てよ。俺の情報を探っている奴ら——金剛寺やグレイ一派が、この情報を知らないはずがない)
『警察署で痕跡が見つかった』
グレイはそう言っていた。つまり、警察内部の動きは筒抜けだ。
(もし俺が奴らの立場なら……この表彰式を利用する。現場にいた刑事、そして表彰される覚醒者。彼らに接触して、俺の情報を引き出そうとするはずだ)
賢人の脳裏に、谷と白川、そして鈴木と髙橋の顔が浮かぶ。
彼らが、金剛寺や熊井、あるいは米軍のスパイに囲まれ、尋問される光景。
「……チッ」
賢人は舌打ちをした。
(どうする? 俺が出ていって助けるか? ……いやいや、馬鹿言うな。そんなことしたら、それこそ飛んで火に入る夏の虫だ。自分の身の方が大事だろ)
賢人は立ち上がろうとした。
ここから逃げて、もっと安全な場所に隠れるべきだ。
しかし、足が動かない。
(……だが、もし奴らが拷問まがいのことをして、俺の情報を吐かせようとしたら? 谷刑事たちは俺の顔を知らないが、何か些細なことでも手がかりになるかもしれない)
賢人は言い訳を探した。
(そう、これは人助けじゃない。俺の情報が漏れるのを防ぐための『防衛戦』だ。彼らが尋問されるのを妨害すれば、情報は相手に渡らない……)
それに——。
賢人は、あの郵便局で見せた鈴木の男気と、髙橋の優しそうな顔を思い出していた。
あんな善人たちが、自分の巻き添えで傷つくのは、寝覚めが悪い。
「……はぁ。損な役回りだな、俺も」
賢人はため息をつき、給水塔の影に座り直した。
「……決めた。もう一日、ここで粘る」
明日の正午。表彰式。
そこに集まる「敵」と「味方」の全てを監視し、最悪の事態を防ぐ。
孤独な「透明人間」は、誰にも知られることなく、誰かのために戦う覚悟を決めた。
◾︎表彰式当日の朝 山小屋
秋晴れの清々しい空気が山を包む中、鈴木浩三はいつも通り、油と鉄の臭いにまみれていた。
「……ここのバネが緩んでやがるな。締め直すか」
山小屋の作業場で、鈴木は巨大な箱罠のメンテナンスに没頭していた。ドライバーを回し、可動域を確認する。彼にとって、今日が何の日かなど頭の片隅にもなかった。
コンコン。
軽快なノックの音が響く。
「……あ? 誰だ朝っぱらから」
鈴木が油で汚れた軍手でドアを開けると、そこには少し小綺麗なジャケットを羽織った髙橋俊明が立っていた。
「おぅ、髙橋さんか。今日は随分と朝早いんだな? それに……なんだその格好。見合いでもあんのか?」
鈴木がからかうように言うと、髙橋は鈴木の格好——薄汚れた作業着とタオル鉢巻——を見て、深く、それはもう深い溜息をついた。
「はぁ……。鈴木さん」
「あ?」
「今日は何の日か、覚えてます?」
鈴木は首を傾げた。
「何の日って……燃えるゴミの日じゃねぇしな。あ、罠の設置許可の更新か?」
髙橋は額に手を当てて天を仰いだ。
「違いますよ! 警察署! 今日は俺たちが表彰される日でしょ!」
「あ……」
鈴木はポカンと口を開け、数秒フリーズした後、ポンと手を叩いた。
「あぁ、そうだった! すっかり忘れてたわ。悪い悪い、申し訳ない」
「やっぱり……。迎えに来て正解でしたよ」
鈴木は慌てて箱罠から手を離し、自分の格好を見下ろした。
「……っと、そうだな。髙橋さん、この格好でもいいかな? 洗濯はしてあるんだが」
「ダメに決まってるでしょう!」
髙橋が食い気味に突っ込んだ。
「俺も一緒に行くんですから、セットで見られるんですよ? 作業着のオッサンと一緒じゃ、俺まで変な目で見られます。もうちょっとこう、綺麗な格好ないんですか?」
「綺麗な格好ぉ? 俺にそんなもん求めるなよ……」
鈴木は腕組みをして唸った。
「山にはねぇな。麓のアパートになら、昔買ったよそ行きの服がいくつかあったような気がするが……」
「よし、決まりだ」
髙橋は鈴木の手首をガシッと掴んだ。
「鈴木さん、今の作業でやり残したことは?」
「ん? いや、バネは締めたし、特にねぇけど……」
「オーケー」
シュンッ!
「うおっ!?」
景色が一瞬で反転した。
◾︎山の麓 アパート前
木の温かみのある山小屋から、殺風景で少し埃っぽいワンルームへ。鈴木が借りっぱなしにしている麓のアパートだ。
「……相変わらず心臓に悪いな、アンタの移動は」
「悪いですね。でも時間がないんで。俺、外で待ってますから、早く段取りしてくださいよ?」
髙橋はそう言うと、鈴木を部屋に押し込み、自分はアパートの廊下に出た。
「……ふぅ」
髙橋は何気なくドアのポストを見た。郵便受けはチラシや請求書で溢れかえり、一部が地面にこぼれ落ちている。
「……もう住民票、山小屋に移した方がいいんじゃないの?」
髙橋は苦笑しながら、こぼれた郵便物を拾い集めて待った。
十分後。
ガチャリとドアが開いた。
「……お待たせ。こんなもんでどうだ」
出てきた鈴木を見て、髙橋は思わず後ずさりした。
綺麗に髭を剃り、髪を撫でつけ、全身を漆黒のブラックスーツで決めた大男。
そのガタイの良さと強面も相まって、どう見ても「その筋の人」である。
「……鈴木さん」
「おう。変か?」
「カッコよくなりましたね。……カタギの人には見えないけど」
「うるせぇ! これしかねぇんだよ!」
鈴木はネクタイを窮屈そうに緩めた。
「冠婚葬祭用だ。これなら失礼はねぇだろ」
「まあ、作業着よりはマシ……ですかね」
髙橋は自分のオフィスカジュアルな服装と、鈴木の威圧感満載のスーツを見比べた。
(よそ行きの格好ってスーツかよ! だったら俺もスーツ着てくればよかった……これじゃ俺が組長の世話係みたいじゃないか)
「よし、行くぞ髙橋さん」
「はいはい。じゃあ、警察署の近くの路地裏に飛びますよ」
シュンッ!
再び景色が変わる。
◾︎都内 裏路地
今度は都会の喧騒。警察署から一本入った路地裏だ。
「……着いたか」
「ええ。時間まであと十五分くらいですね」
髙橋はポケットを探った。
「あー、すいません鈴木さん。緊張したらヤニ切れだ。ちょっとあそこの喫煙所で一服してきます。鈴木さんは署の前で待っててくれません?」
「あ? 俺一人でかよ」
「すぐ戻りますって。鈴木さん、その格好だと喫煙所じゃ目立ちすぎますから」
「……チッ。しょうがねぇな。早くしろよ」
髙橋は手を振って喫煙所の方角へ消えていった。
残された鈴木は、仕方なく警察署の正門前へと歩いた。
「…………」
鈴木は仁王立ちで髙橋を待っていた。
190センチ近い巨躯。黒いスーツ。強面。そして警察署の前。
通り過ぎる人々が、ギョッとした顔で鈴木を見ては、足早に避けていく。
(……視線が痛ぇ)
鈴木は内心、冷や汗をかいていた。
「あいつ、出頭するのかしら……」
「こわっ、目合わせんとこ……」
そんなひそひそ声が聞こえてくるようだ。
山では熊とも渡り合う男が、都会の真ん中で借りてきた猫のように背中を丸めていた。
「……遅ぇぞ、髙橋さん。早く帰ってきてくれ……」
鈴木は大きな体をできるだけ縮こまらせ、腕時計を何度も見ながら、相棒の帰りを切実に待つのだった。
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