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その4

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 2年前 シェオル某所

『妊娠……? 母さん、再婚するの?』
 俺の言葉に、母は気恥ずかしそうに微笑んだ。
『うん。アルルカンのね、第3夫人だって。妊娠なんてする前からほとんど決まってたんだけど、中々言い出せなくて……ごめんね』
『いや、そんなの全然……ってか、よかったじゃん! お屋敷ってことはすっげー綺麗なんだろ!?』
『うん、うん、そうなの。それでね……向こうはあなたも来ていいよって言ってくれてるの』
『え……?』
『お部屋ならいっぱいあるからって。すごいわよね。だから、ニコラ、あなたも』
『いやっ、それは、駄目でしょ』
『ニコラ……』
『だって、子供も生まれるんでしょ? 男? 女? 種族は?』
『あ……女の子だよ。氷系だってことは分かってるから、雪女とかに、なるのかな』
『いーじゃん、サイコー。きっと超美人になるし、食うにも困らないね。だからさ、ほら……俺は駄目だよ』
『ニコラ、そんなことない。私は……ニコラ、待ちなさい、ニコラ!』


   ×       ×


 現在 神崎邸

 ニコラは廊下を歩きながら、フン、と鼻を鳴らした。
 現在時刻は22時。つい数時間前に言い争った苛立ちは未だ健在である。せっかくの情事の約束も、今やあの男がいるというだけですっぽかしてしまおうかと思ったほどだ。
 それでも自分がこうして奴の部屋に足を運んでいるのは、一重に花の誘いが魅力的だったからに他ならない。きっと花はまたサイコーなやり口で、彼をぐちゃぐちゃに陵辱してくれるのだろう。それから、自分もおいしい思いをさせてもらえるに違いない。
 ニコラは扉の前で立ち止まった。鍵は空いている。もう花はとっくに、この部屋にいるはずだ。
 ふう、と一つ息をつき、ノブに手をかけ扉を開けた。
「おじゃましまーす」
 部屋の中では予想と違わず、かのサキュバスがベッドで花に犯されていた。
「あ、遅かったじゃない。新入りくん、よかったね、ニコラ来たよ~」
「あっ、ああ゛っ、あーっ、あ」
「うおぉ」
 予想以上に煮詰まった状況に、思わず眉を上げる。
 全裸に剥かれた彼と、ワンピースをたくし上げただけの花は、確かに局部で繋がっていた。彼の腕は後ろ側で拘束され、仰向けになった身体はまるでふいごのように、大きく膨らんではしぼみを繰り返している。
 彼女が乱暴に腰をゆすると、悲鳴とともに、彼の身体が折れそうなほど反り返った。だがその中心からは何も出ていかない。彼の性器の根元には、ニコラがその身をもって知る黒いリングが、痛々しく食い込んでいた。
「やっばー……」
「はー疲れた」
 花は額の汗を拭いながら、ずるりと自身の性器を彼から引き抜いた。その刺激にさえ、彼は仔犬の様に身体を震わせる。
「ひゃうう……っ」
 抜けた穴からは、でろりと白い液体がシーツに広がっていった。花の、精気。それも恐ろしい量の。自分がひと舐めするだけで全身がアツくなるあの激薬が、あんなに大量に身体の中に入ってたなんて、考えるだけでゾッとする。
「すっげー、オシオキ?」
「そーそ。いやあ暴れてねえ、蹴られちゃったよ。最初は頑張ってて声もあげなかったけど、やっぱり一回出しちゃうとダメだね」
「そりゃあそれ付いてればな」
 言いながら、ニコラはベッドへ近付いた。シリコンのリングは睾丸の根元を締め付け、精液の通り道を完全に塞いでいる。いやに綺麗なシーツから見ても、彼が一度も吐精出来なかったことは想像に難くない。
 知っている。身体が絶頂を迎えるたび、腹の奥で昂る熱は収まるどころかますますその温度を上げていく。マグマのように重く、熱い快楽は行き場のなくし、やがて脳をも溶かすだろう。限界だと思った時にはもう、とっくに壊れてる。
(ま、それがクセになっちゃったりするんだけどー)
 じんわりと透明な液体を漏らすしかない哀れなペニスに触れてやれば、彼は苦しそうに、嬉しそうに、その身体をよじった。
「うあぁ、っは、あ゛……っ」
「あーははは、玉パンパンじゃん。カワイソー」
 彼の睾丸は今やはち切れんばかりに収縮していた。この忌まわしいリングさえなければ、今の刺激でさえ射精していたに違いない。
 絶え間なく嬌声を漏らす彼の目は、もうすっかりうつろだ。
「もう限界だね。花さん何回出したの?」
「3回」
「ひゃー、えっぐ」
 さらりと答えた花に、肩を竦めて返す。
「どーも強情張りでね……それに、私のこと貧乳って言ったから」
「アハハハハ!」
 それはダメだ。思わず本気の笑いが口から飛び出した。まさかそんな恐ろしいことを口走るなんて、その瞬間に凍り付いたであろう空気を想像するだけで、一週間は笑っていられそうだ。
 今やすっかり正気を失ってしまった彼に視線を落とす。偉そうに反抗しておきながらこの体たらく。人の忠告を無視した結末は、甘んじて享受していただこう。
「コイツ、ちゃんと謝った?」
「もう、100回くらいは? でも、ニコラに抜いてもらおうねって言ってたから」
「うへえ。お前、俺が寝過ごさなかったことに感謝しろよ?」
 そう言って、ニコラは彼の性器の根元からリングを取った。刺激しないよう慎重に、自分の指でしっかりと根元を握り直しながら。
「あっ、あ、やめ、やだぁ」
 “新入りくん”が子供みたいに首を振る。その足も弱々しくバタついたが、とても拘束を逃れるには至らない。
 ニコラはただ、穏やかに微笑んだ。
「さあ、坊ちゃん。ご主人様に楯突いたんだって? 悪い子だなあ」
「はあ、はあぁ、おね、おねが、放してぇ」
「はは、ほんっと苦しいよなあこれ。分かるよ? 俺も散々やられたし。でもさあ、嬉しい悲鳴じゃん。星に帰るまで大事に身体ん中溜めとくか? ……ジョーダンだよ、そんな顔すんなって」
 そこまで言って、ちらりと花の方に視線をやる。花にはまだ、彼に言いたいことがあるようだ。
「新入りくん、“ごめんなさい”は?」
 花は優しく彼の頭を撫でながら言った。
「あっ、あ、あぅ……ご、めん、なさ」
「“生意気言ってごめんなさい”?」
「なま、っき、って……ごめ、なさ……あぅ、ううぅ、おねが、も、もうむり、出させてえぇ」
「まだだよ。“暴れてごめんなさい”も。あーほら、赤くなってる」
 そう言うと、花は自身のワンピースを腹までたくし上げた。彼女の脇腹には痛々しい打撲痕がハッキリと残っている。きっと明日には青紫のアザになるだろう。彼女もここまでされて、よくにこやかでいられるものだ。
「ごっ、ごめん、なさ……はんせぃ、したっ、から、ゆるして……」
「舐めて」
「あぅ……」
「反省してるんでしょ? 舐めたら許してあげよう。早く治りますように、ってね」
 花が自身の傷を指し示す。彼は一瞬躊躇したようにも見えたが、芋虫みたいに身体をよじって、そこへ口を寄せた。噛み付くように口を開けて、閉じ、ちゅ、と控えめなリップ音を響かせる。
「あはは、くすぐったい。よしよし、いい子だね」
 花は再び彼の頭を撫でると、こちらを見てニッコリと笑った。
「ほーんと、花さん怖いわー」
 自分じゃなくて良かった、そう言いかけてやめる。それが本心じゃないと、自分でも分かっていたからだ。
「んじゃ、いただきまーす」
「んっ、あっ、はぁああっ!」
 その先端へ口を着けるのと同時にパッと手を離せば、口の中で勢いよく白濁が吹き出した。
 彼の足がビンと伸びきる。その身体はペニスを吸い上げるたび、壊れたロボットみたいにガタガタ痙攣した。口いっぱいに広がる精は甘かったが、やはりその質は、花自身のものに比べれば遥かに及ばない。
「やっぱ花さんに比べるとぜーんぜん薄いなあ。全然足りないよ。もっと出して、もっと」
「あーっ、あーっ! ふぁ、ああんっ、んゔっ、うああぁ」
 果たしてこちらの声が聞こえているのかいないのか、彼のペニスの先からは止めどなく精液が吐き出され続けた。
 まるで別の生き物みたいに収縮を繰り返す睾丸を手の中で転がす。花の指は彼の乳首へと伸びていた。ここからでも、ピンクの小ぶりなそれがピンと上を向いているのが見て取れる。いや、乳首だけじゃない。彼の全身に、鳥肌が立っている。
(気持ちよさそ……)
「ああっは、はあぁっ! うあぁ、あっあっ、んあ、ぅ……」
 どれだけの精気が彼の中から絞り出されただろうか。彼は突然電源が落ちたみたいに、精を吐き出さなくなった。
「あれ、もうキゼツ?」
 言いながら、ニコラはペロリと自身の唇を舐める。
 彼のモノはまだしっかりと上を向いているが、その呼吸は穏やかだ。花が彼の髪をかき揚げ、頬に触れるが、反応はない。
「おいおい3回も出されたんだろ~。もっと出しとかないと後々……」
「いいよ、多少残ってる方が後で可愛いから」
 ニコラはピュウと口笛を吹いた。
「ドSゥ」
「あはは、ま、抜いた時に結構出ちゃったしね」
 言いながら、花は彼の手錠を外した。やはり反応はなく、彼の腕はだらんとされるがままになっている。彼女はその腕を前側で繋ぎ直した。
「これで起きたら自分で抜けるね」
「花さんやっさしー」
 ニコラは言いながら、花の方に近付いた。
 彼女の口にキスをする。ペロリと舐めた赤い唇は、甘美な精気の味がした。
「さーて、まだ俺の相手してもらってないよ」
「えぇ、キミ充分飲んだでしょう。私疲れたよ~」
「アイツがあんなに暴れてくれちゃったおかげでね。大丈夫、ご主人様に無理はさせないから」
 花の両肩を押すと、彼女は素直にベットへ沈んだ。ハーフパンツを脱ぎ捨てて、彼女の上に跨る。彼女は挑発的に瞬きをして、ただじっと俺のことを見つめていた。
「花さあん、知ってる? サキュバスの男って、本当に子供作りたい時にしか射精しないの。当たり前だよね、食べにきたのに、出しちゃったら意味ないもん。だから、だからね、出さずにいけるんだよ。……っふふ、本当は」
 彼女の性器を後孔にあてがって、ゆっくり腰を下す。
 イキ狂う同族の姿なんて見せつけられたおかげでいつも以上に焦らされたそこは、歓びを持って彼女を受け入れた。初めて挿れられた時は殺されるんじゃないかとさえ思った圧倒的な熱量が、今やこんなにも恋しくて仕方ない。
「んっ、にゃ、あぁ……はー、あっ、なっが……」
 腰を下ろしきる間だけで、視界に涙の幕が張った。自分の指などでは到底届かない場所から、快感が広がっていく。ああ、もっと、もっと欲しい。もっともっと、気持ちよくなりたい。
「はあぁ……うご、くね……っんん、う、ぁ」
 前方に腕を付いて、ゆるゆると腰を振った。視線を落とすと、自分の性器が目に入る。
 一丁前にピンと上を向く自分の性器。それなのに、俺ときたら尻の穴を犯されてて、こいつは無様に宙で揺れてる。今の自分の体制だってそうだ。まるで女を押し倒してこっちが攻めてるみたいな格好なのに、実際には犯されてるのも、それで悦んでるのも自分の方で……。
(なんか、ウケる)
「ニコラ、こっち向いて」
 花の声に顔をあげたら、彼女の手が頬をなぞった。
「可愛い顔、見せてくれないと」
「んん、はあい」
「いい子ね」
 花はそう言うと、こちらの首に腕を回して、口と口とをくっ付ける。これだけでこんなにも満たされてしまうのだから、自分も随分焼きが回ったものだ。
 離れていった花の顔を追いかけようと身体をかがめると、花が自身の腰をグッと突き上げた。そしてそれは一度で止まらず、繰り返し、腹の奥を押し込んでくる。
「ふあっ!? あっ! あっあっ、だめ、それぇっ」
「“もっとして”、の間違いじゃなくて?」
「だって、あっ、無理、それされたら、出ちゃう、出ちゃうっ、やだあ」
「じゃあほら、自分でちゃんと握ってないと」
 彼女の手に導かれるまま、左手で自分のペニスの根本を握った。右手だけじゃとても自分の身体を支えられなくて、花の方へ倒れ込む。
「あっ、い、っちゃ、あぁ……っ!」
 もう手にも足にも力は入らず、彼女が軽く腰を揺らしただけで、頭が真っ白になってしまう。
 快感が脳天まで突き上がって、握り締めた自身の陰茎がビクビクと痙攣するのが分かった。その勢いは強く、尿道から白濁が漏れ出していく。
「んぁあっ、あ、あぁ……っはあ……あー、気持ちいぃ……」
 ドクン、ドクン、と鼓動が心地よく身体を揺らしていた。花の腕が頭や背中を撫でて、まるで愛玩される犬のようだ。
 ゆるゆると身体を起こせば、左手にはべったりと自身の精液が絡んでいた。舌を出してそれを舐める。自分の出した精気なんて大して美味くもないけれど、元を辿れば花のものなのだ。今はそれを、一滴たりともこぼしたくなかった。



   ×       ×



 倒れ込んだベットは汗と精液でベタベタだったが、それでも確かに柔らかかった。
 “新入りくん”は足元の方で寝息を立てている。このまま眠ってしまいたい気もしたが、この男と同衾だなんて考えるだけでゾッとした。
 花が大きくあくびをする。彼女も彼には中々苦戦を強いられているらしい。
「どこ蹴られたの」
「えーっと、お腹と肩かな? 折れてなければ勝手に治るよ」
 彼女は身体を起こすと、襟元から服の中を覗き込んで答えた。彼女の表情は普段とまるで変わらない。蚊にでも食われたかのような口ぶりだ。
 口にするつもりだった『大丈夫?』なんてありきたりな言葉を喉奥に飲み込む。なんだかひどくちっぽけで、つまらない言葉のように思えてきたからだ。
 ふと窓枠の外を見上げれば大きな満月が、悠然とこちらを見下ろしていた。
「……小さいころにさあ、俺、タンスに登ろうとして、タンスごと倒れたことがあって」
「うん」
 自分も身体を起こしたら、花の顔がすぐ近くにやってきた。彼女の長い睫毛がその頬に影を落としている。
「そしたら母ちゃんがね、俺を助けようとして……下敷きになって、腕が折れちゃったんだよね」
「……」
 視線を下げる。花はまだ何も言わない。
「すっごい腫れてさあ。でも医者行く金とかないし。熱も出て、うなされてて、でも母ちゃんは『大丈夫』としか言わなくってさ……ガキだった俺はなんもできなかったよね。ただただ、怖くて。倒れたまんまのタンスとか、青紫になってく母ちゃんの腕とか、聞いたことないうめき声とか……怖くて、布団かぶって寝てた。サイテーっしょ」
「……それで、どうなったの?」
「治ったよ、それなりに時間はかかったけど。でも、曲がったままくっついちゃったんだよね、母ちゃんの左手。うまく回んないし、いくつか指が動かない」
「うん」
「……金がねーのは、俺が生まれたせいで父親が逃げたから。合成精気とかクッソまずいのにクッソ高くて、なのに母ちゃんは一人で俺のこと育てて……捨てなかった。馬鹿だよね」
「そうすればよかったのに、って?」
「……」
 視界の外で、ふふ、と花が笑う。
「お母さんは君のこと愛してるんだなあ」
「……そんなの意味ないじゃん」
「あるよ。キミがこんなに優しい人に育った」
 やめてよ、と返すのが俺には精一杯だった。
 花の腕が肩を抱く。彼女の肌は驚くほど柔らかくて、驚くほど暖かい。
「人生は長くて、何が起こるかわからないよ。案外、時間が解決してくれるかもね」
「……」
「とりあえず今やることは、このベッドのシーツを変えることかな。手伝ってくれる?」
「……うん」
 目を閉じたら、ふわりと花の匂いがした。
 これから自分がどうすべきなのか、どう生きていきたいのか。彼女を、母をどう思っているのか。今はまだ、何も考えたくはない。
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