私の旦那様はつまらない男

おきょう

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前編

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 無口で無愛想。

 真面目だけが取り柄のつまらない男。

 それが私の旦那様、ロバート・ケルソン伯爵だ。


「……それではお仕事、いってらっしゃいませ。ロバート様」

 今朝も王城へお勤めに出るロバート様に、私は笑顔を張り付けお見送りをする。

「あぁ。今日も遅くなる。先に休んでいるように」
「かしこまりました」

 彼から別れの挨拶のキスがないのはもちろん、愛想笑いもやっぱりない。
 無表情のまま、淡々と必要事項を告げるだけの毎朝のやりとり。
 仕事で忙しい彼と話せる時間は、一日の中でこの朝のひとときだけなことが多いのに、なんと味気ない夫婦の会話だろう。
 最初は色々質問を振ってみたりもしたけれど、二人の間で会話がはずむことは一度もなかった。
 この毎朝の事務的なやりとりを、ただ淡々とすすめる毎日だ。
 

 筋肉質で大柄で、短く刈り上げた黒髪の彼は、まるで歴戦の戦士のような豪胆な見た目。
 そのくせに職業は城の財務管理ときた。
 毎日毎日数字と帳簿と睨み合いすぎて、人との向き合い方を忘れてしまったのではないかと近頃本気で思うわ。

「ではいってくる」
「はい。お気をつけて」

 玄関先でロバート様が乗り込んだ馬車が見えなくなるのを確認すると、私はほっと息を吐く。
 夫のそばにいる時が一番緊張するなんて変な話ね。
 でも彼の傍に居ると、こっちまで硬質な雰囲気にのまれてしまうのだ。

「――さて、皆様?」

 私は一緒にロバート様のお見送りをしていた使用人達に振り返り、手を叩いて注目を集める。
 彼らの視線が自分に向けられた事を確認すると、なるべく落ち着いた声音を出して微笑んでみせた。

「お昼にはリッター侯爵夫人とご令嬢のリリアン様がいらっしゃるわ。粗相の無いように気をつけて。天気も良いし風も無いから、お茶会には中庭を使います。急いでテーブルセッティングの準備をお願い。」
「はい。マリアンヌ様。」

 男性の使用人が何人か、重いテーブルとイスを運ぶ為に場を離れる。

「あとはバラのジャムを使ったクッキーを作りたいと思うの。花を使ったお菓子は会話の種にもなると思うし見栄えもいいわ。それからロザリーとアンは私の衣装の準備をお願い。夫人は華やかなものを好まれる方だから、いつもより少しだけ装飾を大ぶりなものにしたいわ。」
「かしこまりました。」
「苦労かけてごめんなさいね。いつも感謝しているわ。どうかよろしくお願いします。」

 旦那様が対人関係の苦手な分、妻の私は積極的に人付き合いをしなければならない。
 もちろん使用人をねぎらうことも忘れてはいけない。
 どれもこれも彼の立場が悪くならないようにする為。非常に神経を使う、妻の役割りだ。



 クッキーを作って。

 テーブルのコーディネートをチェックして。

 衣装を整えたと同時に、リッター侯爵夫人と娘のリリアン嬢がやってきた。

「約束の時間よりも1時間早いわ。」
「リッター侯爵夫人はせっかちな事で有名ですから。」

 知らせにきた使用人は苦笑しながら私を促す。

 あぁ。本当に息つく暇もなく、作り笑顔を張り付けて彼女達のお相手をしなければならないみたい。
 新緑を思わせるグリーンのドレスの裾を摘み、急ぎつつも優雅に2階から玄関へ下りていく。
 ゆるく編みあげた栗色の髪には、私の注文通り大ぶりな花飾りが飾られていた。

「ようこそ、リッター侯爵夫人、リリアン様。」
「あぁマリアンヌ。ごきげんよう。今日はご招待ありがとう。」

 ふくよかな体系のリッター侯爵夫人は、指の数だけ煌びやかな宝石の付いた指輪を付けている。
 重くないのかと聞きたくなる自分をぐっと耐えて、彼女の抱擁と親愛のキスを受け取った。

 続いて隣に控える娘のリリアンにも笑顔を向ける。
 こちらは母親と違って細身な体系だ。
 しかし趣味は母親と同じ。耳が取れるんじゃないかと心配になる重そうな翡翠の耳飾り。
 さまざまな石のネックレスとブレスレットを何重にも重ねて付けていた。

「今日はたくさんお喋りしましょう?リリアン様はピアノがとてもお上手だと伺っておりますわ。ぜひお聞かせ下さいませ。」

 満足気に頷くリリアンとリッター侯爵夫人を中庭へ案内する。
 何をどうして彼女達の御機嫌取りをしなければならないのか。
 ほんとうに面倒。旦那様がもう少し愛想良く人付き合いして下されば、私が社交に出る機会も半分で良くなるのに。
 しかし残念ながら彼はいまごろ私の苦労など露とも思わず、大好きな数字と帳簿に埋もれているのだろう。
 仕事馬鹿とはああ言う人のことを言うのね。

「まぁまぁ、相変わらず素敵なお庭だこと。」
「本当、とても丁寧にお世話されてらっしゃるのね。」


 リッター侯爵夫人とその娘はイスに座りながら中庭を眺めた。

「まぁそんな…ありきたりな庭ですわ。」

 もちろん謙遜は忘れない。これは貴族社会で必須スキル。

 社交辞令だらけの貴族社会。だけれど、庭についての話題は嬉しくなる。
 我が家の庭はそれはそれは美しい。私の自慢なのだから。
 私は空いた時間をここでのんびり読書をして過ごす時間が大好きだ。

 しかしその後の数時間は苦痛だった。
 今日の衣装の品評会から始まり、次にあそこの令嬢はどうだ、あの侯爵はセンスが悪い。などなど、侯爵夫人とその娘による悪口の羅列が続くのだ。

 私は驚いたり頷いたり、興味深そうに聞き入るふりをする。
 我が家と旦那様の評判を落とさないため、本当に気を使う時間だわ。




 ――時々、この不満ばかりの生活をやめたくなる。
 結婚する前までの私は、こんなに何もかもに苛立ちを覚えていなかった。
 自分の性格がどんどん嫌な人間になっていくようで、たまらなく落ち込んでしまったりするのだ。





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