私の旦那様はつまらない男

おきょう

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後編

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 夕陽が傾き始めたころ、彼女たちのお喋りはやっと止まった。
 私はさも名残惜しそうに寂しそうな顔を作り、娘のリリアンが気に入ったバラのジャムのクッキーを持たせてから馬車を見送る。

「やれやれ、これで本日の私のお勤めは終了ね。」
「お疲れ様です、奥様。」

 使用人に後片付けは任せて、楽な普段着に着替える為に階段を上って自室に入る。
 手伝いの使用人は付けない。ゴテゴテした礼装はともかく普段着程度は一人で着替えるのが常だから。

 一緒にいるだけで肩のこるお堅い旦那様は遅くなると朝に言っていた。
 夜は一人でのんびり夕食をとって、湯浴みをして、少し読書をしてのびのび寝よう。

 うん。少し気持ちが浮上してきた。

「-------あら?」

 何の本を読もうか考えながら気替えを始めようとした私の耳に、玄関から慌ただしい物音が滑り込んできた。

「旦那様のお帰り?でも遅くなるって言ってらっしゃったし。」

 それにいつもロバート様の帰宅を知らせる使用人が来る様子もない。
 おそらく郵便か何か届いたのだろう。
 そう思うことにして、私は頭の髪飾りを外して編み込んでいたリボンをほどく。

 ほどかれた栗色の長い髪が、ふわりと揺れた。

「マリアンヌ。」
「っ…!」

 髪が、揺れたのでは無かった。
 男の武骨で長い指に髪をすくわれたのだ。

 振り向くと、相変わらず無表情で感情の読めない私の旦那様。ロバート様がいた。
 背も高く大柄な彼は、さながら大木のごとくじっと立って私を見下ろす。
 いつの間に部屋に入ってきて、いつの間に背後に立ったのだろう。
 振り向いたまま、驚いて声も出ない私の目前に、彼はぶっきらぼうに何かを突き付ける。

「え?」

 胸に押しつけられて思わず受け取ったそれは、大きな大きな花束だった。

「ロバート様、これは…。」
「今日で、結婚して1年だからな。」

 ちょうど一年前、私はこの人と結婚した。

 属に言う政略結婚。
 お互いに愛情なんてひとかけらもないままの結婚。
 いつも無表情で、無口で、面白みのない旦那様は、私と距離をつめようともしなかった。

 私は一年間、頼る人も居ないまま、この家の妻として一人で必死に立ってきた。

「っ……。」
「いつも、すまない。感謝してるんだが、その…うまく言えなくて、だな。」
「………感謝より。欲しいものがあります。」
「…なんだ?」

 政略結婚だから。
 こんな性格な人だから。
 望まないつもりだった。
 こうなったらいいなと想像はしても、口に出してはいけないと思い続けてきた。

 でも、不意打ちにこんな優しい気遣いをされてしまうと、ほんの少し欲張ってもいいのではないかと思ってしまう。

 唇を噛み締めてギュッと花束を抱きしめて、深呼吸してから顔を上げる。
 あぁ。きっと私の顔はみっともない事になっているのだろう。

「気持が、欲しいです。愛していただきたいのです。」
「なっ…。」

 貴族の婚姻なんて所詮こんなものだと割り切れればよかった。
 けれど私には出来ないのだ。
 だからこっちを向いて欲しくて、必死に完璧な奥様を目指していた。
 彼の苦手な社交の場で役にたてば振り向いてくれるかも知れないという浅はかな願望。

 ロバート様は目を丸くして絶句している。
 当然だろう。
 今まで何一つ文句を言わなかった妻が、いきなり突拍子もない事を言い出したのだから。

「いまさら、何を言う。」

 怒ったように眉間に皺を寄せて彼は私を見つめる。
 あぁ、やっぱり無理な願いだったのかしら。


 ―――そう諦めそうになった瞬間。

 大きくて熱い体に、私の体は包まれた。

 私とロバート様の間に挟まれた花束が、熱さによって強い芳香を放ちだす。

「私が、伝えるのが下手なのは知っているだろう。いや…そんな理由で逃げて何も言わなかった私が悪いのだろう。」

 低い男の人の声で耳元に囁かれて、ぞくりと背筋が泡立った。

「……愛してる。誰よりも。」
「っ…!」

 彼の言葉に、目頭が熱くなる。
 一年間ずっとずっと欲しかった言葉を、やっと貰えた。

 私は片手で花束を抱きしめて、もう一方の手で彼の服の裾をぎゅっと握りしめた。


 泣きそうになりながらも顔を上げると、珍しく柔らかく微笑んだ彼の顔が目の前に迫っていた。

 武骨な旦那様の優しいキスを受け取りながら、私は幸せに浸る為に目をつむる----------。



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