お城のお針子~キラふわな仕事だと思ってたのになんか違った!~

おきょう

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 たどたどしいエリーの子どもを誉める言葉。
 それに対してジョナサンは何の違和感も覚えないらしく、ただ素直に喜んでいる様子だった。
 
「有り難う。寝てたところをぐずりだしてね、外の夜風を浴びた方が落ち着くみたいだし、連れ出してきた。……ね、エリー。城で働きだしたっておばさんに聞いたけど……大丈夫?」
「な、何がよ」
「エリーは頑張り屋だから、無理してないかなぁって」

 ふんわりと目元を緩め、とんとんと腕に抱いた子の背を叩いてあやしながらも、彼はエリーを心配してくれる。 
 本当に、優しい人だ。
 前は嬉しいばかりだった彼の気遣いの言葉は、今のエリーにとっては胸が痛くなるだけのもの。 

 エリーは誤魔化すために、ついふいっと顔を逸らした。

「ジョッ、ジョナサンに心配される筋合い無いわよ! 靴……そろってないんだけど」

 左右違う色をした草履を履いていたジョナサンは、やっと気づいたらしい。
 のんきに「あれ?」と首をかしげた。

(相変わらずだわ)

 ぼんやりおっとり、動作も会話もなにもかもゆっくりしていて、緊張感のカケラも感じさせない人。
 遅くて、イライラもする。
 エリーはのんびりし過ぎな二つ年上の彼を、姉のように引っ張ってきた。
 同じ年代の近所のいたずらっ子からは守ってきたし、転んでけがをしたら手当をしてあげた。
 彼も親が店をしていて忙しかったこともあり、学校に持って行く持ち物チェックは毎朝のエリーの役目だった。

 それがずっと続くと思ってた。
 結婚してもエリーがそうやって引っ張りつつ、二人で彼の店を継いで切り盛りしていく未来を信じてた。

「靴、みっともないわ。それにこれ以上は子供も風邪を引くんじゃ無い? さっさと家に入りなさいよ」
「うん。分かった。じゃあまたね」
「ええ。お休みなさい」


 彼の背を見送ったあとも、エリーはジョナサンがいた場所から視線が反らせなかった。
 
(あーあ。あきらかに私、素っ気なかったなぁ。心配もかけちゃってるし、さいあく)

 前みたいに、楽しくたわいもない会話が出来るようになる時はくるのだろうか。
 ずっとこんな風に、気まずくて苦しいままなのだろうか。

「……エリー・ベルマン」
「……はい?」

 声をかけられているそちらを向くと、馬車に付けられた灯りを背景に、暗闇でもぼんやりと輪郭が浮かんでいるディノスがいた。
 どうやらエリーの様子を気にして、馬車から降りて来てくれたらしい。
 ジョナサンの入って行ったお隣の扉と、エリーの顔を交互に見てから、彼はぼそりと口を開いた。

「今のは?」
「あー……元、婚約者です」

 気まずい気持ちで答えると同時に、燐家から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
 エリーは思わず、小さく乾いた笑いを漏らしてしまう。
 今、自分は一体どんな顔をしているのだろうか。

「今は、別の人と結婚して、いいお父さんしてるみたいですよ」

 その台詞だけで、ディノスはエリーが婚約破棄された側だと察したのだろう。
 さらにエリーが今も彼を好きだと言う事も、完全にばれた。

「いいのか」

 伸びきった前髪の間から覗いた青い瞳が、剣呑な色を向けて来る。
 いつも素っ気ないディノスが、自分の為に怒ってくれていることに、エリーは少し嬉しくなった。
 そしてつい、口から本音が漏れだしてしまう。
 
(きっと、絶対、酔っているから)

 自分への言い訳にお酒を使って、エリーは吐き出してしまうことにする。

 何時もなら誰に対しても、適当に笑ってみせて誤魔化すのに。
 さっきジョナサンへ対応したことで、全部の力が尽きてしまった。
 もう今夜は、これ以上は繕えなかった
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