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しおりを挟むエリーが家に入って行ったあと。
自分の家に向かう為に馬車の椅子に座り直したディノスは、深く重々しい息をはいた。
伸びきった髪を、ぐしゃぐしゃに掻き乱す。
眇めた目に映るのは、酔った為か赤らんだ顔で瞳を潤ませながら弱音を吐きだす十六歳の少女の姿。
「あの娘は……」
元婚約者の、好きな男の前でさえ泣けなかったのに。
貴方の前では泣けたのだと―――そういう意味にとれることを口走ったと、分かっているのか。
「……いや、ぜんっぜん分かって無さそうだな」
無自覚ほど恐ろしいと、ディノスはため息をつく。
しかしわずかに湧きそうになった、庇護欲や、突っぱねられるほどに甘やかしてみたいというような奇妙な感覚に気づき、慌てて首を振って振り払う。
そしてディノスは眉を寄せ、ほの暗く光る青い瞳を伏せるのだった。
「仕事に情を挟むつもりも無ければ、恋などにうつつを抜かすつもりも無い」
ディノスは彼女と上司と部下でしかない。
あの子の才能に光るものを見つけたから、城へと呼んだのだ。
それ以上の関係なんて面倒くさすぎると、自分に言い聞かせ目を伏せた。
暗くなった視界の中、彼は意識を仕事の方へ切り替えて、明日の段取りを考え始めるのだった。
* * * *
「ただいまぁ」
エリーがとうに営業時間を終えた一階の店舗の戸を開けると、掃除をしていたらしい母がこちらを向いた。
「お帰り。遅かったわね、ご飯は?」
「あ、ごめん。お城の賄い貰ってきちゃった。置いてくれてるの?」
「エリーの好きな鶏のトマト煮だったからね」
「それは食べ逃せないね。朝に絶対食べるから、誰かがお腹すいたって言って来てもあげちゃダメだからね。あ……何か手伝う?」
「もう終わるから大丈夫。疲れたでしょ? 早く寝ちゃいなさい」
「はーい。あ、これお隣さんからお裾分けだって」
リンゴの入った紙袋を母に手渡し、階段を上がって自分の部屋に入る。
エリーはそのまま、力尽きるかのようにベッドに倒れ込んだ。
「はぁー……」
大きくて長い、むなしい声をシーツに吐き出す。
(お父さんやってるジョナサン、初めて見た。あやすのももう慣れてる感じだったし、凄く優しい目で赤ちゃんを見てた)
もう誰から見ても、理想の優しいお父さんだった。
腕の中の子が愛おしくて仕方がないと、とろけるように緩んだ顔が物語っていた。
エリーの、毎日一緒に外を駆け回って遊んでいた幼なじみの子じゃ、無くなっていた。
さっき見た光景が、頭から離れない。
体全部が痛くて、心が悲鳴を上げているみたいで、目をつむってもくらくら世界が回った。
「っ……」
――じわり、涙が伝う。
それはシーツに小さなしみを作った。
「私、ほんとに好きだったんだなぁ」
いつもお姉さんぶった態度をとっていたから、今さら弱みを見せるのが恥ずかしくて、平気なふりをしてつい突っぱねた。
後悔しても、もう遅い。
ほんとうのほんとうに、もう何もかも遅いのだ。
「だめだめすぎる」
恋も上手くできなければ、仕事だってだめだめだ。
(ドレス、立場的に巫女様のを作っても大丈夫なのかは心配だったけど、技術的には自信満々だったもんなぁ。最初は……)
二人の弟が居て、姉としていつも面倒をみていて。
さらにおっとりした幼なじみのおかげで、しっかり者のお姉さんの立ち位置がついていた。
なんとなく、自分は何もかも、出来る方の人間な気分でいたのだ。
しっかりもののお姉さんの位置にいるのだと思ってた
手芸だって、城に入るまでは周りの誰よりも上手かった。
でも、勘違いだった。全然駄目だった。
思いあがりだった。
ただの傲慢だった。
たまらなく悔しくて、死にたいくらいに恥ずかしい。
「っ……」
しばらくベッドにうつぶせて泣いたあと、エリーは静かに体を起こす。
ぼやけた視界の先にあるのは、窓辺に置かれた机だ。
それを見ながら、かすれた声でつぶやきを落とした。
「縫おう」
――――いつだって、何かがあって落ち込んだ時のはけ口は、手芸だった。
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