リフェルトの花に誓う

おきょう

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5-①

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 まだ朝日が昇り始めて間もない時刻。
 小鳥の鳴き声が聞こえる程度の心地よい静かさと早朝独特の冴えた空気が満ちていた。
 いつも通りの朝を迎えたはずの王宮の光景だ。

 ――しかし石が積み重ねられた王宮の城壁に、異変は突然起きた。

 ちょうど見回りの衛兵が通過した頃合いを見計らったかのように、壁の一部がゆっくりと動いたのだ。
 小さなきしみを上げながら、一つの大きな石がポロリと城壁の外へと外れてしまう。
 それは一つだけでは終わらずに、またすぐに違う石がポスっと少々間抜けな軽い音を出して地に落ちていって、二度・三度と転がったあと静かに停止した。
 ころころ転がっている石のあった城壁に出来たのは、四方五十センチずつにも満たない四角い穴。

「よ、いしょ…っと」

 穴の中から外へと、茶色の頭が覗き出た。
 ずるずると肘を擦りながら王宮の内側から這い出してきたのは一人の少女だ。
 彼女が全身を穴から潜り抜けさせて、足を地につけるまでには三十秒もかからなかった。
明らかに手慣れた脱走術だ。

 王宮から抜け出せたことに得意げに笑みを漏らしながら、脱走犯もとい第一王女ロザリアは大きな石を抱えて穴に戻す。

「んー!久しぶりの外っ!」

 ロザリアの抱える石は両手で抱えなければならないほど大きなものだったが、彼女はそれを軽々と抱えていた。
 それが抜け道様に造られたカモフラージュ用の石っぽいものだと知るのは、王族の他はごくごく少数の者のみだ。

「おい」
「うきゃぁ!」

 久しぶりの外出に喜んでいたロザリアのひざ裏に、突如衝撃が加えられた。
 バランスを崩して転びそうになるのを根性で踏ん張る。
 転ばずに済んだことに一息ついてから、王女に膝カックンなんてする不届き者を振り返った。
 こんなことをする人間、ロザリアは一人しか知らないから、予想はついていたけれど。

「セイン! どうしてここに居るのよ。まだ日も昇り切っていないと言うのに」
「散歩だ、散歩」
「散歩なんて王宮の庭園内で十分でしょう」
「うるさい。外に出たい気分の時もある。ところで今、ロザリアが城壁から転がり出てきた気がしたのだが」

 ロザリアはあからさまにギクリと体をこわばらせ、視線をさまよわせてしまう。

「な、何の事かしら…」
「ほう?」

 気まずそうに明後日の方向へ視線をそらしているロザリアを、セインはこれ見よがしに上から下まで眺めて見せる。
 嘘もごまかしも下手な正直者の彼女を馬鹿にしたように見下した。

「その恰好で、誤魔化せると思うのか?どうかん考えたって町娘仕様の服装だな」
「………」

 ロザリアの着るのは膝が隠れる程度の丈の、質素な麻のワンピース。
 胸元辺りまでの長さの髪は緩く三つ編みにして、飾り気のない幅広のリボンで留めている。
 どこからどうみても一般的な町娘だが、どこからどうみても今からお忍びに行きますよーと宣言している恰好でもある。

「ただでさえ婚約披露を前にして国中が浮足立っている状況で、一人で抜け出そうなんて良くも思えるものだな」
「一人でお出かけなんていつものことだもの。それにもう限界なの!毎日毎日淑女らしく王女らしく?無理無理、つーかーれーたー!」
「また子供みたいな駄々を…」

 セインは馬鹿にしたようにため息を吐くけれど、ロザリアからすれば重要なことだった。
 走り回ってはしゃいで遊んで、そんな時間が無いとストレスが溜まって仕方がない。
 ただでさえ婚約やらなんやらの準備でいつもより忙しく、気分は滅入っているのに。
 その上に嫁入り前だからと息抜きのお忍びや馬での遠乗りさえ禁止されてしまえば、元々辛抱強くもない単純なロザリアが「だったら一人で勝手に遊びに行くわよ!」と言う方向へ行ってしまうのは、彼女の性格上至極当然のことなのだ。

(でもセインに見つかってしまったわ…。脱走は失敗で、きっとすぐにでも人を呼ばれて連れ戻されるのね)

 拗ねたように口を突き出して肩を落とすロザリアに、セインは顎を杓って前を促す。

「ほら」
「え?」
「城下だろう? どこだ、菓子屋か、雑貨屋か?」
「え……いいの?」

 驚いたことに見逃してくれるらしいどころか、更に驚いたことにセインは着いてくるつもりらしい。

「外出を禁止されてる理由は分かってるのだろう?」
「…たくさんの人が流れ込んできていて危険だから」

 ロザリアはしばらく外へ出させてもらっていなかった。
 だから知らなかったけれど、国を継ぐ王女の婚約は、すでに民の間ではお祭り騒ぎになっているらしい。
 当然、婚約披露のパーティのために近隣諸国からの王族や重役の方々が集まっている。
 さらに商機と見た商人たちもロイテンフェルトの城下町に軒を連ねている。

 そんな中で、善人だけが集まるなんて夢物語だ。

 
 よけいな揉め事に巻き込まれないように、ロザリアの身辺の強化を。
 外出の禁止はそれの処置の一つにすぎない。


 それでも閉じ込められることは、ロザリアにとってひどくストレスになってしまう。
 誘拐され監禁されたあの日から、自由に動けないというのがなんとなく怖くなったような気もするのだ。誰にも言えないけれど。

「状況を分かってるならいい」
「……うん」
「まぁ…ロザリアが大人しく出来るなんて思わないしな…周りをしっかり見て気を張って居ろ」

 わざとらしくため息を吐いてそう言うセインの口調はそっけない。
 けれどこれは明らかにロザリアを想っての注意だ。

(セインに人並みに心配されてしまうと何だか気恥ずかしいのだけど…)

 でも、少しだけ嬉しくて。
 ロザリアは思わず頬を緩めてしまう。

「はーい。だったら早く行こう?お昼までには帰らないと捜索隊投入されかねないもの」

 にやにやと相好を崩すロザリアに、セインは不審気に眉をひそめている。

「そこまで考えられるなら止めとけばいいのに」
「い、や。外の空気吸わないと死んじゃうわ」
「…………」
「セイン、行かないの?置いていくわよ?」

 ロザリアの呼びかけにセインが振り向けば、すでに彼女はずいぶん先まで歩を進めていた。
 呑気な声にため息を吐いてから、セインはロザリアの後に続くのだった。


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