リフェルトの花に誓う

おきょう

文字の大きさ
38 / 39

13-③

しおりを挟む
既に空はうっすらと明るくなり始めている。

トーマス公爵と父王エリックが面会していると言う部屋に、ロザリアはジンを伴って入室する。
セインも来ようとずいぶんごねていたけれど、医者に押し付けてきた。
ついでに盛大に破いたドレスを急いで着替えて来た。
髪を結う時間はさすがになかったから、胸元辺りでくるんと巻く茶色の髪は流れるままになっていた。

「グロウ、どうしたの?」

入ったロザリアの第一声は、まずグロウへと向けられた。
本当は父に無事に帰ったことを報告するべきなのだろうが、どうしてもグロウの方の印象が強烈過ぎた。

(顔が、ぼこぼこ…)

いつもは少し垂れ目気味で軟派な印象の目の上が、大きくはれ上がって元の形をとどめていない。
頬も青く変色していて、強く殴打されたような跡がありありと付いていた。
襟元からは爪でひっかいたような細い傷も覗いていて、散々な有様だ。

「そんなに大変だったの?予想よりたくさん敵がいたとか?」

きっとトーマス公爵を捕縛するときに大規模な戦闘があったのだと、ロザリアは解釈した。
しかしグロウは苦笑して、手を顔の前で振り否定をして見せる。

「いえいえ、これはその前にうちの王子にやられたものなので」
「セインがしたの?」
「まさか本気で掴みかかられるとはびっくりでしたよー。暴力なんて慣れてないお坊ちゃんだから余計に予想がつかない動きされちゃって」
「え、なにケンカ?」
「グロウが変に挑発しただけですよ。まったく、セイン様がけがをしたらどうするつもりだったんですか」

アーサーが横から説明してくれるが、いまいち状況が理解できない。

「結局アーサー殿がセイン様に加勢して逃がしちゃって。俺ってばやられ損じゃないですかー」
「ロザリア、お前は何をしに来たんだ」

エリックの声に振り返ると、責めるような目でこちらを胡乱気に見ている。
どう見ても、今はふざけた会話をしていい場面では無かった。

「ご、ごめんなさい…」
「申し訳ありません」

グロウと共に慌てて謝罪を述べるロザリアを、エリックはじっと見つめてからほっとしたように息を吐く。

「無事で帰ってきてよかった」
「ご心配をおかけしました」

エリックの正面にはトーマス公爵が腰かけていた。
ぱっと見では兄弟が向かい合ってテーブルに腰かけ、会話を躱しているだけだ。
けれどトーマス公爵の両手首には鉄製の拘束具がつけられていて、そこからのびる縄を彼の後ろに立つ騎士がしっかりと持っている。

「なにかトーマスに聞きたいことがあったのだろう。こちらにかけなさい」
「はい、失礼します」

国王である父、トーマスに促され、ロザリアは彼の隣の席に腰かける。
そしてロザリアに頷いて見せた。
聞きたいことがあるなら聞きなさいと言う意味だと解釈して、ロザリアは向かいのトーマス公爵を見据えた。

「どうして、叔父様はこんな事をされたの?」
「----頂点に近い立場に生まれたものが王位を手に入れるために手段を尽くすのは至極当然なことだろう。欲しいものを手に入れるために努力をするのは素晴らしい行いだと、どこの本にも書いているではないか」

予想通りの答えに、ロザリアは肩を落とす。

なにかどうしようもない事情を抱えていたとかならともかく。
この人は、ただ自分の欲を叶える為だけに卑劣な行為を行えるひとなのだ。

「だからってそのために人道に外れたことをして良いとは言えないわ」
「得られるものの大きさが大きさなだけに、仕方ないのですよ」

トーマス公爵がまるでロザリアを憐れむかのような表情で首を横へと降った。

「王女はまだまだ経験が浅いから分からないのです。フローラ王妃と、彼女の腹の中にいた子を排除したことも、国を乗っ取ろうとするニーチェの王子に毒を持ったことも、未来にとって必要な犠牲だったのです」
「っ…な、にそれ…」

隣の父を見てみると、憤ったような怒ったような、何とも言えない顔でトーマス公爵をにらみつけている。
ジンも、ほかに居る護衛の騎士たちも、他国の人間であるグロウとアーサーでさえ同じ顔だ。
もちろんロザリアだってみんなと同じ顔をしているのだろう。
だれもが怒りに震え、何かのきっかけがあればトーマス公爵に掴みかかろうかと言う一歩手前で踏みとどまっている。
それだけフローラ王妃の存在は、ロイテンフェルトにとって大きなものだった。
ロザリアが一生かかったって追いつけないほどに、彼女は求心力に溢れた魅力的な人だった。
自分の母親がこんなにみんなに好かれていることが、子供のころのロザリアにとっての何よりの自慢だった。

「…あなたの企みは失敗した。もう王位を取れる可能性も一切なければ、牢から出られる日さえ来ないことを自覚してください」
「っ…まだだ」

トーマス公爵の目は、いまだ野望にくらんでいた。
気おされそうなほどに強烈な欲望がひしひしと伝わってくる。
でもロザリアはもうそんな野望には負けない。
目の前の人間の力強い目以上に、強い意志を持ち、彼を見据えた。

「叔父様は血統を過信しすぎているわ。王を決めるのは血ではなく、国の民なのに」
「はっ、これだから頭の足らない王女は」

たぶんきっと通じないだろうなと思ったけれど。
やはり馬鹿にしたように鼻で笑われてしまった。
この人にロザリアの考えは絶対に伝わらないと、トーマス公爵と話して確信した。

(駄目ね。天地がひっくり返りでもしない限り、絶対に己の考えと己の道を信じこみ続けるんだわ)

その考えが正しいものならともかく、あきらかに間違っている。
だから。ロザリアは背筋を伸ばして、視線をまっすぐ外さずに堂々と言葉にする。

「あなたがしたことは一生許せない。たぶんずっと恨み続けるわ。私は叔父様のことが大嫌いだから、絶対にあなたに王位を渡す日なんて来ない。だって私が…私とセインが…王座に立つのだから」
「こっの…!調子に乗るな…!」
「トーマス!」

逆行して立ち上がったトーマス公爵に、エリックの厳しい声が飛ぶ。
びくりと後ずさったロザリアだけど、憎悪を向けてくる視線から目をそらすことはしなかった。
背後に控えていた騎士が手かせからつながる縄を引き、トーマス公爵を元の位置まで戻す。

「言いたいことはおしまい」

言葉通り、ロザリアは言いたいことは言い切った。

母とセインにしたことを絶対に許せないこと。
大嫌いだと、宣言してやったこと。
それだけでもういい。これでお終いにしてしまいたかった。
どうせ何時間話し合おうと、何日説得しようと、この人の考えを変えて見せることなんてロザリアには出来ない気がする。
もし出来るとすれば、それは同じ母から生まれ同じ環境で肩を並べて育った父の役割だ。

ロザリアは立ち上がると一歩身を引き、ドレスの裾を摘まんで父へ向かって頭を下げる。

「お話し中にお邪魔して申し訳ありませんでした」
「気が済んだか?」
「えぇ。もう二度と会わないわ、さようならトーマス叔父様」

最後の台詞はトーマスへ向けたもの。

報告残っていると言うジンとグロウ、アーサーを残して、ロザリアは部屋を退室した。
廊下へ出ると、なんとミシャが待っていた。
どこからかロザリアが帰ったことを聞きつけて待ち構えていたらしい彼女は、目に大粒の涙をためながらロザリアを勢いよく抱きしめる。

「私がロザリア様の傍を離れてしまったから…申し訳ありません」
「何言ってるの。ミシャには何の責任もないわ。それより…」
「それより?」

少し体を離したロザリアは、眉を下げながらお腹に手を当てる。

「お腹すいた。昨日のお昼から何も食べてないもの」
「あら」

ミシャは口元に手をあてて笑いを押し殺して、すぐにご用意しますね。と優しく言ってくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
恋愛
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯
恋愛
 侯爵令嬢シルヴィアは、ウィンデリア国で2番目に強い魔力の持ち主。  幼馴染の公爵家嫡男セドリックを幼いころから慕っている。成長につれ彼女の魔力が強くなった結果、困った副作用が生じ、魔法学園に入学することになる。  最短で学園を卒業し、再びセドリックと会えるようになったものの、二人の仲に進展は見られない。  そうこうしているうちに、幼い頃にシルヴィアが魔力で命を救った王太子リチャードから、 「あと半年でセドリックを落とせなかったら、自分の婚約者になってもらう」と告げられる。  その後、王太子の暗殺計画が予知されセドリックもシルヴィアも忙殺される中、シルヴィアは半年で想いを成就させられるのか…。  「小説家になろう」サイトで完結済みです。なろうサイトでは番外編・後日談をシリーズとして投稿しています。

天真爛漫な婚約者様は笑顔で私の顔に唾を吐く

りこりー
恋愛
天真爛漫で笑顔が似合う可愛らしい私の婚約者様。 私はすぐに夢中になり、容姿を蔑まれようが、罵倒されようが、金をむしり取られようが笑顔で対応した。 それなのに裏切りやがって絶対許さない! 「シェリーは容姿がアレだから」 は?よく見てごらん、令息達の視線の先を 「シェリーは鈍臭いんだから」 は?最年少騎士団員ですが? 「どうせ、僕なんて見下してたくせに」 ふざけないでよ…世界で一番愛してたわ…

伯爵家の箱入り娘は婚儀のまえに逃亡したい

瑞原唯子
恋愛
だから、きっと、恋を知らないままでよかった。 伯爵令嬢のシャーロットはもうすぐ顔も知らないおじさまと結婚する。だから最後にひとつだけわがままを叶えようと屋敷をこっそり抜け出した。そこで知り合ったのは王都の騎士団に所属するという青年で——。 --- 本編完結しました。番外編も書きたかったエピソードはひとまず書き終わりましたが、気が向いたらまた何か書くかもしれません。リクエストなどありましたらお聞かせください。参考にさせていただきます。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

処理中です...