ズルいと言う妹はいませんが、「いいなー」が口ぐせの弟はいます

桧山 紗綺

文字の大きさ
2 / 6

2.弟と私の婚約問題

しおりを挟む
溜息の音に胸の奥がぐっと押し潰されるような苦しさを感じた。

「コルドー伯爵ではなくコルドー子爵よ。
お兄様が伯爵で弟さんの方が子爵。
名前もよく似ているから間違いやすいけれど失礼なことだからちゃんと覚えてね」

「はい……、申し訳ありません」

「早く覚えて一緒に夜会に出ましょうね」

にこりと微笑むその方はいずれ義母になる。
けれどその瞳の奥や発する空気は決して親しみを感じさせなかった。







講義を終え部屋を出て行く夫人を見送り詰めていた息を吐くと扉が大きな音を立て開いた。
入れ替わりで入ってきた婚約者に驚きながらも挨拶を述べる。

「お邪魔しております。
ご挨拶が遅れまして失礼を……」

「ああ、構わない。
母上の教えを受ける方が優先だろう。
先ほども聞いたが、どうも我が家系を覚えるのが遅れているとか」

「……ええ、覚えが悪くて申し訳ないですわ」

せっかく顔を出してくれたのに謝罪ばかりで申し訳ない。
時間ばかりかかり中々覚えられないことに焦りも感じている。

「気にするな。
嫁ぐ前にしっかりと覚えれば問題ない」

素っ気ない言い方にこみ上げる思いを押し殺す。
ご迷惑をおかけしますと答えてから前にもお願いした事をもう一度口にしてみる。

「あの、差し出がましいお願いだとは思うのですが、私も一緒に夜会にお連れ願えないでしょうか?」

6つ年上の婚約者は夜会にもよく顔を出している。
その席で何人かの親戚の方に引き合わせてもらえないかと何度かお願いしていた。

「まだ名前を覚えていない親戚もいるのに無理に決まっているだろう」

嫌そうに顔を歪めて答える婚約者にそれでもどうかと再度願う。

「ですが近しい方だけでも先にご挨拶をさせていただければきっと覚えられると思うのです」

文字だけを読んで暗記するより実際に挨拶を交わした方が記憶に刻まれやすい。
主要な方だけでもそうさせて欲しいと頼んでいるのだが、いつも答えは否だった。

「どうしても夜会が無理なのでしたら展覧会や劇場でもいいのでどうか」

「くどい! お前のような物覚えの悪い女を連れて歩けるか!
引き合わせたところで恥をかくだけだろ!
この話は終わりだ、二度と同じことを言わせるな!」

「……申し訳ありません」

苛立った足取りで出て行く婚約者に頭を下げる。
足音が聞こえなくなった瞬間、抑えきれない溜息が漏れる。
様子を見に来たメルディスに慰めてもらっても、中々浮上できなかった。



◇◇◇



「お帰り姉さん。
ずいぶんと疲れてる姉さんにとびきりのお茶を入れてあげて」

浮上しきれず沈んだ気持ちで帰った私を勉強を終えていたアレックスが出迎えた。
やさしい温かさのお茶に強張っていた気持ちが解けていく。
カップが空になるとさっきより少し熱めのお茶が注がれる。
アレックスの従者は本当にお茶を淹れるのが上手い。
華やかな香りに口元を緩めた。
最初の一杯を飲み干すまで黙っていたアレックスが私にお菓子を勧め、いつもの時間が始まる。
そのお菓子は私がいただいて帰った物だけど。

「姉さんはいいなー。
婚約者は侯爵家の嫡男。
将来は侯爵夫人で安泰じゃないか」

アレックスのいいなーが珍しくお菓子ではないところに使われた。
今日もメルディスの優しさが詰まったお菓子はテーブルに出されてアレックスのお腹に収められていっている。

「そうかしら」

普通にしていたら安泰なのは確かだけれど、未来の夫とも義母とも上手くやっていけるか不安だわ。
そんな私の心を知らずかアレックスは自身の将来を憂いているようだ。

「だって僕はまだ婚約の話もないし、将来どうなるか全く見えなくて不安になるよ。
兄さんも滅多に家に帰ってこない。
僕、婿に行けばいいのか文官になって身を立てればいいのかもわからないんだよ?」

周りはそろそろ婚約の話が持ち上がってきているのにと口を尖らせるアレックス。
確かにアレックスの言うとおり。順当にお兄様が継ぐのならアレックスは身の振り方を考えなければならないし、お兄様はいい加減結婚しないと。

「そうよね。
お父様たちはどういうおつもりなのかしら?
お兄様が継ぐにしても城のお仕事で忙しくしてて領地の引き継ぎのお話なんてしてなさそうよね。
結婚も男性の方がゆっくりでも大丈夫とはいえ、遅いわ」

私より8つも上のお兄様はとっくに結婚もして子供がいてもおかしくない。
そもそもお兄様に婚約者がいたことがあったかしら。
今さらながら自分の家の跡継ぎ問題が心配になってしまった。

「今頃気づくなんて姉さんらしいね。
まあ、嫁いでしまったら姉さんに関係ない話なんだけど」

突き放すような言葉に眉を下げる。
弟の苦悩に気づきもしなかった私も悪いけれど、そんな言い方をされたら淋しい。

「そんなこと言わないでちょうだい。
嫁いだとしても実家や家族の心配をするのは当然のことよ」

あの侯爵夫人や夫となる人がそれを許してくれるのか……。
ちらりと頭をよぎった考えは無視した。




◇◇◇

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の日の夜に

夕景あき
恋愛
公爵令嬢ロージーは卒業パーティの日、金髪碧眼の第一王子に婚約破棄を言い渡された。第一王子の腕には、平民のティアラ嬢が抱かれていた。 ロージーが身に覚えのない罪で、第一王子に糾弾されたその時、守ってくれたのは第二王子だった。 そんな婚約破棄騒動があった日の夜に、どんでん返しが待っていた·····

好きな人ができたので婚約を解消して欲しいと言われました

鳴哉
恋愛
婚約を解消して欲しいと言われた令嬢 の話 短いので、サクッと読んでいただけると思います。

嫌われ令嬢とダンスを

鳴哉
恋愛
悪い噂のある令嬢(妹)と 夜会の警備担当をしている騎士 の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、4話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。 姉の話もこの後に続けて後日アップする予定です。 2024.10.22追記 明日から姉の話「腹黒令嬢は愛などいらないと思っていました」を5話に分けて、毎日1回、予約投稿します。 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 妹の話を読んでからお読みいただきたいです。

僕のお姫様~愛情のない両親と婚約者に愛想を尽かして婚約破棄したら平民落ち、そしたら目隠しをした本当の末姫に愛された~

うめまつ
恋愛
もう我が儘な婚約者にうんざりだ。大人しかった僕はとうとうブチキレてしまった。人前で、陛下の御前で、王家の姫君に対して大それたことを宣言する。 ※お気に入り、栞ありがとうございました。 ※婚約破棄の男視点→男に非がないパターン

そろそろ諦めてください、お父様

鳴哉
恋愛
溺愛が過ぎて、なかなか婚約者ができない令嬢の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、7話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。 2025.09.21 追記 自分の中で溺愛の定義に不安が生じましたので、タグの溺愛に?つけました。

婚約破棄されてしまいましたが、全然辛くも悲しくもなくむしろスッキリした件

瑞多美音
恋愛
真面目にコツコツ働き家計を支えていたマイラ……しかし、突然の婚約破棄。そしてその婚約者のとなりには妹の姿が…… 婚約破棄されたことで色々と吹っ切れたマイラとちょっとしたざまぁのお話。

私ではありませんから

三木谷夜宵
ファンタジー
とある王立学園の卒業パーティーで、カスティージョ公爵令嬢が第一王子から婚約破棄を言い渡される。理由は、王子が懇意にしている男爵令嬢への嫌がらせだった。カスティージョ公爵令嬢は冷静な態度で言った。「お話は判りました。婚約破棄の件、父と妹に報告させていただきます」「待て。父親は判るが、なぜ妹にも報告する必要があるのだ?」「だって、陛下の婚約者は私ではありませんから」 はじめて書いた婚約破棄もの。 カクヨムでも公開しています。

処理中です...