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一年目 ~学園編~
突然の婚約解消
しおりを挟む突然婚約者に呼び出されて学園の廊下を急ぐ。
時間は指定されていないけれど待たせると不機嫌になってしまうから。
足を速めて向かった庭園の先にピンク色を見つけ、しまったと焦る。
髪の色ですぐにわかる。ピンクブロンドの髪は王国中から学生が集まるこの学園でも珍しい色だから。
ひとつ年下の婚約者は一人娘として可愛がられて育ったせいか良くも悪くも素直だ。
嬉しい時は嬉しいと全面に表し嫌なことがあった時も不機嫌な顔を隠そうとしない。
王都に近い貴族ほど感情を隠すのが上手いが、田舎の部類に入る男爵家の娘である婚約者はそうしたことに長けてない。また、地方ではそれほど表情を取り繕うことを必要とされていなかった。
いずれ大人になれば少し感情を抑える必要がある時も出てくるかもしれないが、そういったことをフォローするのは俺の役目だった。
男爵からも娘が不自由しないように助けてやってほしいとお願いされている。
幼い頃から婚約者として一緒に育った身だ。
当然のことだと理解しているし、婚約者のことは大事に思っている。
できる限り彼女を尊重してあげたい、男爵の言葉がなくてもそう思っていた。
「レイチェル! 待たせてごめん!」
早足で婚約者の下へ向かうと俺の声を聞いて彼女が振り返った。
「遅いわ! すぐ来てって伝えておいたのに」
「ごめんね、講義が終わってすぐに向かったんだけど」
一年生は前の時間は空き時間だったから待たせてしまったようだ。
申し訳ないと謝るとまあいいわと返す。
もっと怒ると思っていたのにと意外な面持ちでレイチェルを見つめる。
「それで今日はどうしたのかな、冬の休暇の相談?」
休暇には領地に戻る。
馬車の手配や王都でのお土産選びなど彼女が言い出しそうなことを頭に浮かべ聞いてみた。
「違うわ、もっと大事なことよ」
「大事な……?」
心当たりがなくて言われた言葉を繰り返す。
顎を上げたレイチェルが向けた冷たい目にひやりとしたものを感じた。
「婚約を破棄するわ、アラン。
あなたちっともわたしを優先してくれないし、いつもああしろこうしろってうるさいのよ!」
「え?」
婚約を、破棄……?
言われた意味がちっともわからなくて首を傾げる。
「学園に来てわかったわ、あなたが勉強や何やらで忙しい忙しいって言ってたのはただの方便だって。
他の人はもっとわたしを優先してくれるもの。
婚約者をほったらかして自分のことばっかりのあなたはもういらない!」
「ちょっと待って、落ち着いてレイチェル」
話している間に興奮してきたのか段々口調が荒くなる彼女を落ち着かせようとする。
それが更に彼女の怒りを煽ったようだった。
「子供扱いしないで!
いっつもそう! ひとつくらい歳が上だからって保護者ぶって!」
子供扱いをしていたつもりはないけれど守らなければならない相手だと思っていたのは確かで、保護者ぶってという言葉に反論できなかった。
「わたしだって幼い子供じゃないの、あなたが知らないだけでちゃんと女性として扱ってくれる人だっているわ!」
「それってどういう……」
「エドガー、来て!」
戸惑うばかりの俺を置いてレイチェルが誰かの名を呼んだ。
繁みの影から現れた男子生徒が俺を一瞥してレイチェルの隣に並ぶ。
「彼はエドガー。
あなたと違ってわたしをいつも優先してくれる、わたしの大切な人」
レイチェルの言葉を肯定するように男子生徒の手が彼女の肩に回る。
「な……っ」
衝撃に言葉を失い、思わず辺りを窺う。
見える範囲に人がいないことに安堵の息を吐く。
貴族が多く通うこの学園で男性に肩を抱かれているところを見られるなんて致命的だ。
婚約者同士でもありえないと非難の的になるだろう。
「レイチェ……」
いけないことだから離れてと注意をしようとして、保護者じゃないと言われた言葉が蘇り一瞬言葉に詰まる。
首を振って何て言われようとこれは黙っていては良くないことだと口を開く。
「君、レイチェルから手を離してくれないか。
そんなところを見られたら彼女にとって困ることになる」
「エドガー、いいわよ聞かなくて」
俺の言葉に重ねてすぐさまレイチェルが否定する。
「ダメだ、レイチェル。
君のお父上のことも考えて……っ」
「うるさいっ!!
お父様もエドガーのことは知ってるから良いの!」
「え……?」
男爵も知っているという言葉に口が止まる。
「お父様にアランとエドガーの話をしたら婚約は解消しても良いって言ってくれたの!
だからお父様からアランのお父様の子爵に話してもう婚約は解消済みよ」
「婚約解消、されている……?」
そうよと答えたレイチェルの顔が得意げに歪む。
話に付いていけない俺を余所にレイチェルは言葉を続ける。
「わたしは婚約破棄でって言ったのに、お父様がアランは今まで十分よくやってくれたからって解消にしかしてくれなかったの。
何も非がないアランを婚約破棄なんてできないし外聞が悪すぎるって。
わたしを蔑ろにしたって理由だけで充分なのに」
蔑ろにしたつもりなんてない。
そう頭で考えるのに衝撃で言葉にならなかった。
「将来のためにって勉強ばっかりで全然わたしをかまってくれなかった」
違う。勉強に時間を割いていたのは本当だけれど、その中でもできるだけレイチェルの側にいられるようにしていた。
一年生の頃は新しい環境に馴染むので精一杯で手紙も多くは出せなかったけれど、季節に何度か手紙は出していた。昨年の休暇で男爵家に帰ったときに散々責められたからレイチェルが入学してくる今年は一緒に過ごせるようにと打診されていた生徒会への参加も辞退してレイチェルと過ごした。
「夏だって試験勉強だかなんだか知らないけど、せっかく王都にいるのに遊びに連れて行ってくれなかったじゃない!」
レイチェルの言う通り生徒会にも誘ってくれた友人のレオンからこの資格試験だけは受けた方が良いと勧められて、文官を目指す者が受ける資格試験を受けた。
その資格を持っていれば男爵家の領地を管理するのにも知識が深まるし、レイチェルが卒業までの一年でも王宮で働き見識を高めて他家と交流できればなおの事良いと男爵も賛成してくれている。
王都に一人娘を残すのは心配だとの男爵の考えもあり、俺もレイチェルが卒業するまでは王都に残ることになっていた。
その間無為に過ごすことのないようにと考えていただけのこと。
王都の街にあまり遊びに行かなかったのもちゃんと理由があった。
全寮制であるこの学園では外に出るには毎回外出許可をもらわなければならない。
外出許可が下りないということは基本的にないが、成績が悪いと別だ。
実際レイチェルと一緒に出掛けるために申請した外出許可では、アランには許可が下りたけれどレイチェルは不許可で返ってきていた。
それもレイチェルに説明をして次のテストではもう少し成績を上げようと勉強を見ている。
「エドガーはそんなことないもの、いつもわたしを優先してくれて街に出たいって言えば叶えてくれる。
ちゃんとわたしを女の子として扱ってくれて、優しく大切にしてくれたわ。
二人のときでも勉強ばっかりのアランとは違うの!」
そう言って冷たい目で俺を睨んだ。
「わたしを大事にしてくれないアランなんていらない」
だから婚約は解消したのと告げエドガーの腕に手を絡めるレイチェル。大きな緑の瞳には敵意しか乗っていない。
そのまま立ち去って行ったレイチェルたちの背を呆然と見つめる。
どうしてこんなことに、どうしたら良かったんだろう。
衝撃に停止しかけた頭で考えらえれたのはそんなことだけだった。
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