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一年目 ~学園編~
学園にいられない
しおりを挟む二人が立ち去りしばらくして、告げていった内容がようやく頭に浸透した。
――婚約を解消された。
恐らくエドガーと呼ばれていた彼が新しい婚約者になるのだろう。
婚約を解消すると告げたレイチェルの隣に立ち、しかも肩を組んでいたということはそういうことだ。そうでなければさすがに看過できない。
彼を大切な人だと言ったレイチェルに寂しいような複雑な気持ちになる。
いつから浮気をされていたのかなんてどうでもよかった。
裕福な男爵家の一人娘のレイチェルと婚約を結んだのはまだ10歳になる前のこと。
男爵家を守りレイチェルに苦労をさせないための婚約だった。
爵位は上でも家族が多く貧乏な子爵家の長男だった俺は丁度良い相手だったのだろう。
多額の援助金と引き換えに男爵家に引き取られ、将来のためにと領地の仕事を手伝い学びながらレイチェルの遊び相手として暮らす日々は決して悪いものではなかった。
実際に男爵の領地経営の采配を見るのは勉強になったし、将来の娘婿のためと俺の教育にも力を入れてくれた。
正直実家の子爵家では同じレベルの教師は呼べなかっただろうし、男爵には感謝している。
学びの面でも生活の面でも実家より高い水準の待遇を用意してくれた男爵の期待に応えたいと学ぶことは怠らなかった。
レイチェルのことも大切にしていたつもりだ。一つ年下の彼女は無邪気で可愛らしい存在だった。
幼い頃は俺の姿を見つけるとピンクブロンドの髪を跳ねさせて駆け寄ってきては抱っこと笑い、勉強しているところにやってきては一緒に遊ぼうと緑の瞳を期待に輝かせる。どうしたって親しみを感じずにはいられなかった。
可愛らしい彼女を大切に思っていたし、恋情はなくても妹に向けるような愛情を持っていた。
去り際の冷たいまなざしを思い出す。
いずれ家族になる相手、ではなくもう家族だと思っていた。
けれど、そんなの俺の勝手な想いだったみたいだ。
いらないの一言で捨てられる存在だと気づいていなかった。
事情があれば婚約が解消になるのは理解できる。
事前に話があれば苦い気持ちにはなっても二人を祝福できただろう。
なのにまさか、当事者なのに何も知らされないなんて。
本当に何の情も関係もない、他人みたいだ。
「馬鹿だな」
みたいじゃない、他人だったんだ、元々。
傷ついているのかもよくわからない。
ただ空しくて、存在理由がなくなった今何をしたらいいのかとぼんやり思う。
友人のレオンのおかげで資格は取れたから王宮に勤める道は開かれている。
卒業までに努力を重ねれば試験を通る可能性がある。
あと一年、と思ったところではたと気づく。
卒業までの学費はどうなるのかと。
これまでは男爵家が出してくれていた。
娘婿への教育費として惜しむことなく学費も寮費も男爵家が払ってくれている。
しかしそれは俺がレイチェルと結婚することが前提のもので、婚約を解消すると言われた今、男爵家が払ってくれるかはわからない。
いや、払ってもらえることはないだろう。新しい婚約者候補もすでにいる。普通に考えたらお金をかけるのはそちらの方だ。
足元が崩れるような感覚に襲われる。学園を卒業できる見込みがなければ王宮の登用試験も受けられない。
学費が払えなければ退学するしかないだろう。
そうなればどうやって生きていけばいいのだろうか。
頭を振って悲観的な考えを頭から掃う。まずは事実確認をしてからだ。
婚約が解消になったとはいえ、自分に瑕疵があったわけじゃない。
そうであればおそらく賠償金は支払われるはず。
週末、男爵にお会いして窺ってみよう。
どのみち一度はお会いしなければならない。
急な訪れになり申し訳ない気持ちはあるが、突然婚約の解消を告げられたことを考えれば面会を拒否はされまい。
いつも勉学の進捗を報告するために使っていた便箋を取り出し面会を希う気持ちを綴り、封を閉じる。
急ぎで依頼をすればこの時間からでも明日には届くはずだ。すぐに返事が来なくとも行き違いになるかもしれないお詫びは手紙に綴ってある。
週末の外出申請も同時に済ませ部屋に戻ろうとすると近くで声がした。
「おい、アラン」
「っ! レオン……、すまない呼んでたのか」
思いの外近くにいて驚いた。何度も呼んだんだぞと驚くなんて心外だと伝えてくる。
視線は探るような鋭いものだったけれど、心配してくれてるんだろう。
友人の心配が胸に痛い。
こんな心配を向けてくれる友人とも別れなければならないのだろうか。
婚約の解消を告げられたときよりも傷んだ胸に表情が歪みそうになる。
どうしたのかと異変を察した友人へどうにか取り繕ってなんでもないと返す。
成功したのか彼の気遣いかわからないけれどレオンはそれ以上追及してこなかった。
「外出申請出したのか、珍しいな」
一年のときからあまり外出の申請をしないのを知っているからの言葉。
外出の申請をするときは大抵彼からの誘いだったので余計にそう思うんだろう。
「婚約者サマが騒ぐんじゃないか?
オマエが勝手に自分の側から離れるのを大層嫌っているからな」
彼はあまりレイチェルのことが気に入らないらしく、揶揄するような口調だ。
レイチェルが入学したばかりのころは彼女が勉学や友人より自分を優先するように言うのを不快そうな顔で聞いていた。
俺を尊重してくれてはっきりと文句を言われたことはない。
けれど俺のことを考えて資格試験を受けるようにアドバイスしてくれたのも彼だ。
「大丈夫だと思うよ。
彼女も友人ができたみたいだし、俺がいなくてももう困ることはないさ」
大事な友人に隠し事をするみたいで気が引けたけれど、言えるわけがない。
一方的に婚約解消を告げられたことも、学園に通えるかわからなくなったことも。
まずは男爵と話をしてから。
学園に通える見込みがあれば他のことは追々話せばいい。
沈黙を選び微笑む俺をレオンが覗き込む。
「顔色悪いぞ、試験で根を詰めてたから疲れが出たんじゃないか」
「そうかもね、今日は早く休むことにするよ」
「そうしろ、クリスティーヌも心配してたからな」
クリスティーヌ様が心配していたと聞いて首を傾げる。
レオンの妹であるクリスティーヌ様とは王都の彼の屋敷に招かれた時に何度かお会いしたことがある。
レオンとよく似た金の髪に紫の瞳をした美少女だ。
「クリスティーヌ様が?」
「この前の祝賀会の時に元気がなかったから気にしてたみたいだぞ」
レイチェルに試験の合格を知らせても喜んでもらえなかったことを思い出してしまった時のことだな。
せっかくレオンが祝賀会を開いてくれたのに、暗い顔をしていたからどうしたのかと聞かれた。
「ああ……。
気を使わせてしまったなら悪かったな」
「違う、心配してるんだ。 心配。
悪いと思ってるんならまた顔を見せてやれ。
どうもアイツは実兄よりもお前に懐いているみたいだからな」
慕われていると言われて面映ゆい気持ちになる。
クリスティーヌ様の笑顔を思い出すと胸の中の重苦しい気持ちが少し晴れたような気がした。
そうできたらいいな。
けれど、会いに行くと約束は口にできなかった。
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