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一年目 ~学園編~
彼の身に起こったこと<クリスティーヌ視点>
しおりを挟む――急いで確かめないと。
たった今執事から聞いた情報に、急いでお兄様の元へ向かう。
ノックへの返答を待つのももどかしい。
応えと同時にドアを開く私を、呆れた顔のお兄様が迎えた。
「お兄様!
アラン様がここに住むってどういうことですか!」
「なんだ、嫌なのか?」
口の端を上げた意地悪な顔で問いかけるお兄様。
そんなわけないってわかってるくせに!
「嫌なわけないでしょう!
その反対です!」
お兄様の言葉を全力で否定する。
アラン様はお兄様以上にお兄様らしいというか、落ち着いていて優しくて成績もよくて。理想の兄と言ったら何人も賛同の声が上がる人だ。
なんというか良い人、というのがアラン様を表すのに一番適していると思う。
お兄様を近くで見ているから余計にそう感じてしまうわ。
「お前なんか失礼なこと考えてるだろ」
「そんなこと考えてません」
失礼なことじゃないわよね、正当な評価よね。
「アラン様がこの家に住むのはとっても嬉しいわ。
でも、どうして急に?」
本当に急なことだわ。
遊びに来ることは今までもあったけれど泊まることはなかったし、『住む』という言葉は不思議に感じる。
「今のアイツを一人にしておけない。
お前も遠慮しないでどんどん構え」
お兄様の言い方が引っ掛かる。
いつもなら邪魔するなと言うくらいなのに、構えなんて。
「アラン様に何があったのか、聞いてもいい?」
お兄様の言葉から何かあったのは理解できる。
一人にしておきたくないというのならいくらだって協力するわ。
だけど、アラン様に何が起こったのか知っておかないとあの方の望まないことをしてしまうかもしれない。
お兄様がそこまで他人の事情に踏み込むなら相応の理由があったはず。
いくらアラン様を気に入っていたとしても決して線引きを間違う人ではない。
だから余程危うい状況だったのでしょう。
「婚約を解消された」
「……誰がです」
予想のできなかった言葉に思わず変なことを聞いてしまった。
「アイツの話をしてるんだろ」
馬鹿にするような顔をするお兄様だけど、それに怒るよりも聞いた内容への衝撃の方が大きかった。
「アラン様が!?
何故?!」
だってついこの前だってあんな難関資格を取得して、婿がねとしての価値が更に上がった人よ?
そんな人と婚約を解消する?!
意味が分からない。
性格だって難があることもないし、そんなの幼い頃から一緒に育ってきている男爵令嬢の方が知っているはずでしょう!?
「どうして!
ありえないでしょう!?」
「馬鹿の思考を考えるな。
自分まで馬鹿になるぞ」
身を乗り出して驚きの声を上げる私へお兄様が身もふたもないことを言う。
「だって意味がわからなすぎませんか!?
あのアラン様ですよ!?」
私の友人にだってアラン様の話は届いている。
学園に通う兄姉がいる方はお兄様と友人になったアラン様が一目置かれていることを知っている。
一部の友人からは婚約者がいなければ自身の婚約者候補に入れたかったのにと残念がる声も聞いたことがある。
冗談めかしていたけれど、全く考えにないことは口には上らない。
普通に考えたらアラン様が婚約を解消されるなんてありえないことだった。
「理由はどうでもいい。
問題は婚約を解消されたことによって、アイツの面倒を見る理由が男爵家になくなったことだ」
感情を抑えた声で話を続けるお兄様。
その内側に激しい怒りが渦巻いているのが私にはわかった。
「それで……?」
「学費が払えないから退学するしかないと言っていた」
――退学。
重い言葉に胸がざわりとする。
あんなに成績優秀で努力家な方が?
「……でも、婚約解消になれば慰謝料は出ますよね?」
それがあれば学園を卒業するくらい容易いと思うのです。なにせ幼き頃より長きに亘る婚約。アラン様に非があったとは考えられませんし、相手の事情によるものであればかなりの金額が支払われたのではないでしょうか。
私の疑問に、お兄様から発せられる怒りの気配が増した。
「慰謝料はアイツの実家に支払い済みで、その実家は借金の返済やアイツの弟妹への教育費などで使い切ったとさ」
「な、んですって……?」
くら、とめまいのような怒りを感じた。
アラン様が婚約をして男爵家で暮らし始めたのはまだ十にも満たない頃だと聞いている。
それだけ長い間共に過ごし育ちながら簡単に婚約を破棄したこともそうだし、アラン様に何も残さなかったなんて。
そんな情のないことがどうしてできるのか理解不能でした。
「薄情な男爵家は元より親すら頼れず学園も退学しなければいけない。
信じられるか? 親に平民になって自由に生きろとまで言われたんだぞ?
幼い頃から家のための婚約で不自由を強いておきながらな」
お兄様の声は淡々としているからこそ恐ろしかった。
「だから、休学して俺の下で働いてもらうことにした」
男爵家からも実家の子爵家からも縁が切られたアラン様。その気持ちを思うと胸が苦しくなる。
お兄様が手を出した理由も頷けた。
「それで……」
「ああ、しばらくしたら領地に行かせるつもりだ。
この屋敷で働かせるよりも、向こうで実務を学ばせた方がアイツのためになるからな」
ずっとはいないと聞かされ残念な気持ちになる。
「どうせお前も来年は学園に入学して側にはいられない。
環境を変えたら気分転換になるだろう。
それまでせいぜい構い倒してやれ」
お兄様が心配するのも当然だわ。
長年の婚約者の家と縁が切れただけじゃない、アラン様の将来を慮るでもなく実家への賠償で済ませる。
なんて非道なことをするのでしょう。
しかも話の流れからいってアラン様には知らせずに行われたということでしょう?
知っていたらせめて自分の将来に関わる学費や寮費などは分けて払ってもらえないかと交渉したでしょうから。
それにしても実家も実家です。
本来なら嫡男になるはずの長男を他家に出しながら、それが破談になった慰謝料を自分たちで使い込むですって?
裕福な男爵家から援助を受けることと引き換えにアラン様を婚約者に差し出したのは有名な話です。
アラン様の優秀さと共に、先見の明があったと男爵家を称えたり羨んだりする声は広く聞こえていましたから。
幼い頃から男爵家に預け、家族として過ごした時間が短かったとはいえ、まともに人としての感性があったら到底できることではありません。
それに、除籍なんて。
アラン様の婚約により得た援助で助けてもらいながらアラン様が窮しているときには手を振り払う。
なんて酷いんでしょう。
「私、全力でアラン様を構いますわ」
心だけでなく口に出して誓います。
そんな辛いことがあったのに私の入学祝いまて用意してくれて。接していても全然わかりませんでした。
家族になるはずだった人や進む道を失った悲しみはあるはずなのに。
「丁度学園に入学する前の予習をしたかったので全部アラン様にお願いします。
私が学園に入るまでは領地には向かわせないでくださいね?」
「それは父上の意向次第だが、俺からも言い添えておこう」
お父様の意向次第とは言いましたけれど、学園に入学するまでの短い間のことでしたら要望は通るでしょう。
明日からの予定をできるだけアラン様といられるように組み替えないと。
勉強を教えてもらうと言えば侍女も反対はしないと思います。むしろ喜んで場を設けてくれるのではないでしょうか。
私は学ぶのが嫌いなわけではありませんよ?
でも机に向かってばかりいられるほど勉強好きでもないので、多くの時間を勉強に費やすと言えば驚き喜ぶことでしょう。
お兄様の意向にもちゃんと気づいています。
私をアラン様の側に置くことでアラン様の気を逸らせたいのと、私の友人などに噂が回るのを避けたいのでしょうね。
言うなと一言いえば済むのに、回りくどい方法を使うんだから。
試されてるみたいで疲れるわ。
やっぱりアラン様のような優しいお兄様だったら、と思ってしまうのは仕方のないことよね。
何はともあれ、私は入学までの目標をアラン様に一通り勉強を教えてもらうことと、学園の話を教えてもらうことに決めた。
少しでも気が紛れるのであれば、勉強も全力で教わるわ。
入学前に不安だから教えてほしいと願えば親身に教えてくれるはずです。アラン様は優しいから。
誰かさんと違って。
口には出さない思考をどう読み取ったのか、威圧を含んだ笑みを向けるお兄様に笑顔で誤魔化した。
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