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二年目 ~領地編~

新しい生活に慣れ

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 日々の仕事を行い、合間に新しい仕事を教わり、余暇は勉強をするという日々を続けて数か月。
 クレイルさんや周りの仕事ぶりを見ていると本当に多岐にわたる仕事があるのだと実感する。
 比べるのもおかしな話だけれど、男爵家では担当が決まっていて他の仕事をすることはあまりない。
 キッチンのことはキッチンを担当するメイド、男爵の身の回りのことは担当の従者たちで、男爵夫人やレイチェルの支度をする侍女はそれぞれ一人ずつ専任であたっていた。
 裕福な家だったというのもあるんだろうけれど、男爵家としては使用人の数が多かった。
 実家の方がもっと少ない人数で仕事を回していた記憶があるし、父や母も本来は使用人に任せる仕事を一部していた気がする。

 この侯爵家では庭師や料理人、御者など専門職を除いては皆が複数の仕事をすることになっていた。
 人件費を削っているなどの理由ではなく、領地が大きいことや抱えている人間の数が多く、きっちり担当を決めることが却って無駄を生んでしまうため日によって違う仕事を割り振っているようだ。
 でも一番の理由は使用人の能力の向上や対応力を鍛えるためだと思う。
 突如割り振られた仕事の手順を確認しながらそんなことを考える。
 イレギュラーがあっても各々考え対応できるようにするとの方針なんだろう。
 屋敷の運営一つとっても色んなやり方があるんだなと改めて思った。
 侯爵家の使用人を見ていると一つの仕事に対しての裁量権が大きいと感じる。
 もちろん基本ができているからこそだけれど。
 誰を見ても勉強になった。





 割り当てられた仕事を終え次の指示を仰ごうと歩いていた廊下で探していたクレイルさんに呼び止められる。

「アラン、丁度良いところに。
 ちょっとおつかいを頼みます」

「はい、服飾店ですか?
 珍しいですね」

 しかも女性用のお店だ。
 誰か来るのだろうかと思っているとクレイルさんが答えを口にする。

「クリスティーヌ様お嬢様が夏季休暇にこちらにいらっしゃることが決まりましたので、その間の手配です」

「そうなのですか、もうそんな時期なんですね」

 学園のある王都よりもこの領地は涼しいので、まだ夏が近づいてきているとの実感がなかった。
 レオンは今回は戻って来ないという。
 学園最後の年なのであちらでやりたいことがあるそうだ。
 俺に会わないためというのも理由としてあるんだろう。主従として再会する日のため、それまでに自分の中にある感情を整理するために。
 俺の方が側に戻ると言ったしな。
 王都で頑張っているレオンの存在が俺を奮い立たせる。
 早く一人前になって再会したい。
 そのために一歩ずつ確かに経験と実力を積み重ねていこうと足を進めた。 



 受け取る荷物があるため馬車で街に向かう。侯爵家の領都は王都ほどゴチャゴチャしていないけれど賑わっていて色々なお店がある。
 目的の店までたどり着いて馬車を降りる。
 目の前に馬車が止まったことで出てきた店の人に案内されて中に通された。
 品物を確認するために一緒に来た女性の使用人が中身を見て頷く。
 いくつかの箱の中でちらりと可愛らしい桃色が目につき、クリスティーヌ様に似合いそうだと思った。
 今頃どんな学園生活を送っているだろうか。
 この時期なら魔法実践に入り実際に魔法を扱い始めているかもしれない。
 きっとあのキラキラした瞳で学園生活を楽しんでいるはずだ。
 夏に領地に来た時には学園の話を聞かせてくれると言っていた。
 今の立場でそれが実現するかはわからないが、聞かせたいと思うくらい楽しい学園生活を送ってくれていたらいいな。
 品物に問題がないことを確かめ終えたので会計に移る。
 値段を確認して支払いをする際、ふと気になったことがあった。

「半金貨とは珍しいですね」

 支払いの釣銭が半金貨だったのでつい口に出る。
 半金貨は高額な買い物にしか使わないのであまり目にすることはない。
 男爵家にいたときは、冬の間に使う備蓄品を買うときか、夜会用の礼服やドレスを新調するときに見たくらいだった。

「ええ、早めの避暑に来られた方でしょうか。
 こちらの気候に合わせた物が欲しいからとあまりドレスはお持ちにならなかったようでした。
 半金貨2枚分もご購入いただいて驚きましたよ」

「半金貨2枚も? それはすごいですね」

 王都での普通の家族の3か月分の生活費ほどの金額だ。
 そんな金額を軽々しく使えるような高位貴族が来ているとはクレイルさんから聞いていない。
 一回の避暑でしかも服飾費のみと考えると高いと思う。
 旅先に重くなる銀貨を厭い、金貨よりも使いやすい半金貨を持ってきているというのはおかしくない。
 けれど何か気にかかった。
 懐に入れていた銀貨を店員の前に積む。

「差し支えなければその半金貨と両替をしていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「え、ええ。
 こちらとしては使いやすい方が良いので助かりますが」

 不思議そうな顔をする店主に銀貨が多いので纏めたいのだと適当な説明をして交換をしてもらう。
 本来は別の店での細かな買い物のために用意されていたものだが仕方がない。
 勝手なことをしてしまうが、両替した硬貨を手にして、恐らく勘は合っていると思った。


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