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二年目 ~領地編~
掴めない尻尾と夏季休暇の始まり
しおりを挟むあれから一週間が経っても女性の身元は依然として掴めていない。
そもそもほとんど出歩かず屋敷で過ごしているようで、容姿すら確認できていなかった。
男の方にも探りを入れているがめぼしい結果は得られずにいると聞く。
酒場に出入りしている男の調査には俺は入っていない。
さすがに俺の年齢で酒場に頻繁に出入りするのは違和感があり目立ち過ぎる。
そんなわけで酒場に潜入するのはクレイルさんが選び事情を話した人が交代で当たっていた。
俺はというと屋敷に食事を届けているレストランの従業員に扮して屋敷に出入りしている。
しかし件の貴婦人の姿は見ることができていない。
ただ、俺が料理を渡している使用人の女性は西方訛りを感じる。
強い物ではないのだが、ヒントの一つだと思ってクレイルさんに報告していた。
屋敷の廊下を女性について歩きながらそっと耳を澄ませる。
静まり返った屋敷は人の気配を感じない。
目の前の女性以外の使用人を見たこともなく、それはかなりおかしなことだ。
お忍びだとしても使用人は複数付くのが当たり前だ。ましてこんな別荘を避暑に借りられるほどの貴族なら。
――貴族でなければ?
一瞬の閃きに自分で首を振る。
そうだとしてもこの別荘に出入りできるのだ。
仮に許可を得て滞在している平民だとしても貸し与えている者が人を付けるだろう。
やはり姿を見せないだけだろうか。
案内された調理場で運んできた食事を出し今日の料理の説明をしていく。
黙って聞いている女性は説明を聞き終えた後、ひとつだけ頷いた。
「わかりました、酒は何をもって来ましたか?」
「本日お持ちしたのはこちらの辛口の白ワインになります。
先日伺ったお好みに合わせた香辛料を使った魚料理をお持ちしておりますので、合わせた際にどちらの味も引き立つ物をご用意いたしました」
他に軽めのロゼワインや赤ワインも持ってきている。
使用人の女性の指示に従い奥のセラーにワインを入れ使用済みの瓶や食器を回収してまた来た時と同じように出口まで案内され外に出た。
閉じた門を見つめそっと息を吐く。
今回もこれといった手がかりは手に入れられなかった。
屋敷内ではずっとあの女性が側にいてあまり多くを窺い知ることができない。
無理をしてあまり目立つこともできないため、情報の断片しか手に入れられていなかった。
レストランに戻り食器や空き瓶を戻し店主に礼を言って店を後にする。
その足で向かうのは小さな商店が多く集まる地域。
ここ数日別荘に滞在している者たちの噂話がないか聞いて回っている。
滞在している貴婦人に関してはこれといった情報は得られていないが、使用人の女性や酒場に出入りしている男の方はちらほらと噂話が上がってきていた。
男の方は酒場で特に目立つ行動を取るわけではないが、高い酒ばかり頼む見ない客ということで衆目が集まっているようだ。
話を聞いていた商店の者の一人が興味深いことを言っていた。
選んでいる酒が国の西側でよく作られている蒸留酒が多いと。
やはり西方の人間の可能性が高そうだ。
別荘の所有者と縁のある西方の家はいくつかに絞られる。
そのうちの一つに引っかかるものがあったけれど、偶然だろうと思い直す。余計な先入観を入れるべきではない。
焦るあまりに予断を挟んでは判断を誤る可能性があった。
早く突き止めなければと気が急くのはクリスティーヌ様が領地に来る日が迫っているからだ。
クレイルさんに中止にはならないんですかと聞いたけれど、目下のところ差し迫った危険があるわけではなく侯爵からも許可が出ているという。
クリスティーヌ様も贋金の件は知っているし十分言い含めてあるから大丈夫だと。
侯爵家の者が毎年領地に戻るのは周知のことだし、違う行動を取って警戒されたくない。
レオンではなく学園に入学したばかりのクリスティーヌ様であれば贋金をばら撒いている者も特段警戒はしないだろう判断された。
本当は心配だからできれば思い止まってほしかったんだが。
そんな俺の思いとは裏腹にクリスティーヌ様がやって来る日はすぐそこだった。
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