【完結】幼い頃からの婚約を破棄されて退学の危機に瀕している。

桧山 紗綺

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三年目 ~再びの学園生活編~

囚われの身

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 身体が痛い。
 硬い床の感触に身を起そうとするのを、掛けられた縄が妨げる。

 ――喉が渇いた。

 今、何日なんだろう。
 暗い部屋は時間どころか日にちの感覚も曖昧にさせた。
 後ろ手に縛られた腕が痛くて横になるしかできないが、それも段々肩が痛くなってくる。
 時々身体をひっくり返して痛みから逃れてもひと時のことだ。
 ぼんやりする思考でこれまでのことを思い返す。

 クリスティーヌ様が旅立ってから本格的にエドガーの周辺の調査に入った。
 男爵家で使用している倉庫に贋金と引き換えに得たらしき物品が収められているのは確認でき、証拠の一つとして抑える準備は整っている。他の証拠……、特に贋金の鋳造所が確認できたらすぐにも押さえる予定だった。
 レオンも他の皆も鋳造所の捜索を必死に行っている。
 俺はそちらの動きとは別で、あの学生からエドガーが借り受けた屋敷のことを調べていた。
 男爵家の倉庫もあるのに別に屋敷を借り受けたのはなぜか。
 ずっと引っかかっていた。
 だから屋敷に品物を運び込ませるという話を聞いてその品が何かを探っていたのだ。
 エドガーの目撃情報を元に周辺を聞き回って……。


 そこまで思い出していたところで外から足音が聞こえた。
 ゆったりとした足取りが相手の余裕を感じさせる。
 扉が開き外からわずかに入り込んだ光に目を細めた。

「よう、アラン」

「……エドガー」

 現れたのはレイチェルと避暑に行っているはずのエドガーの姿だった。

「俺が王都にいるのが不思議か?」

 覗き込むエドガーの顔は楽しそうに俺を見下ろしている。

「レイチェルには昨日急に家の用事が入ったから先に向かっててくれって伝えたんだよ。
 アイツ腹芸とかできないし、最初っから予定を話したら全部バレちまうから。
 好きに買い物していいから最高に綺麗な姿で俺を迎えてくれって言ったら浮かれて文句も言わなかったぜ? 単純だよなあ」

 見事にハマってくれたなと愉悦に満ちた顔で見下ろすエドガーに歯噛みする。
 俺の動きを知っていて裏をかくために偽の情報を流したのか。
 レイチェルが周囲に避暑の予定を語っていたのをまんまと信じてしまった。
 会話をするのは初めてだというのにエドガーは親しげな態度で話し出す。

「レイチェルのことは悪かったな。
 けど俺も伯爵家とはいえ三男坊だからな?
 将来のために入る家が必要だったんだよ。
 その点あの男爵家はほっといても金が入ってくるようないい土地だし、レイチェルの扱いはちょっと面倒くさいが単純だし可愛い顔をしてる。
 ちょっと世辞を言って連れ出して遊んでやるだけでなびくおいしい相手だったんだよ」

 そう嗤うエドガーに顔を顰める。
 レイチェルのことを大切にしているように見えたのに、打算だったと語るエドガーに不快感が湧く。

「お前も上手く扱ってやればよかったのに、ウルサイ男は嫌われるだけなんだぜ?」

 おかげで俺が付け込む隙がたっぷりあったんだけどなと饒舌なエドガーにどうしてここに来たのかと問う。

「どうして、ここに来たんだ?」

 俺を捕らえたからといってエドガーがわざわざ様子を見にくる必要なんてなかったはずだ。
 捕らえた部下にでも命じればいい。

「どんな顔をしてるか見にきてやろうと思ってな。
 ようやく尻尾を掴めると勇んでやって来たオマエが捕まって自分の不甲斐なさにヘコんでるところを見にきたんだが……。
 ――つまんねえな」

「っ……、ぅ」

 しゃがみ込んだエドガーが俺の髪を掴み強引に顔を高く上げさせる。
 痛みに顔を歪めると愉快そうに口の端を吊り上げた。

「ああ、そういう顔だけでいいんだよ。
 なのに冷静にこっちを観察するような目しやがって……」

 ウザイんだよ、オマエ。
 その言葉と共に離された手に、身体を支える術を持たない俺は胸を床に打ちつけ咳き込んだ。

「あの女もいつまでも比べやがるし、鬱陶しいんだよ一々そういうの。
 アランの方がこうしてくれた、アランよりここが好き、とかな」

 マジうぜえと吐き捨てるエドガー。

「だからお前が俺のことを探ってるって気づいたとき思ったんだよな、丁度いいって」

 目障りだったから泳がせて捕らえることにしたと語るエドガーは暗い愉悦に浸っていた。

「――どうして贋金になんて手を出したんだ?」

 調査では贋金自体はエドガーの家が始めたことだが、学園に入学以降しばらくしてエドガーは積極的に関わっていた。
 自ら金を流す相手を見つけ、最近では他者の屋敷を借りてまで何かを進めようとしている。

「あの女と上手く結婚できたからってそのまま安泰ってわけじゃないからな。
 自分で動かせる金と人脈を作ってなきゃあの親子のいいなり。 そんなのはゴメンだ」

 良い実例が目の前にいるしなと揶揄し嗤う。

「金がある限り俺は対等でいられる」

 その準備は上々だと満足そうな顔で語るエドガー。

「それに比べて……、オマエも憐れだよな。
 あの女に捨てられたかと思えば同級生だった奴の使用人になって子守りをさせられているとは」

 まあ子守りには慣れてるだろうがと嗤われエドガーを睨みつける。
 レオンの部下になったことも、クリスティーヌ様の従者になったことも後悔なんて何一つしていない。
 俺の視線に不愉快そうに顔を歪めたエドガーだが、自分が優位に立っていることを思い出したのか口元を笑みに変え立ち上がった。
 結局何をしにきたのかわからない。俺を嗤いにきただけなのか?

「俺をどうするつもりなんだ?」

 自分をどうするのかと聞けば、意外にも今はまだ何もしないと言われる。

「必要だからな、しばらくは生かしておいてやる」

 浅い皿にパンと水を入れると楽しげな顔でせいぜい足掻けよと言い捨てる。
 言われなくても――。
 意志の籠った目で見つめると、エドガーは舌打ちをして去って行った。


 音がしなくなったところで身体を引き摺り与えられた食料の前に移動する。
 得た情報を頭で吟味しながら危機感をより強めた。
 レオンに伝えないと――。
 この瞬間も贋金の鋳造所を探し回っているだろう主へ持ち返る情報を思い浮かべ焦りを静める。
 まずはこの場を生き残らないといけない。
 強い意志で帰ると誓い、何日ぶりかもわからなくなった水へ舌を伸ばした。


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