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四年目 ~冬期休暇 そして春へ~
西方の街
しおりを挟む学園が冬期休暇に入ると同時に俺とクリスティーヌ様は西方の街に向けて旅立った。
ロレイン様と婚約届の件を教えてくれた級友にだけはあらましを話している。
級友はその後も婚約届について調べていたらしいが、届出がどこで消えたのかは確認できなかったらしい。他にも手伝えることがあったら言ってくれと胸を叩く友人に感謝を告げ、一つだけ頼み事をする。
文官に伝手を持ち、調べ物が得意そうな彼には是非とも調べてほしいことがあった。
不思議そうな顔をしていたけれど、重要なこと(かもしれない)と真剣に頼むと了承してくれた。連絡は侯爵家にしてくれと頼み侯爵様やレオンにも話を通している。
侯爵家に直接連絡を取るなんてと腰が引けていたが、休暇中は皆それぞれにやることがあるから家人に言付けてくれれば良いと伝えたらほっとした顔で肯いた。
ロレイン様は話を聞き一瞬目を瞠った後、綺麗な微笑みを見せた。
当然諾と従う訳じゃないわよね?と問う彼女の瞳には、浮かべた笑みにそぐわない冷ややかな怒り。
近く侯爵様からの話が伝わるだろう彼女へも抗うための動きについて説明をする。
南方の重要貴族である彼女にはそれだけで俺の言わんとすることがわかったようだ。
『わかったわ、私から伝えておけばいいのね』と答えたロレイン様へ頷き感謝を述べると、彼女は会う予定のなかった彼を訪ねる理由ができて嬉しいわと言ってくれた。貸しにはしないという意味だろう。さっそく手紙を書かなきゃと弾む声で立ち去って行った。
しかし彼女が去り際に落とした言葉に、思わずクリスティーヌ様と目を見合わせてしまう。
『曰くつきとはいえ二人きりの旅行ね? ぜひ楽しんできて』
悪戯っぽく微笑んでいたロレイン様にからかわれただけ。
そうわかっていても、それでも頬が熱くなるのを止められなかった。
冬期休暇が始まって一週間。
俺とクリスティーヌ様は西方の街にやって来ていた。
滞在しているのは侯爵様が懇意にしている貴族の別宅。
別宅と言ってもかなりの規模で、同行している護衛や従者はもとより以前から伯爵家の調査を任されていた人が合流しても余りあるほどだった。
「アラン様、こちらの資料にはもう目を通されましたか?」
差し出された書類の見出しを見て確認していると答えるとでは次はこちらですねと別の資料をまとめた箱を机に置かれた。
ずっと書類を見ていて疲れた目を一度閉じ細く長く息を吐く。
少しだけ目を休めた後、渡された資料を手に取りまた目を通し始める。
ここに来てから数日、ずっとこのような時間を過ごしていた。
重要な調査を任されていただけあって彼が用意してくれた資料の内容は細に渡り、俺が欲しかった情報をほとんど網羅していた。
侯爵様が信頼して任せていたことがよくわかる。
ちらりと視線を上げると質問があるのかと問うような視線を向けられる。大丈夫だと首を振って資料に目を落とす。
この資料の内容は当然彼もすべて把握していて、俺の理解が足りないところがあれば即座に説明をしてくれる。
かなり有能な人なんだと短い間のやり取りでも十分にわかる。
一見目立った特徴のない人物に見えるけれど、その瞳の奥には鋭く他者を観察し不審を逃さず暴くような凄味があった。
『アラン様は何を疑ってこの地にやって来たのですか?』
初めて会った時に開口一番告げられた言葉を思い出す。
何を疑っているのか。
その一言だけで期待が湧いた。
まだ誰にも言っていなかった小さな違和感を彼が共有している、そう思えて。
誤魔化しは通じない、それどころか信頼を損ねると思い素直に明かした。
まだ疑いを持つまでには至っていないと。
ただ、ずっと疑問に思っていたことがある。
一連の事件でのいくつかの違和感を告げると、俺の答えに彼が薄く口元を釣り上げたのが印象的だった。
扉を叩く音が聞こえ、茶器を持ったクリスティーヌ様が入って来る。
「二人ともお疲れ様。 少し休みましょう?」
朝からずっと根を詰めていたでしょうと微笑むクリスティーヌ様に、書類を揃えていた彼は自分は大丈夫だと言い、その間に部下の報告を聞いてきますと席を立った。
書類で山となった机をそのままにし、応接用のテーブルに向かう。
腕を伸ばして固まっていた身体を解す。
席に着いてお茶を飲むとほうっと息が漏れた。
少し疲れていたみたいだ。
砂糖菓子が身体に染みる。
少しだけ口に含んだお茶の渋みが菓子の甘さを引き立てた。
口の中で溶ける感触を楽しんでいると、クリスティーヌ様が疑問を口に乗せる。
「アランは何を調べているの?
口振りでは何か怪しんでいることがあるみたいだけれど……」
ずっと調書や資料を読み込んでるのは具体的に何か疑っていることがあるのかと問われる。
そこまではっきりと一つの疑いを持っているわけではない。ただ……。
「今のところ明確にここが怪しいと言えることはないんです」
まだそこまでは行っていない。
けれど資料を読み進める度に違和感が強くなっているのは確かだった。
「大きな疑問を挙げるとすれば、贋金によって利益を得ていたのは本当に伯爵家だけなのかってところです」
伯爵家が得ていた利益の流れに大きな異常はない。
贋金よって得た不当な利益を不相応な使い方で消費していたという実にしょうもない動きはある程度予想の範囲内なのだが。
おかしいのはその反対。伯爵家に入っていた資材の量や種類が伯爵家の事業や作られていたとする贋金の量に対して少し足りない気がしていた。
違和感の先には不審な動きがある。
そう思うからこそ調べを進めていた。
「私にも何か手伝えることはないかしら?」
皆忙しそうにしているのに、自分だけすることがないと眉を下げるクリスティーヌ様に微笑む。
そんなことは気にしなくていいのに、そう思うけれどクリスティーヌ様の思いもわかるので先に一つだけ明かす。
「実はクリスティーヌ様にはお願いしたいことがあるんです。
けれどまだどこを調べればいいのか曖昧なので」
そのうち力を貸してもらうと伝えると嬉しそうに笑った。
「良かった。
本当はアランは私に来てほしくなかったんじゃないかって思ってたから」
できることがあって安心したと微笑むクリスティーヌ様。
危険が及ばないかと心配はしても邪魔だなんて思ったことはない。
それをちゃんと伝えていなかったことに気づき、言葉に変える。
「危険がないかと心配はしています。
けれど、クリスティーヌ様を邪魔だなんて思うことはありませんよ。
ロレイン様の台詞ではありませんけれど、こうして二人で冬期休暇を過ごせるのも嬉しいです」
これが本当になんの曰くも無いただの旅行であればどれほど良かったかと思う。
そう伝えるとほんのり頬を染める。
可愛らしい表情に口元が緩んだ。
お茶を飲み終え、クリスティーヌ様にお礼を言って資料の読み込みに戻る。
短い休憩だったけれど活力を取り戻すに十分なほど癒された。
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