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四年目 ~春の訪れ 新婚の二人~
意識してしまう
しおりを挟む休日が終わり、戻ってきた学園で週末のことを思い出す。
無事クリスティーヌ様と弟たちの対面が叶って良かった。
後見の話も受け入れてくれてほっとしている。肩の荷が一つ降りた気分だ。
昨日のうちに書いた手紙を手に取る。
東侯に当てた物と侯爵様に当てた物。それからもう一通、俺が書いた物とは別の、宛名のない封筒が机には置かれていた。
父には弟たちの決断を受けた報告。事前に相談していた通り、俺が弟たちの後見に付き支援していくことへの賛同が得られたと記してある。
籍が抜けるまでしばらくは施設預かりのままだが、その後は彼らが暮らす場所や学べる環境を用意しないといけない。
そのため父の領地に適当な所がないかと相談をしている。
侯爵様の所で働いた給金や贋金事件での特別報奨がかなりの額いただけたので、彼らを支援するのに困ることはない。
西方での調査などでは俺には動く理由があったのだが、それはそれとして働きを認めて報酬を出すのは当然だと言われありがたく頂戴している。
以前クリスティーヌ様にも言われたが、過度な遠慮は不当な扱いを許容することに繋がる。
きちんと自分の成果を認め主張していくのも大事なことだとようやく深いところで理解できた。
侯爵様の下では沢山のことを学ばせてもらった。できればこの先も学びを続けたいと思っている。
今の俺では立場も違うし、これまでのようにいかないのは仕方ないとわかっていても惜しい。
だからクリスティーヌ様と相談の上提案をすることにした。
二人で相談して決めると言った言葉の通り、俺たちが今望むことを記してある。
それぞれの希望に上手くはまるといいなと思いながら手紙を机に戻す。
侯爵様へはクリスティーヌ様が卒業後も研究を続けたいと考えていること、俺もそれに賛同していることを記している。
恐らく侯爵様は反対しない。
クリスティーヌ様が出した研究結果と実績を信頼しているから。
父にしても反対はしないだろう。
そこに俺たちの希望を通す可能性があった。
読み直して失礼がないことを確認して封筒へ入れる。
職員に渡せば届ける手配をしてくれるので、寮を出る時に渡せばいい。
以前はわざわざ職員に頼むことなんてないと思っていたが、必要な立場になってみると彼らのありがたさがよくわかる。
どちらも今は領地に戻っているためすぐに連絡がつくわけではないが、少しでも早く届けられるのは助かる。
二人から連絡があるか城に提出している申請が通るまでは少しゆっくりできそうだ。
急いで良かった。
軽い予習をしてから食事を済ませ講義の準備をする。
封をした二通の手紙をノートの上に重ね、もう一通の宛名のない封筒を手に取る。
三人分の手紙が入った封筒は厚くて少し重い。この中には彼らの覚悟が詰まっていた。
厚みのある封筒を引き出しに仕舞い、身支度を整える。
少し早いけれどもうクリスティーヌ様を迎えに行こうかな。
荷物と手紙を手に部屋を出る。
途中で会った職員に侯爵様たちへの手紙を託し寮を後にした。
女子寮の入口から見える場所でクリスティーヌ様を待つ。
いつもより少し早い時間に寮を出てきたクリスティーヌ様が待っている俺を見つけて顔を綻ばせる。
「アラン、おはよう」
「おはようございます、クリスティーヌ様」
取った手にくちづけを落とし、挨拶を述べる。
きらきらと輝く笑顔に胸が高鳴った。
「クリスティーヌ様」
「なあに? アラン」
軽やかに弾んだ声でクリスティーヌ様が言葉を返す。
言葉が喉に引っかかるような感覚を覚えながら口を開く。
切り出すのに緊張するのは特別だと意識しているからだ。
「今週はどこかへ行きますか?」
希望はありますかと問いかけ、言葉を待つ。
見つめていると、ゆるゆると口元が緩み笑みを作る。
「いいの?」
忙しいかと思ったと言うクリスティーヌ様にどれだけ忙しくとも空けますよと伝える。
次の休みは特別な日だ。
何よりもクリスティーヌ様を優先するに決まっている。
「――うれしい」
そう言って幸せそうに微笑む。
見ているだけで周囲にまで幸せが広がるような、そんな笑顔だった。
「アランとゆっくり過ごしたい。
ずうっと忙しくしていたでしょう?
話をしたり、庭園を散歩したりのんびり過ごしましょう。
特別なことはなくていいの。
二人でいられたらそれで十分幸せだわ」
緩やかな笑みを向けるクリスティーヌ様へ微笑み返す。
共に過ごせれば幸せだと笑ってくれる彼女に、温かく、くすぐったい想いが湧く。
「俺も。
あなたと二人で過ごせたらとても幸せです」
言葉をもらっただけでも幸せになっている。
じゃあ外出許可を取りますねと伝えるとほんのわずかに頬を染め頷く。
その反応につい意識してしまう。
次の休日はクリスティーヌ様の誕生日。
そして俺たちが正式に夫婦として認められる日だった。
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