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番外編 ~いつかの閑話~
レイチェルの罪
しおりを挟む時系列としては婚約届を出した直後くらいです
~ ~ ~ ~ ~
男爵からレイチェルに会ってほしいと頼まれたのは数日前のこと。
一連の事件では、男爵も盗品の保管に所有する倉庫を貸した容疑で一時捕らえられていた。
しかし男爵はレイチェルに頼まれてエドガーに倉庫を貸したものの対価は受け取っておらず、聴取にも素直に応じる態度から逃亡の恐れはないと判断され釈放されている。
保管していた物が盗品であることを認識していなかったのなら罰金だけで済むだろう。
そもそも学生たちの家が盗まれたと主張しなければ盗品でもないし。
一年ぶりに会った男爵は、目に入れても痛くないと可愛がっていた愛娘が犯罪に加担していたと捕らえられ、面会も許されずかなり憔悴した様子だった。
そして言い出したのがレイチェルの様子を教えてほしいと言う願い。
事件に関与した者たちを収監している場所の前で彼に声を掛けられそう頼まれたとき、俺はどう答えたらいいのかわからなかった。
隣にいたレオンの怒りを孕んだ冷たい目にも気づく余裕がないほど必死にレイチェルのことを頼む彼の願いを俺は最終的に承諾した。
非難の目を向けるレオンへ申し訳なさを感じたものの、まだ罪の一切を認めず自分は悪くないと主張している彼女と話をすることで事件の解明が早く進めばいいと思った。
そして今、必要な手続きを取って牢まで様子を見にきていた。
牢の中で膝を抱えているレイチェルへ声を掛ける。
こんなに萎れている姿は見たことがない。
男爵は面会が叶わなくて良かったのかもしれない。枷を付けた娘の姿なんて心臓に負担だろう。
「レイチェル」
「アラン? アランっ!」
駆け寄り格子を握りしめるレイチェルがその目にみるみる涙をためる。
「アラン、助けてっ」
レイチェルから発されたのはエドガーの予想通りの言葉だった。
感心した気持ちでレイチェルを見つめる。
「私、何もしてない……っ。
なのにこんなところに入れられてっ! こんなのおかしい!」
エドガーが広い場所を欲しがってるから倉庫を貸してとお願いしただけ、と瞳を潤ませるレイチェル。
そんな姿を見ていると胸が重たくなる。
「罪がそれだけだと思ってる?」
「え?」
覆っていた手から顔を上げ、まん丸にした目で俺を見つめる。
「なんで男爵が釈放されたのに自分には釈放の話が出ないのかわからない?
もっと重い罪だからだよ。
それに聞いたよ、聴取にも自分は悪くないと言うばかりでちゃんと答えてないって」
学園で金に困っている学生をエドガーに紹介したのはレイチェルだ。
たった一人であっても斡旋した罪は倉庫を使わせていただけの男爵よりも重い。
贋金のことを知らなかったとしても果たした役割は大きく、罰金で済まない可能性がある。
盗品の売買の斡旋、もしくは許可を得ない金貸しの斡旋になるのか。
そう説明するとレイチェルが驚愕を顔に浮かべ唇をわななかせる。
その様子に首を傾げる。捕らえられた時も聴取の際にも説明されてるはずだけど。
「ここに入る時にも聴取の度にも説明されたよね?」
「そんなの脅かすだけだって思って……っ」
聞いてはいたけれど真剣に受け取っていなかったのか。
こんな牢にまで入れられてそんなわけがないだろうに。
「ねえ、私、どうなるの?」
「さあ……、一番重くて15年の牢への収監と金貨30枚の罰金かな」
贋金には無関係と判断されての話だけどと付け加えた上で一番重い量刑を挙げる。恐らくそこまでにはならないと思うけれど、国の判断によっては限界まで重い刑を下される可能性もゼロではない。
地下牢に収監されるのは蝶よ花よと育てられたレイチェルにとってかなり辛い罰になるだろう。
金貨30枚の罰金というのも決して軽いものではない。
男爵家の年間予算の約10年分だ。いくら男爵家が裕福といっても厳しい金額になる。
「そっ、そんなのイヤっ!
なんとかしてよ、アラン! アランならできるでしょう?
私を助けてっ!」
必死な顔で懇願するレイチェルに首を振る。
「それは無理だよ。
刑罰は国が決めることで、侯爵家で働く一介の使用人である俺にはどうすることもできない」
「どうしてそんなこというの?
私がアランに酷いことしたから? なら謝るから!
助けてよっ、ねえっ?!」
「そうじゃない、そういう問題じゃないんだよ」
わかっていないレイチェルへ諭すようにゆっくりと言葉を発する。
「金に困っている人をエドガーに紹介しただろ?
その時に本当におかしなところがないと思っていたの?
学生同士で金のやり取りをすることも、金がないって言っていた学生が半金貨と同等の品物を持っていたことも」
「それは……、少しはおかしいって思ったけど。 でも……っ」
「おかしいって思ったのに紹介したんだろう?
怪しいことがあると思ったのに手を貸したのならそれは君の罪だ」
言い訳を重ねる前に言葉を続ける。
未必の故意は知っていてやっていたのと同等の罪だ。
「私、どうしたらいいの……っ。
私のせいでお父様やお母様もっ」
「男爵はもう家に帰ってるから心配いらないよ。 夫人は元々関与していないから話は聞いているけれど罪には問われない。
男爵自身にもなんらかの罰は下るだろうけれど、他の人より軽いものになると思うよ」
だから君もちゃんと話をして、そう続ける前にレイチェルが懇願を重ねる。
「助けて、お願いアラン……っ」
まだ罪から逃れる道を探すレイチェルへ眉を下げる。
どうやってもそれは無理だ。
何よりも、やったことへの反省も後悔も口にしないレイチェルにはっきりと言わないと駄目だと悟った。
「ごめん、俺はもうレイチェルを助けてあげることはできない」
突き放されたことがショックなのか見開いた目から涙が零れ、唇が酷いと呟く。
「幼い頃から共に育った者として君に言葉なら尽くせる。
お願いだからちゃんとここに来る人の話を聞いて、わかることは全て話してほしい、それでしか君は救われない」
あらましを素直に話せば心証も変わるはず。
そう信じることしかできないが。
「けれど、俺が君のために何か手を尽くすことはできない。
君と俺にはそうするだけの関係がもうないから」
俺の放った言葉に、レイチェルは今度こそ絶句する。訴えるように伸ばされた手を黙殺すると、それもやがて下ろされた。
去り際、もう一度自分と家族のために聴取には素直に応じてほしいと告げ、牢を後にする。
外に出ると太陽の光が目を刺した。
「アラン」
「クリスティーヌ様」
馬車で待っていてくれたクリスティーヌ様が俺の姿を見て手を振る。
近づくと大丈夫?と声を掛けられた。
「すみません、クリスティーヌ様」
心配させてしまったこともそうだし、レイチェルに会うと決めたことも申し訳ないと思う。
「幼馴染が重い罪に問われているんだもの、心が乱れて当然だわ」
幼馴染……。
そうか、そうとも言えるのか。
私のことは気にしないでと答えて微笑むクリスティーヌ様へ謝意を伝え馬車に乗り込む。
動き出した馬車の流れる景色を見つめる。
「彼女のことが心配?」
外を眺めていた俺にクリスティーヌ様がかけた問いに首を振る。
「心配、とは少し違います。
ただ彼女が現実を見て知っていることを素直に明かしてくれればいいなと思って」
甘いな、と自分でも思う。
「すみません、犯した罪より軽くなることを望んでいるわけではないんです。
ただ彼女には支えてくれる家族もいますし、罪を償いまた歩き出してほしいと願ってしまいます」
されたことを忘れたのかと訴える気持ちが胸のどこかにないとは言わない。
けれど、あんな状態のレイチェルを見ても気は晴れなかったんだから仕方ない。
レイチェルに会うのはこれで最後だろう。
もう彼女に俺ができることはないし、俺の未来にも彼女はいない。
未来を願う甘さが肯定されても否定されても、それが自分の歩みに影響することはなくただそうなったという事実を受け入れるだろう。
ただ願い、知らないところで立ち直ってほしいと思うだけだ。
甘いと非難されることも覚悟していたけれど、クリスティーヌ様の反応は違った。
にこりと微笑み肯定を口に乗せる。
「私はアランのそういう優しいところが好きよ」
さらりと愛情を示す言葉を口にされ、不意打ちに胸が高鳴った。
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「待っていてください」
せめてと伝えた言葉に嬉しそうに頬を染めるクリスティーヌ様へ想いが溢れそうになる。
あと少しだけと胸で囁き衝動を収める。
想いを伝えられる日が待ち遠しかった。
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