125 / 368
セレスタ 帰還編
レグルスの街で 2
しおりを挟む
「ヴォルフ?」
どうしたの、という言葉は口内で消える。
様子が変過ぎて声を掛けるのも躊躇われた。
重ねた手を引かれてヴォルフを追いかける。
固く引き結んだ横顔からは何を考えてるのか読み取れない。
さっきまで柔らかい表情でマリナを見ていたのに、いきなりどうしたんだろう。
何か話そうにもこの辺りはヴォルフの気を引けそうな店もなかった。
エスコートと言うには性急すぎる動きに戸惑いばかりが立つ。
辛うじてついて行ける速さだけど、ヒールのある靴でついて行くのは少し辛い。
「ちょっと待っ…」
石畳にヒールが引っかかった振りでよろめくと、息を呑んで足を止める。
ヴォルフの腕に手を付く。体重を掛けてもマリナが身体を支えるくらいではびくともしない。
わざとらしいと自分でも思ったけれどヴォルフは気が付かないで謝る。
気づかないなんて本当に動揺しているみたい。
「すまない…」
「大丈夫、だけど少しどこかで休みましょうか」
喉も乾いたし、と理由を付けるとヴォルフの様子が少し落ち着いた。
手近にあった店に入って店員に注文を伝える。
待っている間ヴォルフを観察していたけれど、やっぱりいつもと様子が違う。
「以外と早く用事が終わったわね」
「ああ、そうだな」
話しかけても短い返事しかしない。
それ自体はいつもとそう変わらないのだけれど、決定的に違うことがある。
視線が、合わない。
いつも真っ直ぐに目を見るヴォルフがさっきからマリナの目を見なかった。
何もした覚えがないのだけれど、知らない間に怒らせるようなことでもしたのかと記憶を浚う。
考えてもそれらしき記憶はない。
それに、ヴォルフからは怒りを感じなかった。
(怒るほどではないけど、不快に感じることをしたとか?)
よくわからない。ヴォルフは嫌なことがあったらわりとはっきりと言うので、こうして視線を逸らして曖昧な態度を取ること自体あまりないことだった。
運ばれた果汁を飲みながら適当に話題を振る。
ヴォルフは珈琲を飲んでいたけれど、味わっているようには見えない。
「ねえ」
「ん?」
呼びかけにも返事はする。聞いてないわけではないようだけど。
「この後はどうする?」
まだ日は高い。この時間に帰ったら適当に選んできたんじゃないかと心配されそうだ。
特にミヒャエルさんとかジークさんが。
近衛のみんなは意外と過保護なのかと最近は思う。
これまでの6年間で一度もそんなことは思ったことなかったのに。
不思議なことだと思っているとヴォルフがカップを置いた。
「困ったな」
率直な台詞にマリナも苦笑を浮かべる。
「そうよねえ、普段私たちって何してたかしら」
王宮にいるときは仕事や訓練で時間が過ぎていった。
余暇はそれぞれ自分の興味の向くことを好きにしていたから、こうして一緒に過ごしなさいと言われても少し困る。
「せっかくだからレグルス観光でもする?」
それ以外何も考え付かない。
観光といっても有名な場所なんて知らない。
他国から入ってくる品が多く見られるのが特色といえば特色だ。
けれど興味の向くままに魔道具の店や武具を扱う店に行ったりなんてしたら、空気の読めないヤツと言われるのが目に見えていた。
買い物はさっきしたし、することが終わってしたいことが思いつかない。
いっそ暗くなるまで公園でぼんやりするのもいいかもと、若干投げやりに思った。
どうしたの、という言葉は口内で消える。
様子が変過ぎて声を掛けるのも躊躇われた。
重ねた手を引かれてヴォルフを追いかける。
固く引き結んだ横顔からは何を考えてるのか読み取れない。
さっきまで柔らかい表情でマリナを見ていたのに、いきなりどうしたんだろう。
何か話そうにもこの辺りはヴォルフの気を引けそうな店もなかった。
エスコートと言うには性急すぎる動きに戸惑いばかりが立つ。
辛うじてついて行ける速さだけど、ヒールのある靴でついて行くのは少し辛い。
「ちょっと待っ…」
石畳にヒールが引っかかった振りでよろめくと、息を呑んで足を止める。
ヴォルフの腕に手を付く。体重を掛けてもマリナが身体を支えるくらいではびくともしない。
わざとらしいと自分でも思ったけれどヴォルフは気が付かないで謝る。
気づかないなんて本当に動揺しているみたい。
「すまない…」
「大丈夫、だけど少しどこかで休みましょうか」
喉も乾いたし、と理由を付けるとヴォルフの様子が少し落ち着いた。
手近にあった店に入って店員に注文を伝える。
待っている間ヴォルフを観察していたけれど、やっぱりいつもと様子が違う。
「以外と早く用事が終わったわね」
「ああ、そうだな」
話しかけても短い返事しかしない。
それ自体はいつもとそう変わらないのだけれど、決定的に違うことがある。
視線が、合わない。
いつも真っ直ぐに目を見るヴォルフがさっきからマリナの目を見なかった。
何もした覚えがないのだけれど、知らない間に怒らせるようなことでもしたのかと記憶を浚う。
考えてもそれらしき記憶はない。
それに、ヴォルフからは怒りを感じなかった。
(怒るほどではないけど、不快に感じることをしたとか?)
よくわからない。ヴォルフは嫌なことがあったらわりとはっきりと言うので、こうして視線を逸らして曖昧な態度を取ること自体あまりないことだった。
運ばれた果汁を飲みながら適当に話題を振る。
ヴォルフは珈琲を飲んでいたけれど、味わっているようには見えない。
「ねえ」
「ん?」
呼びかけにも返事はする。聞いてないわけではないようだけど。
「この後はどうする?」
まだ日は高い。この時間に帰ったら適当に選んできたんじゃないかと心配されそうだ。
特にミヒャエルさんとかジークさんが。
近衛のみんなは意外と過保護なのかと最近は思う。
これまでの6年間で一度もそんなことは思ったことなかったのに。
不思議なことだと思っているとヴォルフがカップを置いた。
「困ったな」
率直な台詞にマリナも苦笑を浮かべる。
「そうよねえ、普段私たちって何してたかしら」
王宮にいるときは仕事や訓練で時間が過ぎていった。
余暇はそれぞれ自分の興味の向くことを好きにしていたから、こうして一緒に過ごしなさいと言われても少し困る。
「せっかくだからレグルス観光でもする?」
それ以外何も考え付かない。
観光といっても有名な場所なんて知らない。
他国から入ってくる品が多く見られるのが特色といえば特色だ。
けれど興味の向くままに魔道具の店や武具を扱う店に行ったりなんてしたら、空気の読めないヤツと言われるのが目に見えていた。
買い物はさっきしたし、することが終わってしたいことが思いつかない。
いっそ暗くなるまで公園でぼんやりするのもいいかもと、若干投げやりに思った。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されましたが、辺境で最強の旦那様に溺愛されています
鷹 綾
恋愛
婚約者である王太子ユリウスに、
「完璧すぎて可愛げがない」という理不尽な理由で婚約破棄を告げられた
公爵令嬢アイシス・フローレス。
――しかし本人は、内心大喜びしていた。
「これで、自由な生活ができますわ!」
ところが王都を離れた彼女を待っていたのは、
“冷酷”と噂される辺境伯ライナルトとの 契約結婚 だった。
ところがこの旦那様、噂とは真逆で——
誰より不器用で、誰よりまっすぐ、そして圧倒的に強い男で……?
静かな辺境で始まったふたりの共同生活は、
やがて互いの心を少しずつ近づけていく。
そんな中、王太子が突然辺境へ乱入。
「君こそ私の真実の愛だ!」と勝手な宣言をし、
平民少女エミーラまで巻き込み、事態は大混乱に。
しかしアイシスは毅然と言い放つ。
「殿下、わたくしはもう“あなたの舞台装置”ではございません」
――婚約破棄のざまぁはここからが本番。
王都から逃げる王太子、
彼を裁く新王、
そして辺境で絆を深めるアイシスとライナルト。
契約から始まった関係は、
やがて“本物の夫婦”へと変わっていく――。
婚約破棄から始まる、
辺境スローライフ×最強旦那様の溺愛ラブストーリー!
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
【完結】異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます
七夜かなた
恋愛
仕事中に突然異世界に転移された、向先唯奈 29歳
どうやら聖女召喚に巻き込まれたらしい。
一緒に召喚されたのはお金持ち女子校の美少女、財前麗。当然誰もが彼女を聖女と認定する。
聖女じゃない方だと認定されたが、国として責任は取ると言われ、取り敢えず王族の家に居候して面倒見てもらうことになった。
居候先はアドルファス・レインズフォードの邸宅。
左顔面に大きな傷跡を持ち、片脚を少し引きずっている。
かつて優秀な騎士だった彼は魔獣討伐の折にその傷を負ったということだった。
今は現役を退き王立学園の教授を勤めているという。
彼の元で帰れる日が来ることを願い日々を過ごすことになった。
怪我のせいで今は女性から嫌厭されているが、元は女性との付き合いも派手な伊達男だったらしいアドルファスから恋人にならないかと迫られて
ムーライトノベルでも先行掲載しています。
前半はあまりイチャイチャはありません。
イラストは青ちょびれさんに依頼しました
118話完結です。
ムーライトノベル、ベリーズカフェでも掲載しています。
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる