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お茶をお求めですか?お客様。
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カランカラン
「いらっしゃいませお客様。
今日は朝から床の水拭きに追われていますので、先ほど拭き終りましたそちらのテーブルでお待ちください。
このままで作業しながらでよろしければ御用件をお伺い出来ます」
入ってこられたお客様が拭き清められた床を移動して、指定したテーブルに腰を落ち着けたのを確認して声をかけます。
お客様が天井を指差したので見上げて、慌ててわたしはタオルを付けたモップを天井に振り上げます。
「申し訳ありませんでした。お客様に指摘されるなんてわたしもまだまだです」
お客様は軽く手を振って気にしていないと示してくれます。
でもお客様の座ったテーブルの上の天井から水が雫を作っていたのです!
危うくお客様に落としてしまう処でした。
濡れた床で滑らない様に気を付けながら天井をまんべんなく拭き上げます!
あ、お客様が両腕を開いて店全体を見渡しています。
「どうしてこんな状態になっているかですね。
今朝早くドアが開いて店に飛び込んできたんです。まさに横向きの間欠泉のようでしたよ」
首を傾げておられます。
不思議でしょうね。
でもわたしからしたら熱湯でなくて良かったと思う位の事です。
掃除は大変ですけれどね。
「ここがフォロスである限り、必要だったのだと思います。
現在は保管中ですよ」
お客様が興味を示されたようです。
指がグッジョブと示しています。
「では掃除をお待ちいただく間にそちらの水で作ったお茶をお出ししましょうか?」
頷かれたのでわたしはカウンターの方を見やります。
お盆が宙を飛んで来て、わたしの手の中にゆっくりと納まります。
乗っていたのはティーポットとカップ、そして小皿に乗ったお饅頭とカップケーキが一つずつ。
お客様から再びグッジョブで、手際が良いとお褒めをいただきました。
お茶を注いで差し上げて、わたしは掃除に戻ります。
「あ~温かくてしみるね~」
お客様のお言葉に、顔を合わせずにニンマリしてしまいます。
来店されてから初めてお声を聞きました。
それも仕方ありません。先程までお客様には顔がありませんでしたから。
そのお姿はトレンチより生地の厚い紺色のチェスターコート。
帽子のつばは後ろ側がめくれたチロリアン系ですが、トップ部分はルーズソックスのようにしわが寄っている不思議な作り。
足は筋肉までわかりそうなぴったりのグレーのズボンに茶色の革靴です。
手には薄手の白い手袋をしていました。
先程からお客様の感情を表現してくれている、表情豊かな手です。
お客様の方を見ると、そこで嬉しそうにお茶をしていたのはあっさりおひげのおじさまでした。
先ほどまで向こうの壁が透けていた頭部にちゃんと顔があります。
「お客様、笑顔がこぼれておられますよ。お気に召しましたか?」
お客様は驚いた顔をしてこちらを見て、自分の顔を触ります。
一度首を傾げてから確認するように口を開かれました。
「私の声が聞こえていますか?」
「はい。きちんと届いていますよ。お顔も拝見できます」
それを聞いて、おじさまの眼から涙が溢れて来ました。
まあっ大変です!
私がカウンターを見ると、びゅんと音がする勢いでおしぼりが飛んできて、ぽとりとわたしの手の上に落ちました。
ありがとう。
「お客様、こちらをお使いください」
「申し訳ありません」
ぽつりぽつりとお話を伺いました処、何やら実験をして気が付いたら透明人間になって戻れなくなってしまっていたとの事。
ここに来たのも偶然だと。
それは当然です。
フォロスは必要のある方の元にふらりと現れるお店なのですから。
そして、店に食材等が飛び込んで来るのが、お客様の来店が近い合図でもあるんです。
「ではお茶にしたお水をお渡しいたしますので、研究するなり、緊急時に飲まれるなりされるとよろしいかと」
そう言いながら、わたしがカウンターを見ると、奥から果実酒を漬ける用の大きな蓋つきのガラス瓶が飛んで来ました。中身は透明な水です。
お客様が驚いています。
「こちらにも透明な方が居られるのでしょうか?」
「お気遣いなく。これは念動力ですから」
「ほう、強いお力をお持ちだ」
お客様がわたしを見て頷かれます。
これはわたしではなく弟のフォロスのものなのですが、そこまで行きづりのお客様に内情を話す必要は感じませんね。
「ありがとうございます」
「ではお茶とともに代金をお支払いいたします。おいくらですか?」
「当店は国の縛りがありませんので、出来ましたら貨幣以外でお願いしたいです」
そう告げると驚かれました。
仕方ないじゃありませんか。この店内では貨幣は持っていても役に立ちません。
「では、こちらではいかがでしょう」
思案していたお客様が小瓶を取り出してテーブルに置きました。
液体が入っているようです。
「私が透明になった実験で起きた爆発現場に残っていたものです。
危ないので通常破棄できずにいたのですが、この水のある当店ならお預けできそうです」
「透明になるのでしょうか?
確認してもよろしいですか?」
「気化はしませんので、どうぞ」
わたしはテーブルの上に置いていた文鎮を、安全対策として空になったお盆の中央に乗せて瓶の中身を一滴垂らします。
液体は文鎮に浸み込み、本当に姿を隠しました。
わたしが視線を文鎮の位置から離さずに右手を上げると、手にはテーブルの上の物とは違うティーポット。
無言でポットの中身を文鎮の位置にかけます。
注がれた水に包まれると、文鎮が元の姿を見せてくれました。
「確認できました。こちらを代金としてお預かり致します」
「何だか二重にお願いを聞いていただいた形になってしまいましたが、ありがとうございます」
お客様をドアまで送ります。
開いた先は雑多な商店街の細い路地のようです。
よくこのドアを見つけられましたね。お客様。
「では失礼しますね」
「ご来店ありがとうございました。御健幸をお祈りしております」
ここは雑貨屋フォロスです。
休憩スペースも設けております。
わたしは唯一の店員フォリアです。
今日は天井から光の粒が湧いてヒラヒラと降り注いできます。
わたしは大きめのカゴを手に上を見上げます。
わたしの周りでは同じようなカゴが四つ、宙に浮いて光の粒を拾っています。
フフ、ミニゲームみたいね。
次はどんなお客様でしょうね。
少し楽しみです。
――――――――――---‐この話は小説家になろうにも投稿しています。20181027
「いらっしゃいませお客様。
今日は朝から床の水拭きに追われていますので、先ほど拭き終りましたそちらのテーブルでお待ちください。
このままで作業しながらでよろしければ御用件をお伺い出来ます」
入ってこられたお客様が拭き清められた床を移動して、指定したテーブルに腰を落ち着けたのを確認して声をかけます。
お客様が天井を指差したので見上げて、慌ててわたしはタオルを付けたモップを天井に振り上げます。
「申し訳ありませんでした。お客様に指摘されるなんてわたしもまだまだです」
お客様は軽く手を振って気にしていないと示してくれます。
でもお客様の座ったテーブルの上の天井から水が雫を作っていたのです!
危うくお客様に落としてしまう処でした。
濡れた床で滑らない様に気を付けながら天井をまんべんなく拭き上げます!
あ、お客様が両腕を開いて店全体を見渡しています。
「どうしてこんな状態になっているかですね。
今朝早くドアが開いて店に飛び込んできたんです。まさに横向きの間欠泉のようでしたよ」
首を傾げておられます。
不思議でしょうね。
でもわたしからしたら熱湯でなくて良かったと思う位の事です。
掃除は大変ですけれどね。
「ここがフォロスである限り、必要だったのだと思います。
現在は保管中ですよ」
お客様が興味を示されたようです。
指がグッジョブと示しています。
「では掃除をお待ちいただく間にそちらの水で作ったお茶をお出ししましょうか?」
頷かれたのでわたしはカウンターの方を見やります。
お盆が宙を飛んで来て、わたしの手の中にゆっくりと納まります。
乗っていたのはティーポットとカップ、そして小皿に乗ったお饅頭とカップケーキが一つずつ。
お客様から再びグッジョブで、手際が良いとお褒めをいただきました。
お茶を注いで差し上げて、わたしは掃除に戻ります。
「あ~温かくてしみるね~」
お客様のお言葉に、顔を合わせずにニンマリしてしまいます。
来店されてから初めてお声を聞きました。
それも仕方ありません。先程までお客様には顔がありませんでしたから。
そのお姿はトレンチより生地の厚い紺色のチェスターコート。
帽子のつばは後ろ側がめくれたチロリアン系ですが、トップ部分はルーズソックスのようにしわが寄っている不思議な作り。
足は筋肉までわかりそうなぴったりのグレーのズボンに茶色の革靴です。
手には薄手の白い手袋をしていました。
先程からお客様の感情を表現してくれている、表情豊かな手です。
お客様の方を見ると、そこで嬉しそうにお茶をしていたのはあっさりおひげのおじさまでした。
先ほどまで向こうの壁が透けていた頭部にちゃんと顔があります。
「お客様、笑顔がこぼれておられますよ。お気に召しましたか?」
お客様は驚いた顔をしてこちらを見て、自分の顔を触ります。
一度首を傾げてから確認するように口を開かれました。
「私の声が聞こえていますか?」
「はい。きちんと届いていますよ。お顔も拝見できます」
それを聞いて、おじさまの眼から涙が溢れて来ました。
まあっ大変です!
私がカウンターを見ると、びゅんと音がする勢いでおしぼりが飛んできて、ぽとりとわたしの手の上に落ちました。
ありがとう。
「お客様、こちらをお使いください」
「申し訳ありません」
ぽつりぽつりとお話を伺いました処、何やら実験をして気が付いたら透明人間になって戻れなくなってしまっていたとの事。
ここに来たのも偶然だと。
それは当然です。
フォロスは必要のある方の元にふらりと現れるお店なのですから。
そして、店に食材等が飛び込んで来るのが、お客様の来店が近い合図でもあるんです。
「ではお茶にしたお水をお渡しいたしますので、研究するなり、緊急時に飲まれるなりされるとよろしいかと」
そう言いながら、わたしがカウンターを見ると、奥から果実酒を漬ける用の大きな蓋つきのガラス瓶が飛んで来ました。中身は透明な水です。
お客様が驚いています。
「こちらにも透明な方が居られるのでしょうか?」
「お気遣いなく。これは念動力ですから」
「ほう、強いお力をお持ちだ」
お客様がわたしを見て頷かれます。
これはわたしではなく弟のフォロスのものなのですが、そこまで行きづりのお客様に内情を話す必要は感じませんね。
「ありがとうございます」
「ではお茶とともに代金をお支払いいたします。おいくらですか?」
「当店は国の縛りがありませんので、出来ましたら貨幣以外でお願いしたいです」
そう告げると驚かれました。
仕方ないじゃありませんか。この店内では貨幣は持っていても役に立ちません。
「では、こちらではいかがでしょう」
思案していたお客様が小瓶を取り出してテーブルに置きました。
液体が入っているようです。
「私が透明になった実験で起きた爆発現場に残っていたものです。
危ないので通常破棄できずにいたのですが、この水のある当店ならお預けできそうです」
「透明になるのでしょうか?
確認してもよろしいですか?」
「気化はしませんので、どうぞ」
わたしはテーブルの上に置いていた文鎮を、安全対策として空になったお盆の中央に乗せて瓶の中身を一滴垂らします。
液体は文鎮に浸み込み、本当に姿を隠しました。
わたしが視線を文鎮の位置から離さずに右手を上げると、手にはテーブルの上の物とは違うティーポット。
無言でポットの中身を文鎮の位置にかけます。
注がれた水に包まれると、文鎮が元の姿を見せてくれました。
「確認できました。こちらを代金としてお預かり致します」
「何だか二重にお願いを聞いていただいた形になってしまいましたが、ありがとうございます」
お客様をドアまで送ります。
開いた先は雑多な商店街の細い路地のようです。
よくこのドアを見つけられましたね。お客様。
「では失礼しますね」
「ご来店ありがとうございました。御健幸をお祈りしております」
ここは雑貨屋フォロスです。
休憩スペースも設けております。
わたしは唯一の店員フォリアです。
今日は天井から光の粒が湧いてヒラヒラと降り注いできます。
わたしは大きめのカゴを手に上を見上げます。
わたしの周りでは同じようなカゴが四つ、宙に浮いて光の粒を拾っています。
フフ、ミニゲームみたいね。
次はどんなお客様でしょうね。
少し楽しみです。
――――――――――---‐この話は小説家になろうにも投稿しています。20181027
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