『庭師』の称号

うつみきいろ

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第四章

穏やかじゃないね

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 ◆

 次の町は比較的被害が少なかった。というのも、彼らは普段雨水を貯める貯水槽から水を得ていて、川の水は専ら洗濯や風呂に使っていたらしい。町民には引き続き雨水だけを使い、川の水は決して飲まないように言い含め、危なくなったら都に避難するように呼び掛けた。

「このまま被害の少ないところばかりだと助かるんですがね」
「そういう訳にもいかないだろうね。それにここからは治安の悪い区域に入るよ」

 馬車の手綱を引きながらロムは警戒して辺りを見回す。つられて隣に座るスズメも目を凝らした。
 このあたりは鬱蒼とした森が広がっていて、馬車を走らせる道も細く、がたがたしている。誰かが潜んでいたとしてもなかなか気付くことは出来ないだろう。
 そんな事を話していた矢先だった。
 キラリと前方で何かが光った。

「・・・・・・ッ! 危ない!」

 隣から咄嗟に手綱を引いて僅かに馬車の角度をずらす。次の瞬間、馬車の荷台には矢が突き刺さっていた。

「なんだ!?」
「敵襲です!」

 荷台から顔を見せたハークに急いで敵の存在を伝える。ロムはその間に馬車を止め、馬を宥めた。

「スズメ! 君は馬車の防衛だよ!」
「はい!」

 スズメはすかさず馬車を茨の蔓で覆い、防衛する。ロムも銃を構えて戦闘態勢をとった。その間にコマドリとハークは荷台から飛び出し、敵の確保を試みる。
 まずはハークが閃光手榴弾を四方に投げる。そこでみつけた敵をコマドリが捕捉。
 首のチョーカーを外して『歌姫』の能力を解放した。

「って、え!? コマドリさん歌うつもりですか!? それって私たちにも効きません!?」
「大丈夫だ! コマドリは魅了する相手を選べる!」

 代わりに説明したハークに、コマドリも頷く。コマドリはすうっと息を吸い込んでから口を開いた。

『枯れた砂漠に命が芽吹く―――はじまりの種再び落ちて―――』

 コマドリの歌で敵の動きが止まっていく。

『毒は薬に、海は穏やかに―――命の木再び茂らん』

 話にきいた通り、確かに美しい歌声だ。スズメは次々飛んでくる矢を蔓で凌ぎながらその歌声に聞き惚れていた。すると、種を入れているホルスターバッグが淡く光り出す。

「な、何?」

 スズメが慌てて蓋を開けると、スズメが持っている中でも最も大切な種が鈍く光り輝いていた。ゴツゴツとした不思議な形の茶色い物体。メタセコイアの木の種だ。かつてヨルがスズメのためにとプレゼントしてくれた宝物。それが今、歌に共鳴するように光っている。

「どうなってるんだ・・・・・・コマドリさんの能力は人を魅了する力じゃ・・・・・・」
「スズメ! どうした! 手が止まってるよ!」

 スズメがメタセコイアの種に気を取られている内に迫ってきていた敵をロムが威嚇射撃で遠ざける。スズメははっと顔を上げた。そうだ今は戦闘中だ。別のことに気を取られている場合じゃない。慌てて敵に宿木を巻き付けると、身動きの取れなくなった敵はバランスを崩してその場に転がった。

「くそ! なんだこいつら!? ただの旅人じゃねぇのか? 全然攻撃が当たらねぇ!」
「自警団だ! 一旦戻るぞ!」

 コマドリの歌声から免れた者だろう。此方に攻撃が効かないと悟るや否や逃走するつもりらしい。声と共に茂みを掻き分け走り去る音が響いた。ロムとハークが銃で敵を追い掛けるが、後一歩のところで逃げられてしまう。

 森に再び静寂が訪れた。

 ハークは仕方なく突っ立ったままの敵に手錠をかけて、そこでひとまず一息つく。

「取り敢えず撃退はしたけどよ。俺たちの進行方向に逃げてったぜ。厄介だな」
「また戦うことになるだろうね」
「でもこの人達、すごく痩せ細っているわ」

 コマドリは捕まえた敵をみて、その細さに衝撃を受けているようだった。言われてみれば捕まえた者たちはあれだけ動けていたのが不思議なくらい骨と皮だけの状態で、明らかに栄養失調を起こしている。

「・・・・・・東の果ては相当な食糧難が起きているときいている。彼らも生きるために旅人を襲って食べ物にありつこうとしていたんだろうね」
「東の果てだけじゃない。東西南北、何処の果てでも食糧難は起こっているだろ」
「こんなに酷いなんて・・・・・・なんとか都から支援できないものかしら」

 皆が話し合っている中、スズメは先程のメタセコイアの種の変化が気になっていた。
 しかし今はとても言い出せる雰囲気ではない。スズメは気を取り直して、馬車の周りに張り巡らせていた茨の蔓を枯らせる。

「その人達、一旦荷台に乗せて進みましょう。ここで放っておく訳にもいかないし」
「そうだね。もしまた襲ってきたら話し合いが出来ないか試してみよう」

 スズメの言葉にロムは頷いて再び馬車に乗り込む。幸い、馬車の被害は修理をする必要もないくらい軽度だ。ハークは捕まえた人達を荷台に押し込んでコマドリと共に荷台の椅子に座る。

「先を急ごう」

 ロムが手綱を馬の背に軽く叩き付けると、再び馬車が動き出す。目指すは川の中域の村だ。

 ◆

 次の村に着くと、村人はみんな斧や銃や弓矢を持ってスズメ達を待ち受けていた。

「穏やかじゃないね」
「自警団共。俺がこの村の長だ」

 出てきたのは身長二メートルはありそうな大男だった。髭をたくわえ、毛皮を着てまさしく山賊といった風貌だ。

「俺たちの仲間を随分と可愛がってくれたみてぇじゃねぇか」
「先に手を出してきたのはそっちだよ」

 どうやら森の中で襲ってきたのはこの村の村人らしい。あの時逃げていった奴らの顔もちらほら見える。ロムは毅然とした態度で大男を睨み付けた。

「まさか村ぐるみで犯罪を犯しているとはね」
「仕方ねぇだろう。川の水は飲んだら死ぬ。生えてくるのは毒草ばかりで作物は育たねぇ。動物はみんな殺して食べちまった。旅人から食料を奪わなきゃ俺たち全員飢え死にしちまうんだよ」

 村人はそうだそうだと頷く。まるで自分たちが正しい事をしているみたいな言い草だ。

「自警団に救援を申し出れば済む話だろう。ここまで深刻になる前に」
「そりゃ無理でしょ。支部長」
「スズメ?」
「あんたらの襲撃の鮮やかさ、数ヶ月やそこらで身に付いたものじゃない。こうなる前から旅人を襲ってたんだろ? だから足がつくのを恐れて自警団に相談出来なかった」

 スズメは吐き捨てるように言った。村人の武器の扱い方、連携の取り方、襲い方。どれをとっても素人のそれではない。今だってほぼ全員が武器を持っているし、どの武器も使い込まれている様子だった。温室育ちの支部長達を騙せても、荒んだ場所で育ったスズメの目は誤魔化せない。

「成る程そういうことか」
「・・・・・・ッ! 食料に困っているのは本当のことだ! 俺たちだけじゃねぇ! 川の上流じゃ共食いしてる奴らだっている! 盗賊より殺人の方が罪は重いだろうが!」
「だからってあんた達の罪が消える訳じゃない」
「じゃあどうするってんだ!」

 凄む大男にロムは大きな溜め息を吐くと身体を翻し、男の巨体を背負い投げた。腕を捻られて、大男は苦しそうに呻く。一瞬の出来事に村人達はざわついた。恐らく自分たちと自警団の力の差を今はじめて自覚したのだろう。

「じゃあどうするって? もちろん全員元気に生き延びて僕たちに捕まってもらうさ」

 ロムがスズメに目配せすると、スズメは頷いて一つの種を取り出した。能力をこめて地面に思い切り投げ付ければ途端に育つ低木。その枝には真っ赤な果実がなった。

「なんだこれは!?」
「何って林檎だよ。支部長の言う通り死なれるとまずいからさ。罪を償う為にもしっかり食べてもらわないと」

 スズメは口を動かしながらも次々と種を地面に落とす。種はあっという間に成長し、どれも美味しそうな実をつけた。 

「トマト、梨、こっちは葡萄か」
 感心するハークに、
「育てられるのは毒草や蔓ばっかりじゃないんでね」
 と憎まれ口を叩きつつ、スズメは村人が十分食べて喉を潤せる程の果物や野菜を育て上げた。

「お前の能力思ったより便利だな」
「はじめは馬鹿にしてた癖に」
「悪かったって」

 ハークとスズメが小競り合いをしている内に、コマドリが果実を捥いで村人達に配る。もう何日も食べていない様子の村人達ははじめは皆警戒していたものの、一人ががぶりと林檎に齧り付いたのを皮切りに全員がつがつと食べ出した。村の村長はその光景をみて「なんでだ」と呟いた。

「どうして俺たちを助ける。そのまま逮捕だけすれば良いだろう。こっちはお前たちを襲おうとしたのに」
「さっきも言ったでしょ。罪を償わせるために助けるんだ。食べ終わったらみんな逮捕だからね」
「小僧、お前はそれでいいのか」

 村長は今度はスズメの方を見て問う。ここの村人は皆悪意の中で生きてきたのだろう。だからロム達の行動の意味が分からない。

「あんたらを全員倒すのは簡単だ。殺すことだってできる。でもこの力は正しいことにしか使わねぇんだ」

 スズメは昔ヨルから言われた言葉を思い起こす。能力は正しいことにのみ使うこと。
 それがヨルとの約束。戦わざるを得ないなら戦闘に使用するが、話し合いで片付けられるなら話は別だ。ロムが戦いの命令を下さない以上、逆らう意味もない。

「それともそんなに叩きのめされたいわけ?」
「・・・・・・三食食べさせてもらえるなら文句はねぇよ。今必要なのは金銀財宝じゃねぇ。食べ物と飲み水だ」

 村長は観念したようにその場に座り込む。大きな身体が急に小さくみえて、村人達も自分たちの負けを悟ったらしい。

「負けると分かってる戦に興味はねぇ。煮るなり焼くなり好きにしろ」

 それからロム達は男達に宿の提供を求め、暫く経って十分に動けるようになったら東の都の自警団東方支部に出頭するように命じた。村人達は最早抵抗する気はないようで大人しくこちらの要求を受け入れる。結果的にこの日は久しぶりに野宿から解放され、ベッドで眠れることになったのだった。
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