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【6】少女、終わりました。
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「ふにゃーっ……! 気持ちいいですねぇっ~」
河川敷を歩き、両腕をあげて伸びをするバカはそのまま欠伸まで浮かべる。
「なんだかお昼寝したい気分です~」
「……ああ、そうだな」
先を行く背中は何も語らない。
ただ楽しそうに。それこそ普通に散歩しているようだった。
もうじき昼が近いからかあちこちで腰を下ろし、少し早い昼食をとっている姿を見かける。整備されたグラウンドではサッカーボールを少年達が追いかけ、鉄橋の下にあるバスケットコート仲良さそうに兄妹がボールを奪い合っていた。
「……そうか、今日は土曜日か」
手を繋ぎ、楽しそうにしてすれ違って行く親子連れを見てそんな事を呟く。
随分とまぁ、曜日感覚が曖昧になっている物だ。今日が何月なのかは分かっても、何日なのか分からない。
「見てみて下さいっあそこっ!」
「あ?」
バカの指差す先に視線をやれば小さなラジコンヘリが空を飛んでいた。
下で小学生位の子供が嬉しそうに操作している。その後ろには俺と余り歳の変わらなそうな父親が笑いながらその様子を見ている。
「いいですねぇ、ああいうのっ」
ニコニコと笑顔を浮かべながら飛んで行くヘリを眺めては忙しく首を動かしている。
「ああ、そうだな……」
そうして俺もそれに曖昧に答えていた。
さっきから下らない会話を続けるばかりで話の核心に触れようとしない。
コイツが何を考えているのか、その横顔から読み取る事は出来無かった。
「なぁ、おい――」
「なんですっ?」
「いや……、なんでもない」
振り返る姿からは先程の暗い雰囲気は伺えない。
いつも通りバカはバカらしくしている。
「…………はぁ」
溢れた溜め息は期待の裏返しか――。一体俺は何を期待しているというんだろう……?
一旦落ち着いた気持ちはいつもの感覚を取り戻しつつあった。バカはバカだ。料理が上手く行った所でそれは変わらない。今にも鼻歌を歌い出しそうに歩く姿はやはり子供にしか見えず、なんとかパートナーだと本人は自負しているが、所詮それだけだ。俺がコイツに頼るなんて――、……藁にもすがるつっても限度があるだろ。
「なんだかなぁー……」
気の抜けた頭でもう一度考える。これからどうすれば良いのか、荒太とどう向き合って行けば良いのか。そもそもアイツは何を思ってあんなことを言ったのか――、
「……分かりゃ苦労しねぇわな」
考えた所で無駄だ。考えるぐらいなら聞いちまった方がいい。
「…………」
……荒太は、先輩の事が好きだった。それは間違いない。ずっと監督と女優だとか騙して来たが、そんな事は無い。きっとアイツは最初から先輩の事が好きだった。そして多分、あいつはそれと同時に気付いていた。俺と先輩の仲が普通のそれよりも近づいている事に。だから遠慮していたのかもしれない。「応援するよ」と言った俺の言葉にあいつは曖昧に微笑んで、いつも少し困ったような顔をしていた。「撮影に支障はきたさないでくれよ?」と笑いながら、傷付き、それでも先輩の為に映画を撮り続けていた。それなのに俺は――、先輩と結婚し、荒太から希望を奪った。少なくとも、いつかは報われるかも知れないと思う事すら奪ってしまった。
――だから、おまえは俺から先輩を奪ったのか……? だから、崖に突っ込んだって言うのか――?
冗談としては笑えない。ジョークにしてはセンスが無い。
ンなの、ただの逆恨みじゃねぇか……。先輩は何も悪くねぇじゃねぇか――!
「ご主人さーまっ?」
「んっ……?」
「折角お散歩しているのにそんな風に考え込んでいちゃ勿体ないですっ。どんとしーんく、どぅふぃーるですよ!」
何やら渋い顔をしながら告げる言葉に首を傾げる。
「かんがえるな、かんじろ、思うがままに行動せよっ! この前、映画で言ってました!」
両手を腰に充て、仁王立ちでさぞかしお気に入りだったであろうその台詞を高らかと歌い上げる姿は何とも間抜けだ。
「何が言いたいんだ、お前は」
「だから駄目ですって! どーんとしーんく、どぅふ~るっ!」
「似てねぇよ」
いや知らないけど。見た事無いけど、多分全く似て無い。恐ろしい程に似ていない。人差し指を立てて、鼻息を荒くする主人公なんて嫌だ。見たくない。
「ご主人サマはアレコレどれそれ考え過ぎなんです! もっと素直に率直に、元気に楽しく貪欲に生きれば良いのです!」
「おまえ自分の言ってる意味分かってるのか?」
「考えません!」
「考えろ」
「考えないんです! もう考えることは止めました!」
くるりと後ろを向き、俺に背を向けてバカは言う。
「だから考えてばかりいないでお話ししましょう、きっと何か見つかりますからっ!」
にへっと笑って、遥か彼方を、橋の上を電車が走り抜けて行く。がたんがたん、がたんがたんと音が鳴り響き、過ぎ去った後には河のせせらぎと子供達の賑やかな声が戻ってくる。
静かに、ただのんびりとした土曜の午後が戻って来ていた。
「……そうかい」
ぼりぼりと伸びきった髪をかく、伸びきった髪は癖も相まって指に絡み付き。手を抜けばそのまま数本髪が抜けた。
「――……わかったよ」
全部終ったらホントに髪を切りに行こう。一度、ここら辺でリセットさせて頂こう。
伸びきった髪は流石に鬱陶しい。よくもまぁ、こんなになるまで放っておいた物だ。我ながら自分のだらし無さには頭が上がらない。だからこそさっさと終らせて床屋にでも行ってしまおう。思い立ったが吉日。今日中にさっぱりしてしまいたい。
「行くぞ、マキ」
先を行く背中を追い抜かして一人ざくざくと道を歩き始める。
なんとなく、後ろでバカが微笑むのが見えた気がした。
河川敷を歩き、両腕をあげて伸びをするバカはそのまま欠伸まで浮かべる。
「なんだかお昼寝したい気分です~」
「……ああ、そうだな」
先を行く背中は何も語らない。
ただ楽しそうに。それこそ普通に散歩しているようだった。
もうじき昼が近いからかあちこちで腰を下ろし、少し早い昼食をとっている姿を見かける。整備されたグラウンドではサッカーボールを少年達が追いかけ、鉄橋の下にあるバスケットコート仲良さそうに兄妹がボールを奪い合っていた。
「……そうか、今日は土曜日か」
手を繋ぎ、楽しそうにしてすれ違って行く親子連れを見てそんな事を呟く。
随分とまぁ、曜日感覚が曖昧になっている物だ。今日が何月なのかは分かっても、何日なのか分からない。
「見てみて下さいっあそこっ!」
「あ?」
バカの指差す先に視線をやれば小さなラジコンヘリが空を飛んでいた。
下で小学生位の子供が嬉しそうに操作している。その後ろには俺と余り歳の変わらなそうな父親が笑いながらその様子を見ている。
「いいですねぇ、ああいうのっ」
ニコニコと笑顔を浮かべながら飛んで行くヘリを眺めては忙しく首を動かしている。
「ああ、そうだな……」
そうして俺もそれに曖昧に答えていた。
さっきから下らない会話を続けるばかりで話の核心に触れようとしない。
コイツが何を考えているのか、その横顔から読み取る事は出来無かった。
「なぁ、おい――」
「なんですっ?」
「いや……、なんでもない」
振り返る姿からは先程の暗い雰囲気は伺えない。
いつも通りバカはバカらしくしている。
「…………はぁ」
溢れた溜め息は期待の裏返しか――。一体俺は何を期待しているというんだろう……?
一旦落ち着いた気持ちはいつもの感覚を取り戻しつつあった。バカはバカだ。料理が上手く行った所でそれは変わらない。今にも鼻歌を歌い出しそうに歩く姿はやはり子供にしか見えず、なんとかパートナーだと本人は自負しているが、所詮それだけだ。俺がコイツに頼るなんて――、……藁にもすがるつっても限度があるだろ。
「なんだかなぁー……」
気の抜けた頭でもう一度考える。これからどうすれば良いのか、荒太とどう向き合って行けば良いのか。そもそもアイツは何を思ってあんなことを言ったのか――、
「……分かりゃ苦労しねぇわな」
考えた所で無駄だ。考えるぐらいなら聞いちまった方がいい。
「…………」
……荒太は、先輩の事が好きだった。それは間違いない。ずっと監督と女優だとか騙して来たが、そんな事は無い。きっとアイツは最初から先輩の事が好きだった。そして多分、あいつはそれと同時に気付いていた。俺と先輩の仲が普通のそれよりも近づいている事に。だから遠慮していたのかもしれない。「応援するよ」と言った俺の言葉にあいつは曖昧に微笑んで、いつも少し困ったような顔をしていた。「撮影に支障はきたさないでくれよ?」と笑いながら、傷付き、それでも先輩の為に映画を撮り続けていた。それなのに俺は――、先輩と結婚し、荒太から希望を奪った。少なくとも、いつかは報われるかも知れないと思う事すら奪ってしまった。
――だから、おまえは俺から先輩を奪ったのか……? だから、崖に突っ込んだって言うのか――?
冗談としては笑えない。ジョークにしてはセンスが無い。
ンなの、ただの逆恨みじゃねぇか……。先輩は何も悪くねぇじゃねぇか――!
「ご主人さーまっ?」
「んっ……?」
「折角お散歩しているのにそんな風に考え込んでいちゃ勿体ないですっ。どんとしーんく、どぅふぃーるですよ!」
何やら渋い顔をしながら告げる言葉に首を傾げる。
「かんがえるな、かんじろ、思うがままに行動せよっ! この前、映画で言ってました!」
両手を腰に充て、仁王立ちでさぞかしお気に入りだったであろうその台詞を高らかと歌い上げる姿は何とも間抜けだ。
「何が言いたいんだ、お前は」
「だから駄目ですって! どーんとしーんく、どぅふ~るっ!」
「似てねぇよ」
いや知らないけど。見た事無いけど、多分全く似て無い。恐ろしい程に似ていない。人差し指を立てて、鼻息を荒くする主人公なんて嫌だ。見たくない。
「ご主人サマはアレコレどれそれ考え過ぎなんです! もっと素直に率直に、元気に楽しく貪欲に生きれば良いのです!」
「おまえ自分の言ってる意味分かってるのか?」
「考えません!」
「考えろ」
「考えないんです! もう考えることは止めました!」
くるりと後ろを向き、俺に背を向けてバカは言う。
「だから考えてばかりいないでお話ししましょう、きっと何か見つかりますからっ!」
にへっと笑って、遥か彼方を、橋の上を電車が走り抜けて行く。がたんがたん、がたんがたんと音が鳴り響き、過ぎ去った後には河のせせらぎと子供達の賑やかな声が戻ってくる。
静かに、ただのんびりとした土曜の午後が戻って来ていた。
「……そうかい」
ぼりぼりと伸びきった髪をかく、伸びきった髪は癖も相まって指に絡み付き。手を抜けばそのまま数本髪が抜けた。
「――……わかったよ」
全部終ったらホントに髪を切りに行こう。一度、ここら辺でリセットさせて頂こう。
伸びきった髪は流石に鬱陶しい。よくもまぁ、こんなになるまで放っておいた物だ。我ながら自分のだらし無さには頭が上がらない。だからこそさっさと終らせて床屋にでも行ってしまおう。思い立ったが吉日。今日中にさっぱりしてしまいたい。
「行くぞ、マキ」
先を行く背中を追い抜かして一人ざくざくと道を歩き始める。
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