ネズミ族の嫁入り

ゆう

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 それから3ヶ月。臨月を迎えて、アイルのお腹は更に張り出ていた。
 国境付近の港町に腰を下ろした二人は、自分達で作った縫い物を売ったりして生計を立てていた。
 国境付近の港町は貿易が盛んで色んな獣人族が住んでいた。ネズミ族の元に帰れない二人には、色んな種族が住んでるこの町が肌に合っていて、ここで住んでいく事を決めた。
 町のお医者さんも変わり者が多いが、ネズミ族を受け入れてくれ、無事に病院で出産が出来そうだった。

 売り物の他に子供服を沢山作ってはまだかな?まだかな?とアイルのお腹を撫でながらカーラは楽しそうに言う。
 きっと一人だったら無理であっただろう。
 カーラは本当の両親よりも大事な存在だった。

 アイルがついに産気づいて、病院まで運んでくれたのもカーラだった。
 痛みと戦う自分手を握り、一生懸命励ましてくれたのもカーラ。
 そして無事生まれた三匹の子供はルイス様にそっくりな黒猫二匹と、自分によく似た白ネズミ一匹だった。
 獣人族は赤ちゃんの時は獣の姿で生まれる。自分でコントロール出来るようになって、ようやく人の姿を取るのだ。
 そして親の種族が違う場合は親どちらかの種族で生まれてくる。
 それは父親がルイスで、母親がアイルだと、不貞は働いていないものを主張することが出来たのだが、それを主張したい本人はいない。
 三匹の子供をカーラと二人で育てて行くと決めたのだ。

 二人とも子育ての経験がない為、初めのうちはてんてこ舞いであった。
 乳の時間どうしても一匹余ってしまう為、カーラが一生懸命あやしてくれた。
 それも3ヶ月もすれば、子供達は四足歩行でフラフラながらも立ち上がることが出来るようになっていた。
 獣人族の子供の成長は早い。
 まだ猫族の子供の成長は分からない事だらけではあるが、これからの成長が毎日楽しくてたまらなかった。

 そうしてこれからも穏やかな日が続くのだと思っていた。


 突然激しく家の扉がノックされた後、不審に思いながら扉を開けると、ルイス様と同じ軍服を着た猫族の人々が立っていた。
 何か…という前に、ロジャーズ様のご子息はこちらで預かります。と言って許可もなく家に上がり、二匹の黒い子猫を連れて帰ってしまったのだ。
 勿論抵抗はした。
 しかし、自分もカーラも武術など一切できない。それに相手は軍人で力が叶うはずもなく、呆気なく二匹は連れ去られてしまった。
しん…と静まり返る部屋に発する言葉は思いつかなかった。
 白い自分によく似た子が不安そうに見ていて思わず胸に抱きとめた。カーラは声も上げずに泣いていた。
 どこから情報が漏れたのだろうか。
 ルイス様は不貞を働いたと言う自分が出ていく時何も言わなかったのに。

 それから無情にも時間は過ぎていった。
 自分の乳を吸う子が一匹しかない切なさ。
 カーラが沢山用意してくれた子供服は綺麗に畳まれて引き出しから出る事はなかった。  ルイス様によく似た我が子は元気だろうか。
 頭から離れる事は一日たりともなかった。


 カーラが作った売り物を持って、市場に出かけた日、また家の扉がノックされた。
 家を訪ねて来るような者はいない。
 子供を連れ去られた不安が過り、扉を開けるのを躊躇う。

「アイル…」

 と自分の名前を呼ばれた気がした。
 その聞き覚えのある声で、思わず扉を開けてしまった。

「ルイス様……」

 扉に立っていたのは、もう会うことはないと思っていたルイス様だった。
 何か平和条約に問題が起こったのだろうか。一応形だけの婚姻は全て終わったはずだ。一瞬の間に色々な悪い事が過ぎった。

「少し…部屋に上がっても良いだろうか」

 ルイス様は相変わらず表情が読めなかったが、立ち話もと思い狭い部屋ではあるが、ルイス様を部屋に通し、お茶を用意した。

「…ルイス様、どうかされたのですか?」

 中々喋らないルイス様に、私は自分から声をかけた。

「アイル…どうして屋敷に戻ってこない」

「………え?」

 それではいかにも戻ってきて欲しいような言い方だ。出ていく時、止めもしなかったのに。

「私はあの屋敷に戻りません。それにあの二匹の子はアイル様の子供ではありません。私の子供です」

「……アイル」

 ルイス様の目を見て強く放った言葉だった。
 ルイス様は認めてくれなかった。だから、ルイス様の子供では無い。あの子達は私の子供だと。

 その時初めてルイス様の立派猫耳がしゅんと垂れた。ルイス様にもちゃんと感情があるのだと初めて思った。



「私には家族と言うものがよく分からなかった。妻は家を守る者。旦那は家族の為一生懸命働く者。そう思っていた。だがいつも上手くいかない…。4人の妻は気づいたら屋敷から姿を消していた。妻の為に、出世しようと頑張って働いたのだが」

 旦那様は過去の自分の事をぽつぽつと話し出した。

 貴族出身のルイス様は長男ではなかった為、持ち前の体格を活かし、幼い頃から軍人となった。
 才能が開花し、出世と年齢が増すにするに連れて、世間体は大事だと回りはルイス様の為に嫁を用意した。
 貴族は純血種に近いもが多い。そして純血種は子供が出来にくい。その事もあって、出生率の低い獣人は早めに子作りをする。
しかしルイス様は貴族の長男でもない為、子供を作る事より、自分の出世の方を優先した。

 家庭を垣間見ない人の元から離れていくのは当然の事であった。
 一人、また一人と去って、気づけば四人の嫁に家を出ていかれた。いや、正式にはアイルを含めて五人だ。
 40歳になり、家庭を垣間見ない事を知らない人々は実は種無しなんじゃないかとも噂していた。そんな噂を聞いても正直本人も子供は諦めていたし、嫁なんかも要らないと思っていた。
 このまま軍人として生きていくのもいい。 
 そんな中、話が出たのが平和条約でネズミ族の嫁を誰かが貰うと言うこと。
 王族に仕える身でありながら、独身は不味いだろうと一番に話が出たのがルイスであった。誰が嫁に来ようが一緒だろうとルイスはそれを了承した。
 だから、今までの妻と同じ様に扱って結婚式の後、初夜を過し、いつもの様に仕事に邁進していた。
 仕事に夢中で結婚してから半年も立っていた事には驚いたが、まさか妻が妊娠したとの報告を受けたのはさらに衝撃が走った。

 半年間放ってしまい他の妻と同様、もしかしたら屋敷から居なくなっているかもしれないとは思っていた。
 同僚からは仕事馬鹿。家庭を大事にしろと何度も言われて来たが、ルイスには国を守る使命感が強すぎた。

 ルイスの一族は純血種に近く、代々子供が出来にくかった。長男である兄は何人もの嫁がおり、幸いにも跡継ぎが生まれていた。
 なので一族からのプレッシャーもない。
 それに今までの妻4人とも初夜を過ごしてきたが、妊娠の報告を受けた事がなかった。
 たった一回初夜を過しただけのアイルの大きくなったお腹を見て、つい不貞を働いたのではと疑ってしまった。

 初夜の日、女性のような綺麗な身体ではあったが、男性体であるアイルが妊娠出来るとは思わずにいた。本人が初潮が来ているというので抱きはしたがまさか本当に子供が出来るとは思っても見なかった。
 涙を流しながら屋敷を出ていくアイルを引き止めなかったのは自分に自信がなかったからだ。この目で自分に似た黒猫の赤子を見るまでは。

 アイルが出て行く時、監視を付けていた。
 平和条約で嫁いだ嫁である事も含めて、観察対象だからだ。
 とある港町で暮らしていて、もうすぐ産まれそうだと言う報告も受けていた。まさか、二匹も自分の血を引くそっくりな黒猫が産まれるとは思わなかったが。
 その報告から、一族からすぐに養子に欲しいと催促されるほどだ。
 猫族は繁殖力が低いわけでは無いが、純血種に近い一族は皆、子供が中々出来ない事を嘆いていた。
 ルイスは今更なって、アイルを引き止めなかった事を後悔した。
 ルイスの子では無いとアイルからはっきり告げられた事が何度も頭に響いた。

「アイル…もう一度やり直してはくれないか」

「…ルイス様、それは出来ません」

「アイル…」

 お互い譲らないやり取りのまま沈黙が過ぎたが、突如赤子の泣き声で打ち切られた。

「ノア」

 白いネズミの赤子はアイルに名前を呼ばれると泣き声を少し弱めた。

「ノア…と言うのか。アイル似て可愛らしいな。私が抱いてもいいだろうか…」

 可愛らしい。という言葉に驚いた。
 正直ルイス様もネズミ族を嫌っていると思ったからだ。アイルを連れ戻すのも世間体だけだろうと言うのがどこか拭えなかった。

 抱きたいと申し出た事にも驚いたが、少し嬉しかった。そっとアイルとノアに近寄り、優しそうな瞳をしていた。初夜の時ですら仕事と言わんばかりに表情が崩れなかった人なのに。
 不安に思いながらもルイス様の手のひらに我が子をそっと乗せてみた。
 白くまん丸のネズミの子はチュウチュウと小さく泣いていたが、ルイス様の目を見るとなんだなんだと言わんばかりに目をぱちくりさせていた。

「小さいな…。しかし目の色が私にそっくりな黒色だ」

「はい」

 ぎこちない手つきだった為、我が子はすぐに自分の元に帰ってきた。

「自分の子が一番可愛いというのは本当らしいな。今までどんな子供を見ても一緒だと思っていたが…」

 ルイス様の纏うオーラが優しかった。父親と言う実感が湧いたのだろうか。ルイス様の子だと認められなくてもいいと思っていたのに、今は認められた事がこんなにも嬉しかった。

「アイル、やっぱり一緒に帰ろう。家族みんなで暮らすんだ」

 その言葉にうんと頷きたかったが、私はフルフルと首を振った。

「ルイス様…私はあの屋敷が嫌なのです。私もカーラも小さな苛めをいくつも受けて来ました。あの中でこの子を育てたくありません」

「…っ、私が戻らない間、ずっと耐えていたのか?」

「はい…」

 思い出してまたほろりと涙が零れた。
 すまなかった。と一言いい、ルイス様が零れる涙を優しく手で拭ってくれた。

「分かった。一週間後、改めて三人を迎えに来る。それまでに皆が住みやすい屋敷に変えておくから」

 それは真剣な顔だった。
 私ははい。と今度は了承の返事を返して、帰宅するルイス様を見送った。

 夕方カーラが帰ってきて、今日出来事を話した。出来るなら家族皆で過した方がいいとカーラも一週間後から始まる幸せを願った。


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