忘却の檻 〜あなたは誰〜

ぐう

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 ユリアの複雑な気持ちは置き去りで、社交界にはこびるレオンハルトとユリアの不仲説を、一掃するための仕掛けは、リリアンヌ主導で粛々と進んでいた。

 今日もリリアンヌが仕立て上がった衣装と装身具を合わせるために、訪問して来ていた。

「奥様、旦那様がお戻りです」

 ノンナが密やかに近づいて来て報告した。ノンナは頑としてユリアをお嬢様と呼んでいたが、リリアンヌが社交界でユリアが侮られないように、使用人の呼び方も大事だと説得して、なんとか奥様に改めさせた。ノンナは虐げられていたユリアを間近に見てきたから、手のひらを返して、ユリアに愛を囁くようになったレオンハルトを許していない。しかし大事なお嬢様を、何も知らない貴族達が蔑ろにすることも許せないのだ。ユリアの献身を知らないくせにと憤っている。

「リリアンヌ夫人、こんな手紙が二通、我が商会に来ていました」

 レオンハルトは入ってくるなり、挨拶もそこそこに、リリアンヌに持っている手紙を渡して、ユリアの隣に座って、自分の方にユリアの腰を抱き寄せた。

「まあ、なにかしら」

 リリアンヌはそう言いながら、その手紙に目を走らせる。

「呆れたわ。ここまで図々しいとはね」

「なんだったんですか」

 ユリア尋ねると、レオンハルトがユリアの方を向き説明をした。

「例のバーデン伯爵からの手紙だよ。ガラス食器の契約は結ばなかったのだが、我が娘との縁に免じて、再度検討して欲しい。また、バーデン伯爵の領地に援助をして欲しいと書いてある。そうでないと娘を嫁がせることは難しいと書いてある」

「もう一通は?」

「バーデン伯爵令嬢が次の王宮舞踏会にエスコートしてくれる人がいないので、またお願いしますだと」

「ユリアが領地から出て来ていることを知っていてこれかと思うと、たかが伯爵家に侮られた腹が立ちます」

「まあ、もともとあなたが考えなしにエスコートなんかするからですけれど」

 折角意気込んで怒りをぶちまけたのに、レオンハルトはあっさりとリリアンヌにやり込められた。レオンハルトはこほんと空咳をして

「とにかく、すでにガラス食器の契約は古くからガラスのティーポットを扱っている商会と交わした。既にユリアの一押しのフラワーハーブと抱き合わせて発売することにしたので、バーデン伯爵へは、商会員の書記に断りの手紙を出させた。もちろん令嬢とはなんの関係もない。名誉を毀損するようなことを言い立てるなら、貴族院に名誉毀損で訴えるとこちらは私から手紙を出してきた」

 と言った。

「令嬢へのお返事はどうなさるの?」

 ユリアが聞くと

「もちろん無視だ」

 とレオンハルトは言ったが、リリアンヌにピシャリと言われた。

「あら、だめよ。こう言う女ははっきりと言わないと良いように解釈して、付き纏うわ」

 レオンハルトはポカンとリリアンヌを見ていたが、慌てて立ち上がって出て行こうとして、入ってきたクラウスとぶつかりそうになった。

「おやおや、どうしたんだ」

 とクラウスに声をかけられたが、時間を惜しむように出て行ってしまった。その後ろ姿を見送って、クラウスがリリアンヌの方を見た。

「レオンハルトは、まだまだってことですわ。それよりバーデン伯爵へ融資するところを全て止めたの?」

 クラウスはリリアンヌの隣に、座りながら答えた。

「ああ、この国で、もうバーデン伯爵に融資するような冒険者はいないさ。エーレンフェスト家の娘を馬鹿にした報いは受けてもらうさ」

 なるほど、それでレオンハルトが最後の頼みの綱になったわけかとユリアは思った。リリアンヌの言う通り、クラウスは平凡な見た目でも優秀なのだとしみじみと思った。
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