恋はかならず冷めるから

烏山川るう

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第二章

第十六話 私たち

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 怜のマジックがはみ出た指を、私は両手で包み込んだ。まったく、よくそんなことを考えつく。

「俺はすいがヤキモチ妬いて怒ってるのを見たいけど、そうすると翠が泣くからな」
「もう気にしないようにする」
「う~ん。どうかなぁ。すぐに変な妄想するからさ」
「妄想なんて」
「あっ!じゃあさ。お互いちょっかい出されたと思ったら報告し合おうよ」
「報告?」
「相手が見えないから不安になるんだよ。だから把握できるようにしよう。管理できるアプリないのかな?」

 出会ったきっかけ、名前、特徴、何を言われたか、その他コメントを記入するそうだ。そんなことしなくてもいいと言おうと思ったけど、楽しそうにしているから言わなかった。私を腕に抱いて、ブツブツ言いながら携帯で探し物。そんな怜を見ている間に、私は眠りに落ちてしまった。

 数時間後に起きた時、驚いた。
 私はまだ彼の腕の中にいて、彼の胸に擦り寄って眠っていた。これまでは彼が私の胸に顔を乗せた状態で目を覚ましていたのに。うれしかった。怜の手が相変わらず私の胸をつかんでいたのはご愛嬌。七カ月もの間もらえなかったぬくもりを再び感じられるなんて、この時間がずっと続いてほしかった。

 でも、もう私たちは親。朝はとても忙しい。シエナにおっぱいをあげないと。

 そっと怜の腕を抜け出して、服を拾い上げる。そして気づいた。このままじゃダメだ。怜に舐め尽くされた体のままシエナの元へはいけない。バスルームに飛び込んで手早く顔と体を洗った。まだ泣き声は聞こえない。

 部屋に戻ると怜が起きていて、こっちへおいでと手を出していた。照れくさい。でも言われるままに腕の中に収まって、キスをした。シエナのベッドが映るモニターは気になるのだけれど、うれしいから受け入れたい。

「んんん……。今はダメ」

 怜の手がお腹に忍び込んできた。

「ちょっとだけ」
「もうシエナが起きるから。後でねって、あーー、もうダメダメダメ!怜が舐めたらシエナにむし歯菌が移っちゃうの!」
「俺、今むし歯ない」
「大人はみんな菌をもってるんだよ」

 怜の腕からスルリと抜けて、シエナの部屋に急いだ。ドアを開けた音で目を覚ましたようで、手を伸ばしてあくびをしているのが見える。カーテンを開けてあげて部屋が明るくなると、機嫌が良さそうな顔がよく見えた。おむつを変えて、おっぱいをあげる。

「お腹空いたね」

 おっぱいを飲みながらジッと私の目を見てる。自分の心が安定したからか、シエナはいつもよりずっと幸せそうに見えた。細くて柔らかい髪を撫でて髪をきれいにしてあげる。

「昨日は起きないでずっと寝てたね」
「ママたちのイチャイチャを邪魔しないいい子だもんな」
「ああ、来ちゃダメ」
「なんで」

 気づかぬうちに怜がシエナの部屋に立っていた。私の言葉を無視してベッドに上がる。慌てて丸出しになっている胸をブランケットで覆う。すると私の後ろから長い腕を伸ばして、シエナごと抱きしめた。ブランケットを引っ張って、シエナがおっぱいを飲んでいる姿を見ようとする。

「やだ」
「ほら、シエナが飲みにくいって」

 頬を擦り寄せて、じっくり見ようと顔を寄せる。

「俺だけ見せてくれないってひどくない?」
「だって」

 シエナの頬を怜が指でなでる。

「お母さんって思ってほしくなくて」

 ピクッと怜の指の動きが止まった。顔を見られているのがわかる。私は怜の方を向けなかった。

「だって、お母さんじゃん」
「シエナはそうだけど、怜のお母さんじゃない」

 これも言いたかったこと。はっきりと言ってみた。何か返してほしいけど怜は黙ったまま。でも突然、空いてる胸をつかんできた。

「……そういうことか。それ、前も言ってたね」
「何!?」
「動くとシエナが嫌がる」
「ちょっと!」
「俺だってね、こんな裸の胸見せられてたら触りたいよ。でも我慢してる」
「シエナが見てるから」
「俺にとっては、翠はママでも女だよ」
「もう!んんん……」

 シエナがまだ飲み終わっていないのに、怜は私の唇を塞いで胸をもんでやりたい放題。体が動いてしまって、いつシエナが泣き出すかわからなかった。本当にダメだからと本気で怒ろうと思ったところで、怜が動きを止めて驚いた顔をしていた。

 胸を鷲づかみにする怜の手の上に、シエナの小さな手があった。

「フッ、ほら……。シエナが自分のものだから触らないでって」
「いや、翠のおっぱいは俺のものだし」

 無表情で怜を見つめるシエナがおかしくて、私は笑いが止まらなかった。

 私のおっぱいは私のものです。


■■■■■

 怜がいる週末の朝は、二時間くらい二度寝をさせてもらっている。
 ミルクを飲めるし離乳食も進んでいるから、シエナがお腹を空かせても大きな問題はない。すっきりと目覚めてベッドを出た。まだ七時か。

 リビングから怜の声がする。シエナと遊んでいるのかな。

「あーあーあーうー」
「いいか、シエナ。これはママの指輪」

 シエナの膝に乗せて、私の指輪を見せていた。シエナはキラキラした物が大好き。一生懸命つかもうとしているのだけどできず、険しい顔をしていた。あまりしつこくすると泣き出しそう。

「こっちはパパがママを大好きーって言ってあげた物。こっちはママがパパを大好きーって言ってくれた物なの。シエナのおもちゃじゃないんだよ」
「そんなこと言われてもわからないよね」

 怜の広い背中に張り付いた。

「おはよう」
「おはよ。スッキリした?」
「うん。ありがとう。ね、シエナが指輪をおもちゃにしちゃうのは本当でしょ」
「わかってる。でもさ、気になってるんだけど、シエナは俺と一緒だと嫌そうな顔するんだよね」

 実はそれ、私も思ってた。どうやらシエナは怜が苦手みたいだ。

「だから、シエナにプレゼント買ったんだ。賄賂」
「やだ。することが黒い」
「はい、シエナ」

 怜はぬいぐるみを取り出してシエナに見せた。なんとシエナが好きな絵本の主人公、うさぎのセイラーちゃんだった。

「きゃーきゃきゃーーーー!」

 シエナの目が大きく輝き、ぬいぐるみが欲しくて手をバタバタさせている。彼女の半分くらいある大きなぬいぐるみだ。

「これ、シエナが好きな絵本のキャラクターなの」
「うん。調べたらさ、赤ちゃんが好きな色なんだって。だからいいかなと思って」

 フランス娘の設定だからか、青のボーダーに赤いベレー帽とスカーフ姿。確かにシエナは赤い物によく反応する。怜はシエナをプレイマットに寝かせて、セイラーちゃんを抱かせてあげた。すると、ギュッと強く抱いたり引っ張ったり、寝返りに脚をバタバタさせたりと忙しい。

「シエナ、よかったね」
「あーあーあーあー!」

 私の言葉には喜怒哀楽を乗せて反応してくれるんだけど……。

「俺にはこういう反応しないんだよね。いつも仏頂面なんだ」
「緊張してるんじゃない?」
「お風呂に入れても大丈夫かな」
「試してみてよ。ギャン泣きされるかも」
「傷つくな、それ」
「ありがとう。かわいいぬいぐるみを買いに行ってくれて」
「うん。だから翠はもうこれつけて」

 左手をつかまれて、結婚指輪と婚約指輪をはめられた。

「はずしてごめんね」

 反省していることを伝えたくて、怜にギュッとしがみついてキスをした。シエナが見てる時に深いキスはしないけど、今日は特別だ。

「おっぱいあたってる」
「プッ」
「笑いごとじゃない。ちょっとこっち座って」

 軽々と抱き上げられてソファに座らされたと思ったら、怜は私のニットの中に頭を突っ込んだ。

「何してるの?セーターが伸びちゃう」
「……」
「えっ、えーーーーーー!」

 ニットの中の怜はブラをずらして、胸を唇と舌で愛撫し始めた。

「シエナが見てるから」

 と言ったものの、当の本人はセイラーちゃんに夢中でこっちなんて見ていない。しかも今日の怜はしつこい。というか、大きな違和感。

「うそ……。怜?なんかいつもと違くない?」

 揉んだり、しごいたり、こねくり回したり、舐めたり、甘噛みは一切なし。ひたすら強く吸い続けてる。
 何?
 なに?
 ナニ?
 訳がわからない。

「なんでだろ?」
「どうしたの?」

 怜が動きを止めたから、襟から中を覗いてみた。

「おっぱいが出てこない」

 え?

「おっぱい飲みたいの?」
「だって、吸ったら出てくるんじゃないの?」

 呆れた。
 「何かコツがあるのか?」と押してつまんで、真剣に構造を把握しようとしている。

「俺とシエナ、何が違う?吸い方かな?」

 そんなこと大真面目に言わないでほしい。でも私も今、実は気になっていた。

「全然違うよ」

 その言葉に怜が襟から顔を出す。このニットはもう完全に伸びてしまった。

「だってシエナは生きるためだよ。あなたのはただエロのため。必死さが全然違うよ」
「エロだって生きるためだけど。うーん。なんでシエナにできて、俺にできないんだろう」

 私にできるアドバイスはない。残念ながら。

 怜はやっと私のニットから出てきた。そして、何かを思いついたらしく、突然自分のシャツをめくり出した。

「どしたの?」
「ん?シエナに俺のおっぱい吸わせてみようと思って。そしたらコツがわかりそう」

 セイラーちゃんごとシエナを抱き上げて、向き合うように膝に座らせていた。

「え!やだ!それはダメ!」
「大丈夫だよ。ほら、シエナ」
「シエナがけがれちゃう!」
「ひどい」
「だって、シエナにはまだ早いしパパじゃ嫌」
「平気だって」

 止めさせたいのに叶わず、シエナは怜のぺったんこのおっぱいを見つめている。

「ほら、ママのみたいに早く吸ってごらん」

 するとシエナはプイッと目を逸らして、再びセイラーちゃんと遊び始めた。

「フッ」

 笑ってしまった。

「なんで俺のじゃおっぱいが出ないことがわかるんだ」

 それは私にも不思議。赤ちゃんは産まれた瞬間からおっぱいを吸えば、ご飯が食べられることを知っているように思う。

 私は怜のシャツを引っ張って直して、シエナの目が汚れないようにした。

「もう、こういうことしないでね」
「なんで?いいじゃん」
「私じゃ満足してないってこと?」
「ははは。シエナにヤキモチ妬いてる」
「妬いてない」
「娘に妬いてる」
「衛生上の問題です」
「ひどいな。人をバイ菌みたいに」
「今度したら、もう怜のに触らないからね」
「そんなの耐えられないの翠の方じゃん」
「シエナこっちおいで~」

 シエナを清めるつもりで腕に抱いたら、怜の胸に引き寄せられた。

「じゃあ、翠もこっちにおいで」

 シエナはセイラーちゃんの腕にかぶりつくのに必死で、私たちがキスしてるのなんて見ていない。

「俺のおっぱいは永遠に翠のものだよ」

 ドヤ顔で言われても笑っちゃう。

「私のは、今はシエナと半分個してね」
「うーん」

 怜の整った眉が歪んだ。

「悩ましい問題だ」

 何がよ。

 私は怜の顔も髪も体も匂いも全部好き。シエナの匂いも好きだし、笑ってる時も泣いてる時も全部好き。早く大きくならないかなと思いつつも、ずっと赤ちゃんでいてほしいとも思う。

「シエナがしゃべれたらいいのにな」
「それ、私も思ったことある」
「そしたら翠のおっぱいについて語り合えるのに」
「やめて」
「あーあーあーあ。きゃきゃきゃ」
「なー。シエナだって言いたいことあるもんなー」
「シエナ、パパきらーい」
「ひどい」

 私は幸せだ。幸せ過ぎて酔ってしまいそうでいる。こんなに幸せなのにすぐに忘れてしまって、私の大切な家を台無しにしてしまいそうだった。怜が我慢してくれてよかった。また彼に助けられた。

 半ば押し切られたように感じていた結婚だけど、決断した時より結婚後の生活の方が何倍も大変だ。怜がいない毎日なんて寂しくて不安で考えたくない。もっとわかりあえるように気をつけないと。彼を惹き付けておくための努力ももっともっとしないと。

 私は怜の胸に体を預けて、ギュッと抱きしめてもらった。
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