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ヴァルフレード視点

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 セレーネはモルテード子爵家の令嬢で、プレスティ伯爵家嫡男の俺、ヴァルフレード・プレスティの婚約者だ。

 小柄で小動物の様に愛らしく、表情が良く変わり、花が綻ぶ様に笑う可憐な女性だ。
 爵位は違うが父親同士が親友で、幼い頃に婚約した幼なじみとして、それなりに良い関係が築けていると思っている。

 実はセレーネは気付いていないが、彼女のことをかなり溺愛している。

 先日、同僚で友人のイザイアにどうしてもと泣き付かれ、奴の趣味である女装姿でのデートに付き合ってやった。

「いやー、ほんっとありがとな!こんな事頼めるのお前しかいないじゃん?」
「本当にな」

 イザイアも騎士団にいるだけあって華奢ではないんだが、女装するとそれらしく見えるのだから不思議だ。
 こんな天気の良い日に腕を組んで歩くなら、近くに彼女のお気に入りの本屋もあるし、セレーネとデートがしたかった。
 
「おい、俺という者がありながらセレーネちゃんのことを考えてたな?」
「お前がいるからなんだ。セレーネのことなら四六時中考えている。俺のセレーネに気安くちゃん付けするな」
「もうっ、デート中なのよー!ぷんぷん!」

 …こいつ、殴ってやろうか。

 ーーダメだ、女の格好をしてるからな…人目があるのが残念だ。

「で?愛しの婚約者殿とはどこまでいってんだ?」

 イザイアが絡ませた腕にさらに密着してニヤけた顔で見上げてくる。

「…この前、肩を抱き寄せた…」

 セレーネは結構危なっかしいところがある。よく物や人にぶつかりそうになるのを何度引き寄せたことか。
 ただ、肩を抱き寄せたのはこの前が初めてだった。少し力を入れただけで壊れてしまうんじゃないかと思うほど、華奢な体の感触に心臓が激しく脈打った。

「え?…それだけ?キスは?」
「……まだだ」
「……は?おいおい、嘘だろ!?お前ら何年婚約してんだよ!えっ…なぁ、手を握ったのいつよ?」
「…二年前」
「はぁぁぁぁぁあ!?おまっ、18だろ!?~~っマジか!?つか、顔真っ赤だな!耳まで真っ赤じゃねぇか!」

 うるさい奴だ。顔が赤い?そんな事はわかってる。セレーネに触れる事を考えただけで動悸がするんだ。

 会う時にいつも花束を贈ると毎回初めてのように喜んでくれる。
 二人で並んで歩く時、腕を組んではいるが無意識にしているのか、空いている方の手で袖を掴んでくる。甘えられているようで顔がニヤけそうになるのをいつもなんとか堪えている。
 甘い物を食べている時、とても幸せそうな表情をする。俺は甘いものがあまり得意ではないが、その表情を見ると俺まで胸の奥が温かくなる。

 セレーネの好きな所は沢山ある。幼なじみ故に婚約者になったがそれだけじゃない。
 口数が少なく表情はいつも硬い俺に、花の様な笑顔を向け、俺の分まで喜怒哀楽を表現してくれる、俺の世界に色を付けてくれる。



 セレーネを邸に招いた。結婚式の日取りについて話したかったからだ。だが、セレーネの様子が少しおかしい。いつもより顔が硬ってこわばっている、どうしたんだ?

「…セレーネ、大事な話が…」
「ヴァルフレード様、婚約を解消しましょう」
「…は?」

 婚約を解消…?耳を疑った。

「婚約…解消、だと?」

 …今、いったい何が起こったんだ?頭をガツンと殴られたようだ。セレーネの言葉に頭が真っ白になった。動揺で体が戦慄くわななく

「今まで、こんな地味で面白味の無い私の婚約者でいてくださってありがとうございました。ヴァルフレード様は私には勿体ない方です。どうか、別の方とお幸せになってください」

 …何を言っているんだセレーネ。何故そんな感情の無い笑顔を向ける…?

「…何か、気に入らない事があったのか?」

 唐突に提案された婚約解消に、真意を探るような視線を向ける。
 何故だ…、今まで良い関係を築けていたじゃないか。

「いいえ、そんな事ありません。ヴァルフレード様にはとても良くしていただきました。たくさん大事にしていただきました」
「ならば何故?」
「先程も申し上げましたが、ヴァルフレード様は私には勿体ないほど素敵な方です。私以外の、相応しい相手と結ばれるべきだと思ったからです。親の親交だけで幼い頃から縛りつけてしまい申し訳ありませんでした。もう自由になってください…ーーっ!?」

 セレーネが俺から離れて行くのかと考えたら涙が溢れこぼれていた。

「ヴ、ヴァルフレード様?何故泣いておられるのですか?」
「…セレーネ以外の者などいらない。俺は、セレーネ以外と結婚する気は無い…!」

 何故だセレーネ…俺は君を心から愛している。たとえ姿形が変わろうと君を想う気持ちは変わらない。

「ヴァルフレード様もういいんです!もう気遣っていただかなくて大丈夫です。私は好きな方に幸せになって欲しい、真に想う相手と結ばれ幸せに暮して欲しいのです。…たとえその想い人が私では無くても…」

 そんなに悲しそうな瞳をしないでくれ…!

「だから!それはセレーネ…っ」
「ーーっ見たのです!」
「…見た?何を…」
「…ヴァルフレード様と綺麗な赤髪の女性が仲睦まじく寄り添い歩いているところを!」

 俺はセレーネ以外の女性に興味は無い。何かの間違い……ん?

「赤髪の…女性?」

 ーーっ赤い髪!!

「…違う」
「え?」
「赤髪の…女性ではない」
「いいえ、赤い髪の女性と腕を組んで…まさか、別の方が…?」
「違う!あれは男だ!」
「……どう見ても女性でしたが」

 ~~~っあのバカのせいか!こんなことになったのは!!

「あれは、イザイア・パルッソ。パルッソ伯爵家の次男で騎士団の同僚だ」
「同僚…伯爵家…?」

 嗚呼、小首を傾げる姿も愛らしいな。

「イザイアには変わった趣味があって、女装するのが好きなんだ」
「女装」
「~~っ、どうしてもと頼まれて断れなかった。あいつもそろそろ縁談が持ち上がりそうで、これが最後のチャンスだと言われて仕方なく…っ」

 己の行いがセレーネの誤解を招いたのか…!泣き付かれたからといって聞いてやるんじゃなかった!!

「婿入りすれば、デートどころか女装さえ出来なくなるでしょうね…」
「わかってくれたか?俺はセレーネを裏切っていない」

 セレーネが何かに気づいたように身を震わせた。

「あのー…、ヴァルフレード様には好きな方は…」
「セレーネだ」
「へっ?」
「黙っていてはまた誤解されかねないからな。俺は出会った頃からセレーネだけを想っている。セレーネは自分の事を地味で面白味が無いと言ったが、そんな事はない。小柄で小動物の様に愛らしく、好きな物を前にするとクルクル変わる表情も見ていて飽きない。俺はセレーネと添い遂げたいと思っている…嫌か?」

「嫌じゃ…ないです」

 顔を真っ赤にして両手で隠してしまった。はぁ…恥じらう姿も可愛いな、愛らしい。もっと色んなセレーネを見たい。

「セレーネ…こっちを見てくれ…」

 顔を隠すセレーネの手をそっと引き剥がし、潤む瞳を見つめる。

「辛い思いをさせた、すまない。これからは、俺のセレーネへの想いを疑う余地がないほど、言葉で、行動で示そう。ーー愛している。…セレーネも聞かせてくれ」
「…ぁ、わ、私も…愛しています」

 セレーネが俺を愛している…。嗚呼、なんて幸せなんだ。思わずセレーネにそっと優しく口づけ、力強く抱きしめると良い匂いがした。心臓のうるさい音がセレーネに聞こえないことを願う。


「そういえば、大事なお話とは?」
「結婚式の日取りについてだ」

 愛しい愛しいセレーネ、早く俺のものになってくれ。

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