16 / 59
すっごく綺麗な女性が突然訪ねて来たんですけど?
その3
しおりを挟むベッドに入り、これからどうしようと考え始めたところで、家の外がなにやら騒がしくなった。大きな声とバタバタと音を立ててやって来る足音。きっと昨日のおじさんだ。
「今はダメだと言っているでしょう」
「姫、入りますぞ」
バタンと音を立てて、扉が開けられる。
『あ、まずい』と思った。下着類はクロモに見られるのも恥ずかしいからしっかり絞って目のつかない場所に隠してるけど、濡れたままのドレスはクロモのローブと一緒に衝立に掛けたままだ。冷めたお湯の入った桶もそのまま置いてある。
きっとおじさんが不審がる。
だけどおじさんは、開けたのと同じくらいの勢いでドアをバタンと閉じると向こう側から謝ってきた。
「し、失礼いたしました。沐浴中とは露知らずっ」
「だから今はダメだと言ったでしょう」
クロモが怒ったようにおじさんに言っている。クロモが怒ってくれているせいか、わたしは怒る気にはなれなかった。考えてみればタイミング悪ければ裸見られちゃってたんだろうけど、今は一応服を着てベッドの中に入っている。
けどおじさんはたぶん、一番最初にお湯が入った桶を見てそれだけで慌てて扉を閉めちゃったんだろう。ドアの向こうでおじさんは頻りにクロモに謝っている。
なんでクロモに謝るの? とも思ったけど、結婚してるフリをしてるんだった。奥さんの裸見ちゃって(実際は見てないけど)すぐ傍に旦那さんがいたら、そりゃ謝るよね。
あんまりおじさんが平謝りしている声が聞こえてきたから「大丈夫、気にしないで」と言ってあげたかったんだけど、口を開きかけて今喋れない設定だったと思い出した。
しばらくおじさんとクロモのやり取りがあった後、ノックの後声をかけてクロモが部屋に入って来た。
喋るなよというゼスチャーの後、念の為か例の声が出なくなる魔法を掛けられる。
そんな事しなくても喋ったりしないよと言いたかったけど、昨日今日でわたしのお喋り具合を知ったクロモからしてみれば心配だったんだろう。仕方がない。
それからクロモは衝立に掛けてあった自分のローブとわたしのドレスをどこかに隠し、お湯の入っていた桶を片付けた後、何か小さな容器を持ってきた。なんだろう。
「手、出して」
言われるままに手を出すと、クロモはその小さな容器を開け指ですくい取る。そしてそれをわたしの腕にあるすり傷に塗り始めた。
「!」
薬だっていうのは分かったけど、しみる。痛い。つい避けようと引きかけた手をクロモに取られた。
「しみるだろうが、我慢してくれ」
今更言う。塗る前に言ってほしかった。
手にあるすり傷に全部塗り終えるとクロモは薬の容器をわたしに渡した。
「他にも傷があるようなら、後で自分で塗ってくれ。取り合えず客人を入れる」
客人……おじさんの事だろう。
わたしはコクリと頷きお姫様らしく見えるよう姿勢を正した。
「どうぞ、お入り下さい」
クロモに促され、おじさんが「失礼します」と入ってくる。
「姫。わたくしの事が分かりますか?」
おじさんの問いに首を振ってみせる。
「おかわいそうに。こんなに傷だらけになられて……」
わたしの腕のすり傷に気づき、おじさんは『昨日崖から滑り落ちた時に付いた傷』と思ってくれたらしい。
「彼女を襲った者について、何か分かりましたか?」
そんな人いるわけないって分かってるはずのなのに、白々しい。クロモがフードで表情を隠したまま、おじさんに尋ねている。
おじさんはクロモの方に向き直ると、神妙な顔で首を振った。
「残念ながら、これといった情報は得られておりません。そもそも姫が狙われる理由すら、分からないのです」
そりゃそうでしょ。実際にはお姫様が自分で逃げ出して起こしちゃった事故なんだから。
だけどそれを隠したいクロモは「そうですか」ともっともらしく頷いている。
「もしかしたら、私の考えすぎだったのかもしれません。姫自身ではなく、姫の持参金を狙ってやって来た物盗りに追われ、足を滑らせたのかもしれません」
いつの間に考えたんだろう、新しい説をクロモが唱える。
「持参金? クロモ殿はほとんど断られ、姫は最低限の物しか嫁入り道具として持って来なかったと聞いておりますが」
「現実を知る者がどれだけいるでしょう。末姫とはいえ国の姫が嫁ぐのなら莫大な財産が付いてくると思い込んでいる輩は少なくないでしょう」
なんとなく、クロモの声に軽蔑する声が含まれているような気がした。
「ふむ」
そんなクロモに気づいているのかいないのか、おじさんは顎に手をやり考えている。
そこへ、家のドアをノックする音が聞こえてきた。
「誰か来たようだ。失礼」
ひと言断ってクロモは突然訪問者の確認に向かう。当然おじさんと二人きりになってしまうわけで……気まずい。
クロモが完全に出て行ったのを確認しておじさんがわたしのいるベッドへと近づいて来た。クロモに魔法を掛けてもらっているからうっかり喋っちゃう心配はないけど、なにか不安で思わず逃げるようにベッドの中で尻込みした。
「姫。本当に記憶がないのでございますか?」
ついおじさんが怖くて「いやいや」と首を振ってしまった。それをおじさんは否定と受け取ったのか、ますます近くへと寄って来る。
「何か覚えていらっしゃるのですか?」
ずい、と寄られてわたしはますます怖くなって激しく首を振った。
そこへパタパタと足音を立てながらクロモともう一人、とても美しい波打つ金の髪をなびかせた女性が入って来た。
「勝手に入るなっ」
「あら、どうしてダメなの? 愛しいわたしのクロモが結婚したんですもの、ひと言くらい花嫁様に挨拶しないと」
おじさんもわたしもびっくりして固まる。
この女性は、誰?
そういえばお姫様と恋仲ではなかったという話は聞いていたけど、クロモに恋人がいたのかは聞いた覚えがない。
てことは、この人クロモの恋人? もしかしてお姫様にクロモを横取りされた形になって、怒ってる?
サァッと顔から血の気が引いた。
実際にはお姫様の方も別に好きな人がいてクロモと結婚したかったわけじゃないんだけど、その事をこの人が知るわけがない。そんで今はわたしがお姫様って事になってる。つまりこの人の敵意はわたしに向けられるって事だ。
同じように思ったのか、すかさずおじさんが立ちふさがるようにわたしを背にして立った。だけどクロモは口では「入るな」とか言ってたのに、その女性がこちらに近づいて来るのを止めようとするそぶりはなかった。
やっぱりあっちは本当の恋人でわたしはニセモノの花嫁だから?
「とまれ。姫に害をなすつもりか」
おじさんが女性に向かって制止する。女性は一応立ち止まりはしたものの、腕を組みおじさんをねめつけた。
「どうしてわたしのかわいいクロモのお嫁さんを傷つけなきゃならないのよ。だいたい貴方、誰?」
バチバチと二人の間に火花が散るのが見えた気がした。
そんな二人に割って入るように、クロモの深い深いため息が聞こえてきた。
「誤解を生むような言い方をする方が悪い。失礼。これは我が姉のミシメです」
0
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる