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なにを怒ってるの? 必要ないって、なにが? わたしが?

その3

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 クロモの姿を捜して家中を歩く。不意につい昨日の事が思い出されて不安に襲われる。

 だけどわたしはぷるぷると首を振ってそれを払いのけた。

 クロモはちゃんと、次からは声をかけるって約束してくれたんだから、大丈夫。

 自分にそう言い聞かせて、昨日みたいにパニックにならないように深呼吸する。

 とにかくとりあえず一度、自分の部屋に戻ろう。

 そう思って気持ちを落ち着かせるためにゆっくりと部屋に戻り、ふとベッドのサイドテーブルを見ると、一枚の小さなメモが置いてあった。朝起きた時には無かったものだ。

「クロモから?」

 そう思って慌てて手に取るけれど、読めない。

「クロモったら、わたしがこっちの世界の文字読めないって事、忘れちゃってるんだろうなぁ……」

 呟きながら、そのメモをじっと見つめる。

 推測するに、たぶんこれはどこかに出かけてくるという書置きなんだろう。そんなに長い文章じゃないから、行き先といつ頃帰ってくるかを書いてくれてるんだと思う。

 なんで直接言ってくれなかったんだろう。ぎゅっと胸が痛くなって寂しさがやってくる。けど、何があってわたしと口をきいてくれないのかは分からないけど、それでもわたしとの約束を守ろうとちゃんとこうやって書置きを残してくれて行ったんだと思うと、嬉しかった。怒ってても、わたしに気を使ってくれてるんだ。

 だから大人しく、部屋で待つことにする。

 けど、今のわたしに特にやる事もない。部屋でただボーっとしてたらどんどん不安が増してくる。だから不安を振り払うように、どうしたらクロモと仲直り出来るか考えてみる事にした。

 何かに怒ってるんなら謝れば許してもらえるかもしれない。けど、そもそもどうして怒っているのかが分からない。理由も分かってないのにただ謝るのは違う気がするし、同じ事でまた怒らせちゃう可能性が高い。

 クロモになんで怒ってるのか、訊いてみる?

 でもクロモはそれを言ってくれるだろうか。訊いて教えてくれるんなら、昨日とか今朝の時点で教えてくれてる気がする。けど、実際何度か「何か怒ってる?」って訊いてもクロモは答えてくれなかった。

 たぶん、今訊いてもクロモは答えてくれない。

 だったらせめて、クロモの為に何か出来ないかな。何かクロモが喜ぶことをして心が和らげば話も出来て仲直り出来るかもしれない。

 そう思ったら前向きになれた気がした。さっそく何をしたらクロモは喜んでくれるだろうかと考えてみる。

 一番最初に思いついたのは、単純だけれどクロモの好きな料理を作ってあげること。けど当然だけど瞬殺で却下。未だこの世界でお茶さえ入れられないのに料理なんて出来るわけないし、そもそもクロモが何を好きなのか知らない。なによりこの世界の料理を知らない。

 だったら何をしてあげたら喜ぶ?

 何かお手伝い……は、断られたよね。何も怒ってない時でさえ断られたのに今の状態で手伝いしてって言うとは思えない。

 あ、掃除とかどうだろう。お掃除ならそんなにやり方変わらないだろうし、道具の場所さえ分かればわたしでもなんとかなるかも。

 そう思うと俄然やる気が湧いてきた。

 まずはドレスが少しでも汚れないようにする為に、エプロンを探す。お姫様がそんな物持ってるかどうかは分からなかったけど、お嫁さんに来たんなら一枚くらい持ってきててもおかしくはない。

 そう思ったんだけど。それっぽい物が見当たらない。けど考えてみたら『割烹着』だってそうと知ってなきゃエプロンと同じ用途で使うようには見えないよね。お姫様のエプロンも、わたしには普通のドレスに見えて実はそうなのかも。

 どっちにしろ分かんないものはしょうがない。あんまり汚さないよう気を付けながらお掃除するしかない。

 部屋を出てお掃除道具を探し始める。それっぽい収納の扉を開けては閉め開けては閉め……。

 だけどそれらしい物は見つからない。掃除道具は頻繁に使うから、そんなに奥の方にしまうとは思えないんだけど。

 首を傾げながらあちこちの扉をパタンパタンしていると、いつの間に帰ってきたんだろう、クロモが後ろから声を掛けてきた。

「何をしている」

 その声は、やっぱり不機嫌そうに聞こえる。けど、声をかけてくれたのは嬉しい。だからわたしは出来るだけ明るい声で言った。

「あ、うん。お掃除をね、しようかと思って。道具を探してたの。どこにしまってあるのかな。あ、それとこの世界ってエプロンってあるのかな。お姫様の衣装箱探してみたけどそれっぽいの見当たらなくって。もしクロモ持ってるなら貸してくれない? お姫様のドレスだからやっぱり高級だろうし、お掃除で汚すのもったいないから」

 振り向きクロモの所に行きながら早口で答えたけど。

「必要ない」

 そう言ってくるりと向きを変えると、クロモはそのまま歩き出してしまう。わたしは慌ててクロモを追いかけ呼び止めた。

「ちょっと待って。必要ないって、掃除が? それともエプロンが?」

 だけどクロモは立ち止まる事もこちらを見る事も、返事をする事もなく歩き続ける。なんで?

 少しの間、返事が返ってくるのを期待してクロモの後ろをついて歩いたけど、クロモは振り向かないし足も止めてくれない。返事をするつもりなんかないんだと気付いて、わたしの足は止まった。

「わたしが、必要ないの?」

 ポロリと思いが声に出た。と同時に涙もポロリとこぼれる。


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