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悪友たちの会合
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ジェフリー・グライムスの人生において、ギルバート・ブルクハルトという男の存在は実に大きかった。
親同士が古くからの友人であったことに始まり、二人の付き合いはかれこれ二十年にも及ぶいわゆる幼馴染というやつだ。
性格は正反対、趣味嗜好も異なれば笑いのツボも合わない。半年に一度は一体なぜこんな男と付き合いを重ねているのかと首を傾げたくなるが、人生の重い決断を迫られた時に一番に相談する相手はいつでもギルバートだった。
なんだかんだと文句を言いながらも、お互いにとって特別な存在であることは間違いない。たとえこの先何があろうとも、自分だけはギルバートの味方でいようと心に決めていた。
ギルバートがかのジュリアス殿下の宝物を奪ったと知るその時までは、の話だが。
「はあぁぁああ!? おまっ、そりゃどういうことだ!?」
顎が外れる勢いで驚愕をあらわにしたジェフリーに、対面に座すギルバートが煩わしそうに眉を寄せた。
「喧しい」
「そりゃ喧しくもなるわ! だってお前っ、ジュリアス殿下のペットを誘拐したんだろ!? 昨日から国中にビラが配られて、誘拐犯は指名手配までされてるんだぞ!? その意味をちゃんとわかってんのか!?」
「ああ」
「ああ、じゃねぇよ! こんな時までスカしやがって、ったくよぉ~」
参ったというように額を手で覆って項垂れる。側から二人のやり取りを静観していたスタンが、柔和な顔立ちに苦笑いを浮かべて頰をかいた。
「はは、大変なことになったね」
この一見おっとりとして呑気な男は、意外にも聖騎士団の副団長を務める切れ者だ。
天性のカリスマ性こそあれど敵を作りやすいギルバートの補佐役として、様々な場面で仲介役を担ってきた功労者である。ギルバートに振り回されるのは慣れっこなのか、スタンは覚悟を決めたように頷いた。
「うん、起こってしまったことを今更アレコレ言っても仕方ないよね。誘拐犯がギルだっていうなら、俺たちは犯行がバレないように隠蔽工作するしかないね」
「いやいやいや!? 素直に自首して土下座したほうがいいんじゃねぇの!? ジュリアス殿下は慈悲深くて有名なお方だし、今ならまだ許してくれるかもしれねぇぞ」
「いや~、それはどうだろう。ジュリアス殿下がナオ様を寵愛していたのは有名な話だし、懸賞金までかけて行方を追ってるんだから相当お怒りなんじゃないかな。ノコノコ出て行ったところで晒し首にされて終わりな気もするけど」
穏やかな笑顔でとんでもないことを言ってのけるスタンに、怒りと動揺で赤く染まっていたジェフリーの顔からサーっと血の気が引いた。
「秘密を知っちまった以上、隠し通す以外に生きる道はねぇってことなのか……?」
「まあそうなるかな。どちらにせよ、俺は団長を裏切る気はないよ。不器用な男だけど、君には信念があるって信じているからね」
「信念なんかあんのかぁ? 単純にあのたぬ公が可愛いから攫っちまっただけじゃねぇの」
「コラ、ジュリアス殿下の宝物をたぬ公呼ばわりだなんてそれこそ首が飛ぶよ」
「……わっかんねぇなぁ。殿下にしろお前にしろ、あの毛玉の何がそんなにいいんだ? たぬきが好きならそこら辺の山から一匹持ち帰ってくりゃいいじゃねぇか」
理解できない、というように首を振ってギルバートに視線を向ける。ちらりとジェフリーを一瞥したギルバートが、独り言のようにポツリとこぼした。
「離れない」
「は?」
「頭から離れないんだ。忘れようとしても目を閉じると姿が浮かぶ。そばにいないと落ち着かない。……触れると心が安らぐ」
「お前本当にギルバートか?」
「どういう意味だ」
「いや、揶揄ってるとかじゃなくて真面目にさ、お前がそんな風に他人に関心持つのなんて初めてじゃねぇか? 昔っからどんな美人にアプローチされても靡かねぇとは思ってたけど、まさか恋愛対象が動物だったとはな」
「恋愛対象?」
「いつでもどこでも相手のこと考えて忘れらんねぇなんて恋以外にねぇだろ。まっさかたぬき相手に本気で惚れちまうとはねぇ。やけに目で追ってるからよっぽどたぬきが好きなんだと思ってたが、好きなのはたぬきじゃなくてナオだったってわけね」
「ナオ"様"だよ。ジュリアス殿下の特別な存在なんだ、俺たちなんかが呼び捨てにしていい相手じゃないよ」
「……つまりは殿下もたぬきにほの字ってことか?」
「じゃなきゃ慈悲深き王子様が誘拐犯を指名手配なんかしないんじゃないかな」
「マジかよ……」
驚きに満ちたジェフリーの呟きに、スタンはなんとも言えない顔をして頷いた。
その一方で、衝撃の事実を告げられたというように固まる男が一人。瞬きすら忘れて硬直するギルバートを視界にとらえると、スタンは困ったように眉を垂らして微笑んだ。
「ギル、難しく考えることはないよ。誰かのそばにいたいって思うなら、そばにいられるように相手の喜ぶことをして相手に好かれる努力をすればいいんだ。その気持ちが親愛なのか友愛なのかは、相手のそばにいるうちに自然とわかるんじゃないかな」
「……落ち込んでいた」
「うん?」
「殿下に会うという望みは叶ったはずだ。……殿下に拒絶されたのかもしれない」
「落ち込んでいるなら元気付けてあげなきゃね。たとえばお花やお菓子を贈るとか、君のお気に入りの場所に連れて行ってあげるとか、他には何かあるかな?」
「美味いもん食えば大抵のことはどうでもよくなるだろ」
「うん、ジェフのそういうところ、俺は好きだよ」
「なんだよ、褒めたってなんも出ねぇぞ。あ、昼に食いかけて忘れてたやつならあるけど食うか?」
「ありがとう、お腹いっぱいだから遠慮しておくよ」
ポケットから食べかけのサンドイッチを取り出したジェフリーを一瞥して、ギルバートはため息混じりに目を伏せた。
「……お前は気楽でいいな」
「お前は気難しすぎんだよ」
「うん、ジェフの言う通りギルは難しく考えすぎなんだよ。大丈夫、君に優しくされて喜ばない人はいないよ。なんたって氷の貴公子様だからね」
「ははっ、そのあだ名傑作だよな。コイツが貴公子ってガラかよ。ただの口下手だろ」
おかしそうに手を叩いて笑うジェフリーを鋭く睨み返しながらも、ギルバートの表情は憑き物が落ちたように穏やかだった。
親同士が古くからの友人であったことに始まり、二人の付き合いはかれこれ二十年にも及ぶいわゆる幼馴染というやつだ。
性格は正反対、趣味嗜好も異なれば笑いのツボも合わない。半年に一度は一体なぜこんな男と付き合いを重ねているのかと首を傾げたくなるが、人生の重い決断を迫られた時に一番に相談する相手はいつでもギルバートだった。
なんだかんだと文句を言いながらも、お互いにとって特別な存在であることは間違いない。たとえこの先何があろうとも、自分だけはギルバートの味方でいようと心に決めていた。
ギルバートがかのジュリアス殿下の宝物を奪ったと知るその時までは、の話だが。
「はあぁぁああ!? おまっ、そりゃどういうことだ!?」
顎が外れる勢いで驚愕をあらわにしたジェフリーに、対面に座すギルバートが煩わしそうに眉を寄せた。
「喧しい」
「そりゃ喧しくもなるわ! だってお前っ、ジュリアス殿下のペットを誘拐したんだろ!? 昨日から国中にビラが配られて、誘拐犯は指名手配までされてるんだぞ!? その意味をちゃんとわかってんのか!?」
「ああ」
「ああ、じゃねぇよ! こんな時までスカしやがって、ったくよぉ~」
参ったというように額を手で覆って項垂れる。側から二人のやり取りを静観していたスタンが、柔和な顔立ちに苦笑いを浮かべて頰をかいた。
「はは、大変なことになったね」
この一見おっとりとして呑気な男は、意外にも聖騎士団の副団長を務める切れ者だ。
天性のカリスマ性こそあれど敵を作りやすいギルバートの補佐役として、様々な場面で仲介役を担ってきた功労者である。ギルバートに振り回されるのは慣れっこなのか、スタンは覚悟を決めたように頷いた。
「うん、起こってしまったことを今更アレコレ言っても仕方ないよね。誘拐犯がギルだっていうなら、俺たちは犯行がバレないように隠蔽工作するしかないね」
「いやいやいや!? 素直に自首して土下座したほうがいいんじゃねぇの!? ジュリアス殿下は慈悲深くて有名なお方だし、今ならまだ許してくれるかもしれねぇぞ」
「いや~、それはどうだろう。ジュリアス殿下がナオ様を寵愛していたのは有名な話だし、懸賞金までかけて行方を追ってるんだから相当お怒りなんじゃないかな。ノコノコ出て行ったところで晒し首にされて終わりな気もするけど」
穏やかな笑顔でとんでもないことを言ってのけるスタンに、怒りと動揺で赤く染まっていたジェフリーの顔からサーっと血の気が引いた。
「秘密を知っちまった以上、隠し通す以外に生きる道はねぇってことなのか……?」
「まあそうなるかな。どちらにせよ、俺は団長を裏切る気はないよ。不器用な男だけど、君には信念があるって信じているからね」
「信念なんかあんのかぁ? 単純にあのたぬ公が可愛いから攫っちまっただけじゃねぇの」
「コラ、ジュリアス殿下の宝物をたぬ公呼ばわりだなんてそれこそ首が飛ぶよ」
「……わっかんねぇなぁ。殿下にしろお前にしろ、あの毛玉の何がそんなにいいんだ? たぬきが好きならそこら辺の山から一匹持ち帰ってくりゃいいじゃねぇか」
理解できない、というように首を振ってギルバートに視線を向ける。ちらりとジェフリーを一瞥したギルバートが、独り言のようにポツリとこぼした。
「離れない」
「は?」
「頭から離れないんだ。忘れようとしても目を閉じると姿が浮かぶ。そばにいないと落ち着かない。……触れると心が安らぐ」
「お前本当にギルバートか?」
「どういう意味だ」
「いや、揶揄ってるとかじゃなくて真面目にさ、お前がそんな風に他人に関心持つのなんて初めてじゃねぇか? 昔っからどんな美人にアプローチされても靡かねぇとは思ってたけど、まさか恋愛対象が動物だったとはな」
「恋愛対象?」
「いつでもどこでも相手のこと考えて忘れらんねぇなんて恋以外にねぇだろ。まっさかたぬき相手に本気で惚れちまうとはねぇ。やけに目で追ってるからよっぽどたぬきが好きなんだと思ってたが、好きなのはたぬきじゃなくてナオだったってわけね」
「ナオ"様"だよ。ジュリアス殿下の特別な存在なんだ、俺たちなんかが呼び捨てにしていい相手じゃないよ」
「……つまりは殿下もたぬきにほの字ってことか?」
「じゃなきゃ慈悲深き王子様が誘拐犯を指名手配なんかしないんじゃないかな」
「マジかよ……」
驚きに満ちたジェフリーの呟きに、スタンはなんとも言えない顔をして頷いた。
その一方で、衝撃の事実を告げられたというように固まる男が一人。瞬きすら忘れて硬直するギルバートを視界にとらえると、スタンは困ったように眉を垂らして微笑んだ。
「ギル、難しく考えることはないよ。誰かのそばにいたいって思うなら、そばにいられるように相手の喜ぶことをして相手に好かれる努力をすればいいんだ。その気持ちが親愛なのか友愛なのかは、相手のそばにいるうちに自然とわかるんじゃないかな」
「……落ち込んでいた」
「うん?」
「殿下に会うという望みは叶ったはずだ。……殿下に拒絶されたのかもしれない」
「落ち込んでいるなら元気付けてあげなきゃね。たとえばお花やお菓子を贈るとか、君のお気に入りの場所に連れて行ってあげるとか、他には何かあるかな?」
「美味いもん食えば大抵のことはどうでもよくなるだろ」
「うん、ジェフのそういうところ、俺は好きだよ」
「なんだよ、褒めたってなんも出ねぇぞ。あ、昼に食いかけて忘れてたやつならあるけど食うか?」
「ありがとう、お腹いっぱいだから遠慮しておくよ」
ポケットから食べかけのサンドイッチを取り出したジェフリーを一瞥して、ギルバートはため息混じりに目を伏せた。
「……お前は気楽でいいな」
「お前は気難しすぎんだよ」
「うん、ジェフの言う通りギルは難しく考えすぎなんだよ。大丈夫、君に優しくされて喜ばない人はいないよ。なんたって氷の貴公子様だからね」
「ははっ、そのあだ名傑作だよな。コイツが貴公子ってガラかよ。ただの口下手だろ」
おかしそうに手を叩いて笑うジェフリーを鋭く睨み返しながらも、ギルバートの表情は憑き物が落ちたように穏やかだった。
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