悪役令嬢に転生したけど、恋愛より“支配契約”の方が興奮します

猫屋敷/犬太郎

文字の大きさ
5 / 26
第1話 空の秩序にして契約なき忠誠

第5節 女としての視線

しおりを挟む

 静けさとは、時に思索を誘い、時に邪魔をする。

 深夜の執務室に、紅茶と共に置かれた一枚の文書は、まさに後者であった。
 蝋引きの封筒に刻まれた帝都発の印章。
 その横に添えられた、もう一つの封筒。
 差出人の名は、明確にして苛立たしさの塊であった。

 ――帝国貴族院・社交部斡旋局。

 まるで菓子折りでも差し出すような体裁で届けられたこの文書は、端的に言えば、見合いの勧誘である。
 しかも、礼儀作法を気取った文面の裏には、明確な“意図”があった。

 交易総督レティシア・クロード。
 才幹、統治実績、帝国忠誠度――いずれも優。
 だが独身。年齢は若すぎず、だが子を成すには申し分ない。
 加えて美貌。少なくとも、貴族社会が“女”に求める体裁を、過不足なく備えていた。

 すなわち、“政略結婚の材料”としては申し分ない。

 レティシアは、椅子に浅く腰掛けながら、封筒を無造作に開く。
 中から現れたのは、数名の候補者リスト。
 “伯爵家嫡子”や“将軍家の三男”など、見るからに帝都社交界の回覧板といった面々である。

「……クソ喰らえ、だな」

 吐き捨てた声に、もはや女らしさの微塵もなかった。
 だが、これが彼女――かつて“彼”であった男の、もっとも素に近い声音だった。

 帝都における婚姻は、契約である。
 それは政治の延長であり、血統の調整装置であり、序列維持の手段だ。
 そこに個人の意思など、形式上すら存在しない。

 形式だけの貴族。名ばかりの軍人。
 彼らは“交易総督”という外様官職に、己の地位を接合しようとしてくる。
 まるで、貧乏家が銀行に婿を入れるかのように。

「女として扱うのなら、その資格を示せ。……私は、愛されるつもりなどない」

 呟きは独白に近い。誰にも聞かせる気のない、内なる諦観。

 かつて、彼女にも“婚約者”と呼ばれた人物がいた。
 省内の上席補佐官。貴族の出でありながら、官僚としての手腕もあった。
 少なくとも、当初は“同志”と思える相手だった。

 だが、昇進の階梯を一つ上がったとき。
 帝国から下された総督任命の辞令が、彼女の机に届いたとき。
 ――彼は豹変した。

「俺の名を使って、昇進したのか?」

 その言葉には、支配者としての男の奢りと、女としての彼女への侮蔑が混じっていた。
 なるほど、確かに彼の紹介で、彼女は帝都に出入りできるようになった。
 だが、昇進の理由はあくまで実績であり、才幹である。
 実際に政務を執り、財政を黒字に戻したのは、他でもない彼女自身だった。

 だが、そうした現実は“男のプライド”を上塗りするには足りなかった。

 最終的に、彼女は“婚約破棄”を突きつけられた。
 理由は「貞淑に欠ける」「女らしさに欠ける」――まるで19世紀の喜劇である。
 その報告書を読んだ上司の一人は、ただ一言こう評した。

「惜しいな、奴も。君の下に付く男でいられれば、歴史に名を残せたかもしれんのに」

 皮肉でも何でもなかった。
 ただし、その“君”が“女”である限り、帝国という制度はそれを認めない。
 帝国における“女”の成功には、常に仮定法がつきまとう。
 ――男であれば、もっと評価されていた。

「恋だの、愛だの……くだらない」

 それは、一度も本当の意味で“女”として扱われたことのない者の、ひねくれた告白。
 あるいは、“女”であることに興奮も嫌悪も抱かず、ただ制度の歯車として存在する者の冷笑。

 封筒を一つにまとめ、蝋燭の炎にかざす。
 文面が炎に呑まれ、貴族たちの経歴が煤けていく。

 灰となった紙片が、書類の間を舞い、カップの縁に落ちた。

 レティシアはそれを払いもせず、静かに呟いた。

「命令を下すことに、性別はいらない。従う者がいれば、それだけで充分だ」

 帝国の天上に浮かぶ空は、今夜も静かであった。
 だが、彼女の胸に芽生えた苛立ちは、確実に、次の決断を早めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

没落ルートの悪役貴族に転生した俺が【鑑定】と【人心掌握】のWスキルで順風満帆な勝ち組ハーレムルートを歩むまで

六志麻あさ
ファンタジー
才能Sランクの逸材たちよ、俺のもとに集え――。 乙女ゲーム『花乙女の誓約』の悪役令息ディオンに転生した俺。 ゲーム内では必ず没落する運命のディオンだが、俺はゲーム知識に加え二つのスキル【鑑定】と【人心掌握】を駆使して領地改革に乗り出す。 有能な人材を発掘・登用し、ヒロインたちとの絆を深めてハーレムを築きつつ領主としても有能ムーブを連発して、領地をみるみる発展させていく。 前世ではロクな思い出がない俺だけど、これからは全てが報われる勝ち組人生が待っている――。

魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ
ファンタジー
過労で倒れた社畜女子シオンの転生先は、まさかの魔王城。 無邪気に暴虐無人な上司(魔王)のもとで便利屋事務員としてドタバタな日々を過ごすうちに、寡黙な悪魔レヴィアスの思わぬ優しさに惹かれはじめていた。 ある日、突然変異したモンスターの暴走によって魔王城での生活は一変。 ーーそれは変異か、陰謀か。 事態を解明するために、シオンたちは世界各地で奔走する。 直面したことのない危険や恐怖に立ち向かうシオンは、それを支えるレヴィアスの無自覚で一途な愛情に翻弄されて……? 働くことでしか自分を認められないシオンが、魔王城で働く魔物たちの心をほぐしながら自分の価値を見つけていくファンタジーお仕事じれ恋ストーリー。

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)

ラララキヲ
ファンタジー
 乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。  ……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。  でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。 ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」  『見えない何か』に襲われるヒロインは──── ※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※ ※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※ ◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

処理中です...