悪役令嬢に転生したけど、恋愛より“支配契約”の方が興奮します

猫屋敷/犬太郎

文字の大きさ
17 / 26
第2話 契約と断罪と、空の秩序

第5節 取引なき排除

しおりを挟む


 “制度外の存在”とは、往々にして制度の副産物である。
 総督府第七環庁舎――帝国東方交易省の中でも最前線に位置するこの浮遊行政区において、制度外の者とはすなわち“通達と署名を伴わない意志”を指す。

 それが誰であろうと、どれほど立派な肩書を有していようと、署名と承認印がなければ、存在としての正当性は否定される。
 元帝国軍将校であろうが、かつて貴族籍を有していようが、現制度における位置づけがなければ“空気より軽い”。

 レティシア・クロードは、机上に広げられた報告書の一枚に目を留めると、わずかに眉をひそめた。

「……名前は?」

 補佐官《カティア》が淡々と答える。

「元帝国陸軍中佐、アダルベルト・シュタインフェルト。退役後、商務局外郭団体に一時籍を置いていた記録あり。現在は“自由交易圏経済振興組合”名義の特別顧問として西部空域に滞在」

「制度上の所属は?」

「なし。顧問職は任意団体による私的委嘱。帝国中央登録では『商業関与による政治活動』とのみ記録あり。公的地位は存在しません」

 つまり“いない”ということだ。
 帝国法体系下において、政治的存在であっても制度上の地位を欠く場合、それは「行政にとって認識不能な変数」である。
 もとより帝国は、命令と通達によって世界を再編する体制である以上、“命令が届かない者”は、存在そのものが無意味とされる。

 レティシアは椅子に深く沈み込み、スカートの皺を整えるようにしてゆっくりと指を動かした。
 黒の軍装の袖が静かに揺れ、革のベルトが金具の音をわずかに鳴らす。

「本来なら、反逆罪の容疑で帝都への移送が順当だが……それも“制度”に基づく立件があればの話」

「はい。しかし、現状ではどの省庁も“関知していない”という姿勢を取っています」

 つまりは、“誰も責任を持ちたくない”ということである。

 中央官僚の誰かが、かつての縁故で旧将校に便宜を図り、その結果、自由商会を通じて空賊へと利が流れた。
 政治的スキャンダルの火種でありながら、制度上の痕跡が薄い以上、処理は“黙殺”か“排除”の二択になる。

 レティシアは書類の束を脇へ除け、乾いた声で告げた。

「――抹消処理を。接触は不要、交渉も不可。制度に属さぬ者に対して、我々は命令すら発しない」

 この言葉に、カティアはほんのわずかに視線を動かした。
 だが、それ以上の反応は示さない。補佐官とは、制度の翻訳装置であり、感情の緩衝材ではない。

「了解しました。“事故”として処理し、後続調査は報告義務なしの項に格納いたします」

「加えて、関係する帝都官僚の名義調査は保留とする。明確な証拠が出た時点で、初めて制度上の介入を正当化できる。……現段階では“触れない”のが最適解だ」

「では、“制度外”の論理で処理を?」

「そう。“制度外”とは、“制度を語らずに行使する命令”だ」

 カティアは短く頷き、手元の記録端末に処理内容を入力していく。

 アダルベルト・シュタインフェルト――その名は、かつて帝国の軍務に忠誠を誓った将校であったかもしれない。
 だが今、彼は制度外の人間であり、空賊という“敵”に情報と金を供与した“非正規存在”である。
 “正規の記録”がない以上、“制度の剣”によって裁かれることもない。

 だからこそ――排除は“記録に残らない形式”で実行される。

 命令も、署名も、通達も、存在しない。
 ただ、“その男が存在しなくなった”という事実だけが、翌日の報告書にひっそりと付記される。

 その時点で、彼は「制度上、最初から存在しなかった」ことになる。

 ――制度とは記録であり、記録とは世界そのものである。
 ゆえに、“記録されない者”は、世界から見て最初から存在しないのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

没落ルートの悪役貴族に転生した俺が【鑑定】と【人心掌握】のWスキルで順風満帆な勝ち組ハーレムルートを歩むまで

六志麻あさ
ファンタジー
才能Sランクの逸材たちよ、俺のもとに集え――。 乙女ゲーム『花乙女の誓約』の悪役令息ディオンに転生した俺。 ゲーム内では必ず没落する運命のディオンだが、俺はゲーム知識に加え二つのスキル【鑑定】と【人心掌握】を駆使して領地改革に乗り出す。 有能な人材を発掘・登用し、ヒロインたちとの絆を深めてハーレムを築きつつ領主としても有能ムーブを連発して、領地をみるみる発展させていく。 前世ではロクな思い出がない俺だけど、これからは全てが報われる勝ち組人生が待っている――。

魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ
ファンタジー
過労で倒れた社畜女子シオンの転生先は、まさかの魔王城。 無邪気に暴虐無人な上司(魔王)のもとで便利屋事務員としてドタバタな日々を過ごすうちに、寡黙な悪魔レヴィアスの思わぬ優しさに惹かれはじめていた。 ある日、突然変異したモンスターの暴走によって魔王城での生活は一変。 ーーそれは変異か、陰謀か。 事態を解明するために、シオンたちは世界各地で奔走する。 直面したことのない危険や恐怖に立ち向かうシオンは、それを支えるレヴィアスの無自覚で一途な愛情に翻弄されて……? 働くことでしか自分を認められないシオンが、魔王城で働く魔物たちの心をほぐしながら自分の価値を見つけていくファンタジーお仕事じれ恋ストーリー。

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)

ラララキヲ
ファンタジー
 乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。  ……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。  でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。 ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」  『見えない何か』に襲われるヒロインは──── ※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※ ※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※ ◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

処理中です...