悪役令嬢に転生したけど、恋愛より“支配契約”の方が興奮します

猫屋敷/犬太郎

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第2話 契約と断罪と、空の秩序

第7節 補佐官カティアの報告

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 朝靄が晴れぬうちから、浮遊都市《セレスティア第七環》の政庁舎は静かに脈動を始めていた。

 この都市の“中枢”にして“装置”たる総督府――その上層階、遮音強化された応接兼報告室に、二人の官僚の影が落ちていた。

 レティシア・クロード。帝国東方交易省第七環の総督。

 そして補佐官、《カティア》。

 ――無言のうちに通達の一報を手渡したのは、後者である。

「帝都より、新規通達が到着しました。通達番号は“第D-84-B・特別対策通知”、発出者は東方交易省本局、三階層監察課です」

「署名者は?」

「名義は《グレンダ・フィル=アーク卿》――形式的には省庁序列上の指導補佐官ですが、実質的には“副局長級”と見なされます」

「ふむ。……帝都で椅子の温度を気にする程度の存在が、なぜここへ“命令”を? しかも、この段階で?」

 レティシアの口調は静かだったが、その裏にあったのは、警戒に近い冷笑である。

 ――なぜ“今”なのか。なぜ“この内容”なのか。

 紙面には、些細な文言で綴られた一文が存在していた。

 それは表面的には、ただの監査派遣準備の通知でしかない。だがその語調、時機、文式、記載順序の一つひとつが、彼女に異物感を植え付けるに充分だった。

(……これは、命令の皮を被った“意図”だ)

 そう読める者は限られていた。そして、その限られた人間の一人が――傍らの補佐官《カティア》だった。

「総督。もし差し支えなければ、“表面の意味”をそのまま受け取るのは危険です」

「カティア。君がそう述べる時は、既に何か見えた時だ。――報告を」

「では、許可をいただきます」

 カティアは、一歩だけ進み、身を少し傾けてから、まるで機械が台詞を読み上げるように言葉を紡ぎ始めた。

「通達D-84-Bは、監査準備と称して、空域西部の監視体制の再編を示唆しています。文面上は交易航路の再調査が目的とされておりますが――」

「“その航路”に、なぜか《帝国官製艦》の動きが含まれている?」

「……はい。通達文中では“民間交易業者を中心に”とされているにもかかわらず、航路指定は《帝国製交易艦》の通常運用範囲と一致。しかも“再編成”という表現が、不自然に含まれています」

 レティシアは頷く。その表情は変わらぬままだ。

「つまり、民間装って国家運用。上層からの“非公開指令”がすでに進行中という仮定か。良い読みだ」

「補足しますと――」

 カティアは資料束の奥から、一枚の文書を静かに抜き取った。

「この監査通達の直前、帝都では《行政合同会議》第五班の議題に《東方空域交易整備》が急遽追加されています」

「……非公開議題で?」

「はい。議事録には“空域収束措置に関する協議”という曖昧な見出ししか残されていません。しかし会議には《内務監察庁》の臨席も確認されております」

 空気がわずかに張り詰めた。

 内務監察庁――制度内の制度、官僚の官僚、すなわち“制度に対する制度的疑義”を正すための異端審問機構。

 それが動くということは、制度が“自らを疑い始めた”ことを意味する。

「……我々が制度の道具に徹している間に、“制度の上位階層”が別の道具を用意し始めた。――そういう構図か」

「はい。おそらくは“制度の再調整”が行われる前触れです。そして、総督府が標的となる可能性は高いと推定されます」

「なるほどな。あくまで“再調整”であって、“告発”ではない……と、彼らは言いたいのだろうが」

 皮肉に彩られた笑みが、レティシアの口元をかすかに引いた。
 それは官僚の笑みであり、演者の余裕だった。

 だが――カティアの表情は、一切動かなかった。

「補足をもう一点。……通達の文末、署名者の個人印影が極めて微細に加工されています。“偽造防止”のためと称した技術ですが……」

「――それは、すり替え可能ということでもあるな」

「はい。いわば《二重構造》です。正規の命令と見せかけ、特定の関係者だけが“真意”を受け取れる仕掛け。……制度上は合法ですが、意図は不明です」

 レティシアは静かに目を閉じた。

(つまりこれは、“忠誠の再構成”を迫る儀式である――)

 命令という演劇において、脚本を書き換える権限は上位層にある。
 だが、演者がそれを“見抜ける”かどうかは、制度の隠された試験でもある。

「……カティア。君は、忠誠をどこに置いている?」

「制度の“正当な運用”に、です。個人でも命令でもありません」

「結構」

 その答えに、満足げな色すら見せず、レティシアは手元の文書に朱を入れた。

 赤い印章は、帝国の“命令”を意味し――同時に、制度という舞台における演技の継続を宣言する“沈黙の合図”でもあった。

 「……この文書の意味を解釈し、我々なりの“通達”として出力し直せ。カティア、君に任せる」

「了解しました」

 カティアは、なおも無表情のまま、極めて規律的に頭を下げた。

 その所作の一つ一つが、まるで制度の忠誠を“再現”するために調整された器官のようで――だからこそ、どこか異様な、凍りつくような“忠誠心”を感じさせた。

 ――それは、もはや人間的な忠誠ではなく、“命令に適合した器”としての存在そのものだった。

 だからこそ、レティシアは危惧する。

(この少女が、いつか“制度の裏側”を選ぶ時、私はそれを止められるのか?)

 だが今はまだ、その仮定は“保留”のままでよい。
 総督とは、命令の出力装置に過ぎぬのだから。
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