悪役令嬢に転生したけど、恋愛より“支配契約”の方が興奮します

猫屋敷/犬太郎

文字の大きさ
22 / 26
第2話 契約と断罪と、空の秩序

第10節 命令と紅茶

しおりを挟む


 午後四時、政庁舎の最上階にて、空は曇天に沈み、空域の光はまるで制度そのもののように冷たい色をしていた。

 その空の下、帝国東方交易省《第七環》総督レティシア・クロードは、書記官からの伝令を受け取り、一枚の書状に目を通していた。

 封蝋には帝都の正規印が捺され、書面は“通達文”の体裁を取りつつも、その内容は“命令”という言葉にすら畏敬を感じさせるものだった。

 いや、正確には――これは“命令”ですらない。

 制度の上位構造により自動的に発せられた“絶対的通達”。
 すなわち、それは「存在した時点で成立している従属義務」であり、実行か拒絶かという選択肢など初めから存在しない。

 (また来たか、帝都の“意思なき意思”が)

 紅茶の湯気が静かに立ち上る中、レティシアは書状の最後の段落にだけ注意深く目を通す。

 命令に署名はない。誰が書いたかではなく、“制度そのものが語った”とされる形式。
 宛名もまた、レティシアではなく《第七環総督宛》と記されていた。

 それはつまり、肉体を持つ一個人ではなく、“職位に命令する”という構造の明示である。

 (レティシア・クロードではなく、“総督”が命令を受けたのだ)

 指先の紅茶が冷めていく。

 かすかにスモーキーな香りを放つダージリンの深い味は、制度に組み込まれた日常の象徴でもあった。

「……補佐官」

 呼ばれてすぐに現れたのは、無表情のまま姿勢を正す補佐官《カティア》である。

「新たな命令です。内容は?」

「帝都より通達。“空域安全性の早期確保を最優先課題とし、非公式な障害因子の即時除去を推奨する”とのこと」

「……命令ではなく、推奨?」

 カティアはわずかに首を傾げた。

「形式上は“推奨”ですが、文末には“措置を講じない場合、制度上の責任が問われる”とも」

「つまり、“選択可能な命令”か。“選ばない選択肢は存在しない”といういつもの形式」

 レティシアはため息とともに一口、紅茶を含む。口腔に広がる温度と味覚は、制度の冷酷さに比して、あまりに人間的だった。

「我々の裁量は?」

「明記されておりません。“貴職の判断に委ねる”との一文が追記されております」

「……責任を下へ投げることで、制度はいつでも上位性を保つ。人が死のうが、船が墜ちようが、それは“判断”の問題に過ぎない」

「その通りです、総督」

 レティシアは一度、紅茶のカップをソーサーに戻し、指を組んだまま思考の海に沈む。

 制度の構造は、常にこうである。

 命令は下るが、決して“命令”と明言されることはない。
 通達という形式で発せられ、受け取る側に“判断の余地”を与えたように見せかけて、責任と結果の全てを押し付けてくる。

 その一方で、従わなければ“制度に逆らった”という記録が残る。

 つまり――実質的には、命令よりも強い、絶対的な“従属”なのである。

「執行部門に命令を。形式上は“交易安全維持措置の一環”として、既知の空域異常因子を排除せよ」

「了解しました。文言は、“通達に基づく現場判断”として処理します」

「それで構わない。私たちは命令を実行しているのではない。“命令を選んだように見せかけている”だけだ」

 そう語るその声は、まるで“制度そのもの”が語っているかのようだった。

 紅茶は、すでに冷めていた。
 しかしレティシアにとっては、それこそが“行政装置としての自己”を確かめる証でもあった。

 熱がないのは、制度も同じである。
 命令も、通達も、そこには感情がない。

 だからこそ――この世界では、「熱をもって動く者」が最も危険なのだ。

 冷えた紅茶の中、レティシア・クロードは静かに、次なる“形式的従属”へと歩を進めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

没落ルートの悪役貴族に転生した俺が【鑑定】と【人心掌握】のWスキルで順風満帆な勝ち組ハーレムルートを歩むまで

六志麻あさ
ファンタジー
才能Sランクの逸材たちよ、俺のもとに集え――。 乙女ゲーム『花乙女の誓約』の悪役令息ディオンに転生した俺。 ゲーム内では必ず没落する運命のディオンだが、俺はゲーム知識に加え二つのスキル【鑑定】と【人心掌握】を駆使して領地改革に乗り出す。 有能な人材を発掘・登用し、ヒロインたちとの絆を深めてハーレムを築きつつ領主としても有能ムーブを連発して、領地をみるみる発展させていく。 前世ではロクな思い出がない俺だけど、これからは全てが報われる勝ち組人生が待っている――。

魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ
ファンタジー
過労で倒れた社畜女子シオンの転生先は、まさかの魔王城。 無邪気に暴虐無人な上司(魔王)のもとで便利屋事務員としてドタバタな日々を過ごすうちに、寡黙な悪魔レヴィアスの思わぬ優しさに惹かれはじめていた。 ある日、突然変異したモンスターの暴走によって魔王城での生活は一変。 ーーそれは変異か、陰謀か。 事態を解明するために、シオンたちは世界各地で奔走する。 直面したことのない危険や恐怖に立ち向かうシオンは、それを支えるレヴィアスの無自覚で一途な愛情に翻弄されて……? 働くことでしか自分を認められないシオンが、魔王城で働く魔物たちの心をほぐしながら自分の価値を見つけていくファンタジーお仕事じれ恋ストーリー。

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)

ラララキヲ
ファンタジー
 乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。  ……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。  でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。 ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」  『見えない何か』に襲われるヒロインは──── ※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※ ※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※ ◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

処理中です...