18 / 22
第2話
第6節 魔王陛下、ヒアリングは地獄です
しおりを挟む魔王の間──そこは、威圧と静寂、そして“非合理”が共存する空間だった。
巨大な黒曜石の玉座の上、漆黒のマントを纏い、二本の角を掲げた魔王ゼル=ヴァルトが、じっとカナス・アスカルトを見下ろしていた。その眼差しは、まるで問いかけるように……いや、疑っていた。
「お前が、主任か?」
返す言葉は一つしかない。
「はい。地上企業から転生して参りました、カナス・アスカルトと申します。現在、採用および業務改善を兼任しております」
頭を下げた瞬間、玉座脇に控えていた配下たちのざわめきが走る。
“主任”?
“転生”
“業務改善”?
言葉の一つ一つが、彼らの常識の外にあった。
「ふむ……して、貴様の“スキル”とやらは……?」
魔王の低い声が響く。
「……『平時調整』です」
数瞬の静寂の後──爆笑が巻き起こった。
「ぺ、平時……!?」「何と戦うんだよ、それ……」
耐え難い嘲笑。カナスは、静かに額に手を当てた。
──これは想定通り。いや、予定調和だ。
「“平時調整”とは何か」と問われれば、説明は難しい。
戦闘力が上がるでも、魔術が使えるでもない。だが、不穏が起きていないときこそ、歪みを察知し修正する力。人間の職場でいえば、火事になる前に火種を見つけ、地道に片付けていくような──つまり、割に合わない雑務特化のスキルである。
「……貴様、“地味すぎる”わ!」
魔王が言い放つと、またしても笑いが湧き起こる。
だが、カナスは静かに、懐から資料を取り出した。それは、魔導パワーポイントによる改革案の第一稿だった。
「こちらをご覧ください、陛下。現状の人材流出率は前線兵の60%、中間管理職の離脱率に至っては月平均19%。しかも定着率は3週間を超えません」
「…………なに?」
「こちらが前線駐屯地別の定着状況、そしてこちらが罵声と戦死率の相関図。このままでは、三ヶ月以内に“第七方面軍の壊滅”が予測されます」
静寂が落ちる。
魔王も、周囲の側近たちも、口を閉ざしていた。
──誰も、そんな数字を出せなかった。
なぜなら、誰もまとめていなかったからだ。
誰も、そこまで“地味に”“丁寧に”現場を見てこなかったからだ。
「……貴様、それをいつ、どうやって……?」
魔王が問う。
「初日に面接記録を閲覧し、前線視察の傍らで現場ヒアリングを。さらに記録の塔より過去10年分の人事資料を抽出・分析し、パワポに落とし込みました。あと徹夜しました」
ざわめきが広がる。
──徹夜?
──分析?
──パワポ?
まるで、異次元の言語だった。
だが、魔王の顔から笑みが消えていた。
むしろ……一つ、理解したように目を細める。
「貴様、“魔族”か?」
「いいえ。元・人間の主任です」
「ならば……」
魔王は、ゆっくりと立ち上がる。玉座の上から降り、まっすぐにカナスの前へと歩み寄った。
そして──
「お前に、任せる」
それは、一つの宣言だった。
──この“異邦の主任”に、魔王軍の“人材問題”を託すという決定。
「……ありがとうございます。では、早速各方面軍の中間管理職ヒアリングから始めさせていただきます」
魔王は僅かに目を見開いた。
あまりに即答すぎる。あまりに段取りが明瞭すぎる。それはもう、“戦術”の域だった。
「──貴様、何者だ?」
「ただの、疲れたブラック企業のサラリーマンです」
その声は、静かで、皮肉に満ちていた。
まるで、笑っていなければ壊れてしまいそうな彼女の“最後の理性”だった。
そしてこの日、魔王軍は──一人の異世界転生者によって、“業務改革”の名の下に動き出す。
──混沌と戦うのは、剣でも魔法でもなく、段取りと資料と疲弊した主任なのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
構造理解で始めるゼロからの文明開拓
TEKTO
ファンタジー
ブラック企業勤めのサラリーマン・シュウが転生したのは、人間も街も存在しない「完全未開の大陸」だった。
適当な神から与えられたのは、戦闘力ゼロ、魔法適性ゼロのゴミスキル《構造理解》。
だが、物の仕組みを「作れるレベル」で把握できるその力は、現代知識を持つ俺にとっては、最強の「文明構築ツール」だった――!
――これは、ゴミと呼ばれたスキルとガラクタと呼ばれた石で、世界を切り拓く男の物語。
企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する
namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。
転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。
しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。
凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。
詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。
それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。
「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」
前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。
痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。
そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。
これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
幼女無双~魔王の子供に転生した少女は人間界で無双する~
ninjin
ファンタジー
絶大なる魔力を魔王から引き継いで、魔王の子供として転生した女子高生は、悪魔が怖くて悪魔との契約に失敗してしまう。
悪魔との契約とは特殊な能力を手に入れる大事な儀式である。その悪魔との契約に失敗した主人公のルシスは、天使様にみそめられて7大天使様と契約することになる。
しかし、魔王の子供が天使と契約すると大きな代償を支払うことになる。それは、3年間魔力を失うのである。魔力を失ったルシスは、魔王候補から外されて、魔王城の地下書庫に幽閉されることになる。
魔王書庫に幽閉されたルシスは、7大天使様の協力を得て壮絶な特訓を受けることとなる。3年間の辛い特訓に耐えたルシスは強大な力を身につけることができた。だが、絶大な魔力を取り戻す8歳の誕生日を迎える前日に、ルシスは魔界から追放されてしまうのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる