運命の赤い針

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4月 きっかけ

あの時の僕は、今の僕かも。(実体験をお話に)

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    あの時に戻れるなら、受け入れてあげたい。

    今になって、わかる。
    本当の僕は、求めている。
    今でも。毎日。
    目を閉じる度に、あの瞬間に戻れないかと。

    僕もまだまだ、手探りの段階で、心に余裕がなかったんだ。
    正直、怖かったんだね。
    沸き上がる本能よりも、理性が強すぎたんだ。何てこったい。
    もったいない。

    σ   σ   σ   σ   σ   σ   σ   σ

    4月  新社会人としてスタートを切った僕は、毎日が不安でしょうがなかった。
    学生の頃から親元を離れて生活するのに慣れてはいたが、通うのは学校じゃなく、会社。何をすればいいのか、おどおどして、まったく自分に自信がなかった。語れる夢や野望もなく、なんとか毎日の波に乗ればいいかなと思うばかりで、憂鬱だった。

    春の風はゆるやかに優しくて、近くの大きな川から吹いてくる水の匂いと、電車の金属っぽい臭いが混じって、気分だけ宙に浮いて風に流されてるような気がして、どこか夢うつつだった。

    知り合いや相談出来る相手が近くにいなかったのも、一つの原因だ。

    もともと口下手で、独りが好きで、人に頼るのや相談するのは苦手だったのもあるし。

    不慣れな生活の孤独に、ちょっと冒険したいなって思ったのは、しょうがないよね。

    σ   σ   σ   σ   σ   σ   σ   σ

    通勤の満員電車。
    ドアが開いた息継ぎの刹那に。
    発散しては収束する人の波。
    やっとのことでホームに出たとたんに、ドシッ!とぶつかった。

    とっさのことに、ホームに倒れてしまった。
    あいたたっ! いや、大したことない、大丈夫だ。

    『ごめんなさいっ ぶつかりました。けがはないですか?』

     声がした方を見ると、40代くらいの男性が起き上がって手を差しのべてきた。

    「あ、大丈夫です。」

    とっさにその男性の手を取って、自分も起き上がった。

   「すみません、」

    『良かった、大丈夫かな、申し訳ない。急いでいて、ああ、怪我してないかな。なら良かった。』

    他の乗客が急ぎ足で避けていく。

    『ここじゃ通行の妨げなので、こっちに。』

    男性とホームの端に避けて、パンパンとスーツの埃をはらって、ひじや膝を確かめ、屈伸してみた。

    「大丈夫です。こちらこそよく見ていなくて、すみません。」

     僕が言うと、男性も笑顔で、
     『本当に申し訳ない、大丈夫そうで良かった、でも、もし後で痛くなったらアレだから、これ、私の連絡先だから、何かあったら』

     と、名刺を渡された。

     「いや、はい、どうも」

     僕が名刺を受けとると、

『じゃあ、もし何かあったら』

    と、男性は、急ぎ気味に、次に入ってきた電車のドアに入っていった。
  
    σ   σ   σ   σ   σ   σ   σ   σ

    簾龍 流木
    sutatsu ryuuki

    白い名刺の真ん中に氏名が。
    電話番号とメールアドレス、会社名だろうか、リュックサービスという記述があった。

    慣れないトラブルに動転していた僕は、名刺をポケットに差し込んで、気を取り直して通勤の人波に戻った。




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