血染物語〜汐原兄弟と吸血鬼〜

寝袋未経験

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影の刃編

夜更けの陽光

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 汐原しおはらひなたを覚えているだろうか?
 吸血鬼となった汐原しおはらひかるを探してGAVAに乗り込んできた、汐原輝の兄である。
 彼の夏休み後半は散々なものであった。それは勿論、弟が吸血鬼化した事─

 ではなく、その影響で潰れた様々な予定の話だ。
 特に夏休み最終週に予約していた北海道ソロ避暑旅行に汐原輝の葬式が被った。
 GAVAから届いたボロボロの肉の塊。
 それは事情を知らない者からすれば、吸血鬼に殺された高校生の悲惨な亡骸だが、陽には焼いたら美味そうな塊肉にしか見えなかった。
 彼が「しょうがないから旅行は別日に行く。」と両親に言ったら、不謹慎だとブチギレられ、予定を取り消され、喪服に着替えさせられた。

 そして葬儀当日。
 眠気を誘うお坊さんの御経と木魚の音、そしてお香の匂いを鼻腔に感じながら、彼は無情にも過ぎ去っていくかけがえのない時間に、心の中で静かに涙した。 
 牛か豚かよく分からない肉の骨を涙を流しながら集める親族の皆を俯瞰した彼は、心の中で─
(この手間掛かるゴミ捨ては、一体なんだ…)
と本気で思っていた。
 事情を知る彼にとって、それは全てが茶番にしか見えなかった。

 オマケに今年は鏡餅も飾れず、来年はおせち料理が食べられないと気付いた時、旅行キャンセルと合わせて汐原輝の死が、陽を絶望の淵へ叩き落とした。
 闇堕ちしかけた彼は「輝なら吸血鬼として生きてるぞ。」と何度も言い掛けた。
 しかし、そんな事をすればGAVAの偉い人に殺し屋でも差し向けられるんじゃないかと恐怖し、彼は長いものに巻かれる事にした。
 そこまで心は強くなかった。

 そして現在、ゲームをする陽の横で目覚まし時計が0時0分0秒を指し、9月18日は夏休み最終日の9月19日へ変わった。
 9月20日から後期の講義が始まる陽にとって、これが夏休み終了までの最後の24時間だ。

 陽はスマホでニュースを読むが、スワイプしてもスワイプしても1つの話題で持ちきりだった。
『吸血鬼の逃亡』
『多数の重症者ならびに死亡者』
『白鴉会壊滅』
『GAVA幹部の謝罪会見』
『人造吸血鬼の存在意義』
 エトセトラ、あらゆるマスコミが同じ内容で同じ様な解説をして吸血鬼に対する恐怖を煽り、世間の人々の反応を取り上げ続けた。

 その様子を見て陽はただ情けなく思った。
 この規模の吸血鬼絡みの事件なら世界中でよく起きている事を、彼は知っていた。
 だが皆の恐怖を理解できない訳でもなかった。
 日本でこれほどの被害が出たのは実に10年ぶりだ。

 元々、日本は比較的吸血鬼の被害が少ない。
 理由は単純、島国だから。
 昔こそ船や泳ぎで日本に上陸する吸血鬼も少なくはなかったが、まず船や飛行機などの公共交通機関は当然使用出来ず、泳いで来日したとしても、プライバシーギリギリなレベルで設置された監視カメラによって超高確率でバレる。
 時代を経るにつれ、吸血鬼騒動は未遂で終わるケースが増えていった。
 謂わば日本とは、日本海と太平洋という堀に守られた天守閣なのだ。

 そして、日本での吸血鬼の捕獲数は10年前、GAVAの人造吸血鬼部隊設立で爆発的に加速し、今日の日本で吸血鬼に関する話題は殆ど聞かなくなった。
 吸血鬼単体と人間の部隊なら、勝率はどっこいだろうが吸血鬼と吸血鬼の部隊なら、むしろ過剰戦力、そりゃ減る。
 それにも関わらず、例年10件もなかった日本での吸血鬼被害が、今年は8月から今日までの2ヶ月弱だけで20件を超えている。
 そして今回の件。
 必ず裏があると陽は読んでいた。
 だが、大学生1人にどうこうできる問題でもない。
 何より自分程度に分かることをドクター含むGAVAの人達が見逃しているとは、陽には思えなかった。

 だから彼は学生らしく振る舞う事を選択した。
「はぁ…ラスト1日…何すっかなぁ……ふわぁ……寝るか。」
 スマホとヘッドホンに充電器を挿し、接触不良が起こっていないことを確認した上で部屋の電気を消して布団に潜った。
 そして陽は今日の最適ポジションを探しながら布団の中でモゾモゾと─
         ピコン!
「ん?」
 通知音と共に灯ったスマートフォンの画面が、エアコン(29℃)の効いた部屋で、厚手の掛布団に包まれて温々していた、陽の睡眠を妨げた。
 その時、陽の頭の中で「明日見ればいいだろ?めんどくさいし。」と囁く悪魔と「見たら寝れなくなってしまうのでは?ちゃんとした睡眠をとりましょう?」と告げる天使が…
「結託して寝かせんな。」
 陽は脳内の天使と悪魔に平手打ちし、ベッドの上から手を伸ばして、スマホの画面を顔に近付けた。
 そこにはメールが届いた事に対する通知が表示されており、その差出人は─
「ドクター?なんの…………えッ!?今…からァ?」
 0時14分を指す時計の針を見て陽は苦虫を噛み砕いて、中の汁まで堪能した様な歪んだ顔のまま、5分くらい悩んだ。
──────────────────────
 10分後、外出用の服に着替えた陽はエレベーターで1階まで降り、マンション前の道路に止まっているという車を探し始めた。

 ドクターから届いたメールには車の特徴が幾つか記されており、それを頼りに辺りを見渡していると、陽は向かいの道路に止まる1台の車に目が止まった。
「あの…赤い車か?ナンバーは……合ってそう?てか…ドクターだし、そうだよな。」
 その車は他とは明らかに違った。
 見たことのない馬のエンブレム、上底の長い台形状の車体、明らかにオープンしそうな後方。
 あんな the 外車を乗り回しそうな人を陽は1人しか知らない。

 陽が近づくいていくと、歩道側に見知った顔が座っていた。
「お、Good evening!」
「No good…あの…明日じゃダメだったんですか?」
「それじゃあ間に合わなくてね。積もる話もあるから、さぁ!Get in!」
「…Ok.」
 渋々陽が助手席のドアを開けて乗り込むと、ドクターはすぐに運転を開始した。
 街灯と車のライトが横切る姿を眺めつつ、陽はとある事に感心を覚えた。
(左ハンドルのニュートラルって…よく運転出来るな、この人…それに外車で日本の道路って、小回りが難しいって聞くし…)
 最近オートマの免許を取得した陽は、車の運転がどれだけ難しいかを実感していた。

 ドクターの運転技術に感心しつつ、陽は初めて乗る外国産の車の内装を隅々まで見ていると─
「ん?」
 バックミラーに映る碧眼と目が合った。
「キャアアアアアアアアア!?」
「ッ!なんだ、その反応は!」
「えッ…あ、有栖さんか!!いや、なんで黙ってるんですか!!」
「む…すまない…」
 お化けの様な驚か方をされ、不服そうにしていた有栖は陽の正論にすぐ謝罪した。
「肋痛ァ…そんで?2人がわざわざ会いに来るって事は……輝がなんかやらかしましたか?」
「開幕それって…」
「じゃなきゃ心当たり無いので。」
「そうじゃないよ。有栖、お願い。」
「今回は貴方について…人造吸血鬼の適性試験に合格した事の報告だ。」
「………はい?」
 陽の脳に小宇宙が形成された。

 吸血鬼について多少知識のある陽は人造吸血鬼の適性試験も知っている。
 そこで優秀な成績を収めれば、学力などはあまり関係なくGAVAに所属できる、正に夢の切符だ。

 だが応募だけでお金が掛かるし、金払って死地に行く意味も分からないと考えていた陽は、受ける気など毛頭なかった。
「人違いでは?」
「いや?採血したじゃないか。」
「採け…?あ。」
 運転するドクターにそう言われ、陽は帰り際にドクターから「一応健康チェックもしていくかい?5分で終わるよ。」と聞かれた事を思い出した。
 そして速い上にタダでやってもらえるなら良いかと考え、同意した事も。
「あ~…はぁ!?何勝手に使っ…て……いや、用途を聞いてなかった、俺の落ち度…か?」
「いや、ほぼ総一郎の責任でいい。」
「だからドクターだって。」
「そして、これが結果だ。」
 陽は有栖から差し出された紙を受け取り、内容を確認していく。

 そこには様々な数値が記されており、彼には見ても殆ど理解できなかった。
 ただA~Eでつけられた評価なら分かる。
「…A判定しかないですけど、これって凄いんですかね?」
「歴代でも類を見ない大記録だ。」
「え?」
「本題だ。私達と共に戦って─」
「あ、嫌です。」
        キィッ…
 車が十字路の赤信号で停止したのと同時に、有栖も固まった。
 そして誰も喋らなくなり、前方を横切る車が消え、ドクターがブレーキから脚を離すまで沈黙は続いた。
「…なんと言った?」
 有栖は聞き直した。
 聞き間違いかと思った。
 断られる事はよく有る事だ。
 だが全く考える素振りすら見せず、首を横に振られた経験は初めてだった。
「だから嫌です。」
「理由を…聞いても?」
「ぶっちゃけ、ど~でもいいんですよね…ヴラドとか。」
「なッ…」(いや…まさか─)
 驚いた有栖だったが、これは吸血鬼の被害が少ない事で生まれる日本人特有の危機感の欠如が原因だと考え、切り替える。

 総隊長として、陽の力は間違いなくGAVAの大きな戦力になると踏んでおり、故に機密情報を晒す価値もあると判断した。
「ヴラドはいつか…世界を滅ぼそうとしている。」
「有栖!それは!」
「レイアはその鍵だ。あと何年の猶予かも全く分からないッ!!!力を貸してくれ!!!」
「そりゃあ…やばいですけど…俺にしてみりゃ明日の飯代や、大学の単位のほうが大事なんです。あと来年から始まる就活とか。ブラック企業とか怖いし…ちゃんと選ばなきゃ。」
「…あれ?」
 それは有栖が期待していた答えではなかった。
 彼女の演説では、陽の意志を1ミリたりとも揺るがすことはできなかった。
「ふ、ふざけるな!お前の力が、誰かの未来を救えるかもしれないんだぞ!!何より、その診断結果が証明して─」
「未来ね…じゃあ、その後は?」
「えっ…」
 空気が変わった。
 先程までの最低限敬意を払った喋り方と異なり、陽の言葉には呆れと失望が混じっていた。

「GAVAは吸血鬼に対抗する為の組織だ。じゃあ吸血鬼共を絶滅させたらどうする?組織は必要無くなるだけだろ?その後で職員達はどうすんだ?」
「それは…」
「GAVAは吸血鬼ありきの組織。吸血鬼の存在がそのままGAVAの存在意義だ。もし全滅させたいなら、思い切って大陸ごと消し飛ばせるような科学兵器でも使えばいい…」
「ッ!!!」
 陽の冷たい視線が有栖に向けられ、彼女は思わず息を呑んだ。
 ただの大学生と油断していたからかもしれない。
 だが彼女の中で陽の凄みと、彼女の全てを奪った吸血鬼が重なった。

「この際はっきり言うぞ。お前ら勝つ気ねぇだろ?」
「ッ…!」
「そりゃそうだ。吸血鬼退治を理由に世界各国から多額の費用が得られんだもんな。定期的に間引いて、それっぽく誤魔化しときゃ、こっちは滅ぼされずに尚且つ金が稼げるんだから楽な仕ご─」
         ガッ!!!
 後ろから伸びた手が陽の胸元を掴み、後方へ勢い良く引っ張った。

 力尽くで振り向かされた陽の眼前には今にも噛み付きそうな顔をした有栖の姿があった。
「有栖。危ないよ。」
「貴様…言わせておけばッ!!!」
「反論の1つも出ないとはな。見損なったよ。」
「っ……クソッ…」
 振り払うように陽から手を離した有栖は、頬杖をついて窓の外を眺め始めた。
 
 陽は乱れた服を整え、バックミラー越しに、不貞腐れる有栖へ自分の意見を投げた。
「俺は今日死ぬかもって思いながら生きてる。だから今、死んでもいいって思えるよう行動してる。人から命令されて戦うなんて全く唆られない。死に方は俺自身で決める。」
「……助ける力を持ちながら…それを、使うことすらしないと?」
「俺は我儘なんでね。組織なんて特に向いてない。悪いけど仲間にするのは諦めてくれ。て事で、ドクター。要件済んだみたいなので、俺はこれで─」
「ここまでが主題。で、ここからが副題だよ。」
「へ?」
 ハンドルを切りながら告げられたドクターの言葉に、話を終えたつもりになっていた陽は首を傾げた。

「まぁ…確かに、積もる話って言ってましたね。なんですか?輝がレイアちゃんに告白でもしましたか?しょうがないから、ご祝儀ぐらいなら─」
「1週間後に輝が処刑されてしまう。力を貸して欲しい。」
「あの馬鹿、ホントに何やらかした?」
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