鏡の奥は秘密です

孤川 海鈴

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第一章

01 プロローグ

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 優しかった祖母が言ったあの言葉は、今でもよく覚えている。

「いい、空。どんなに嫌なことがあっても、決して目を逸らしてはいけないよ。目をそらすっていうのは、逃げるのと同じことだからね」

 両親に怒られて涙でいっぱいだった私の目は、きょとん、としていたはずだ。祖母はいつも私を慰めてくれたから、まさか「逃げるな」と言われるとは思ってもいなかった。

「それにしても、あの子たちもいい加減に大人になってくれないものかねえ」

 大きなため息と共にポツリと吐き出されたその独り言の意味も、今ならしっかりと理解できる。でも、当時六歳だった私には、祖母がなんだか元気がない、ということくらいしかわからなかった。元気付けようとして何かを言ったことは覚えているものの、なんと言ったかは覚えていない。ただ、そのあと祖母は、にっこりと笑った後にこう言った。

「ふふ、そうね。ありがとうね、空。『あちら』で遊んできなさい。その間にお母さんたちはどうにかしておくから」

 夕飯までには戻っておいで、という祖母の言葉に従い、私は夕方には帰途に着いた。けれど、そこからはあまり記憶が定かではない。普段とは違う騒々しい家の様子だけは目と耳に焼き付いていて、今でもたまに夢に出てくるけれど。

 気づいたら、私一人だけが大きな箱の前に立っていた。寄って中を見ると、祖母が中で寝ていた。今までで一番綺麗な祖母の顔だった。私を呼ぶ母の声に振り向くと、何故か不機嫌な表情の両親。

「お義母さんの顔を見て笑うなんて、なんて嫌な子なのかしら」

「ほんと、誰に似たんだろうな。人の不幸を喜ぶなんて」

 ストンと、彼らの言葉が入ってきた。ああ、そうか。祖母は死んでしまったのか。もう二度と、あの優しい声を聞くことはできないのだ。
 そうわかっても、不思議と涙は出なかった。



 もともと兄弟がいなかった祖母は、祖父が亡くなった後、息子夫婦の為に、とずっとお金を貯めていたらしい。祖母が亡くなると、大きな会社の社長だった祖父が残した莫大な額のお金と、祖母が暮らしてきた大きな家だけが残った。私の両親は、それらを丸ごと相続できて、その後しばらくは上機嫌だった。
 都会のマンションの広い部屋は、祖母が亡くなってから大学を出るまでの十六年間家族と暮らした部屋だったけれど、今ではその間取りすら覚えていなかった。




「ーー、おいで」
 差し出されたその手を、私はためらうことなく握った。力強く、でも優しく引かれた私は、あっという間に彼に引き寄せられる。眼下には、たくさんの人、たくさんの動物、たくさんの植物。見覚えのない景色は、すぐにぼやけていく。
「ねえ、もっと見たいよ」
 私がわがままを言うと、彼は困った顔をしてこう言った。
「ごめんね。でも、そろそろ帰らないと。時間だろ?」
 周りの景色がどんどん霞んでいく中、彼は続ける。
「また来ればいいだろ。僕らはいつまでも待ってるからさ。」
 「僕ら」?見回すと、いつのまにか私の周りにはたくさんの人が。騎士の格好をした人や、同じ歳くらいの子、メイド服や執事服を着た人ーー。共通して言えるのは、誰もが優しい目をして私と彼を見ていること。
 それを見て、私はとびきりの笑顔を彼に向ける。
「ふふ、そうだね!また来るね、ーー!」
 その言葉を最後に、私の視界は白一色に。



 ピピピピッという無慈悲な音は、和やかな夢に唐突な終わりを告げた。とても懐かしい夢を見ていたはずなのに、そこで見た誰の顔も覚えていない。いつものことだ。

 暫しぼーっとしていた私は、二度寝をする前に、と気合いで身を起こした。

 今日も仕事頑張ろう、と。
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