鏡の奥は秘密です

孤川 海鈴

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第一章

03 鏡の向こうへ

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 課長から例の『ご褒美』を貰ってから三日目。
 私は久々の纏まった休日を謳歌していた。

 昨日、一昨日と昼間まで寝ていたおかげか、睡眠不足気味だった私の体も、漸く本調子を取り戻し始めていた。

(年末忙しすぎて掃除全くできなかったし、そろそろ物置の整理でもしておこうかな)



 そのときの私は何を思ったか、不得意で後回しにしていたーーしかも手強い物置の《掃除》をしようと思い立った。一応週末ごとに、無駄にだだっ広い祖母から受け継いだ母家の掃除はしていたけど、物置は収拾がつかなくなりそうで、怖くて手を出せなかった。



 物置は、祖母の思い出の品がたくさんつまっていた。大量の色褪せた写真とか、どこの国のものかわからないような骨董品まで、実に様々。
 けれど、そのどれもがまるで放置されていた時を感じさせないほど綺麗で、祖母がとても大切にしていた事がわかる。



「……ん?」

 変わった物だらけの物置の中でも一際異色を放ったものが目に入った。
 明かりの少ない物置の中でも、それはとても輝いて見えた。

(……鏡?)

 そう、目に入ったのは私の身長よりも大きいくらいの、立派な姿見。不思議と既視感を抱かせるそれに、私はゆっくりと近付いていった。

 恐る恐るそれに触れた瞬間、思い出す過去の記憶。


ーーーー


 おいで、クウ

 どうしたの? レオ、リチャード

 ほら、見てごらん
 これが僕とリチャードの国だよ

 うわあ、すごい!


 幼い頃の私と、二人の男の子。一人は綺麗な金髪に、少し吊り気味の青い目。もう一人は、私と同じような黒い髪にくりっとした優しげな真っ黒な目。
 この頃はまだ祖母が生きていて、私は、私を嫌っていた両親から逃げるようにして鏡の向こうの世界へ行っていた。鏡の向こうの人たちはみんな親切で、私は向こうで出会った二人の男の子といつも遊んでいた。男の子に間違われそうな『空』という名前に負けたくなくて、幼い頃からずっと『女の子らしく』を心がけていて、初めてその成果を感じたのが、二人と初めて会ったとき。彼らが『クウは可愛い』と言ってくれたおかげで、私は少しだけ自信を持つことができた。

 時たま彼らのうち一人だけとしか遊べないことがあって、最近見ていた夢はその時のどれかなのだろう。




(何年ぶりかな、この鏡を見るの。今28だから……22年ぶり?)

 自分でも長い間記憶を忘れていたことに驚きながらも、久しぶりに向こうに行ってみようかな、と好奇心が頭をもたげる。

(変人扱いされるから『鏡の向こう側に行く』とかいうことを他の人には言わない方がいいっておばあちゃんは言ってたけど、実際家族には、きっと言っても言わなくても私は除け者だったよなあ……)

 今私が住んでいるこの祖母の家も、元は両親が可愛がっている私の妹の手に渡る予定だった。
 が、妹の『あんなボロ家いらない』の一言で私に回ってきた。おかげで掃除がとてつもなく大変で……まあ、この鏡と再会できたからいいか。

 ネガティブ思考を無理やりポジティブに持っていく。

(幸いまだ朝だし、少し向こうの様子を見てこようかな。……あっちの二人に引っ越す、とか何も言えなかったけど、大丈夫だったかな……)

 まだ6歳だった私は、周りに流されるままに祖母の葬儀を迎え、あっという間に新居に移っていた。もちろん、鏡の向こうに行くなんてことはできなくて。
 でも、その後すぐに鏡の事なんて頭から抜けて、『具体的には覚えてないけれど、確かに楽しかった幼少期』という、中身の無い思い出となった。


ーーーー


 ひんやりとした水の中に入るような、奇妙な感覚に思わず目をつむってしまう。けれど、頬を優しく撫でるような暖かい風と小鳥が囀ずる声に、ゆっくりと目を開く。

 ーーと。私は、ポカポカと初夏のような陽気の中、薄暗かった物置とは対称的な、適度に陽の光が射し込む穏やかな森の中にいた。足元も物置の硬い床ではなく、青々とした緑の絨毯。日本ではもう滅多にお目にかかれない童話に出てくるような大自然に、思わず感嘆のため息が漏れる。

 暫くするとある程度興奮も収まり、鳥の囀りに混じって、小さな祭り囃子のような音が耳に入った。

(……お祭り?なんだろう)

 気になった私は、祭り囃子に引き寄せられるようにふらふらと歩き出す。



 歩き出してあまり経たないうちに、穏やかな森は唐突に終わりを迎えた。私だって目が見えない訳じゃないから、森が途切れるのはわかっていた。けれどその奥が崖だなんて事、一体だれが想像できるだろうか。
 足を踏み出したはずの場所に地面は無くて、つぎの瞬間には体ごと空中に放り出されていた。咄嗟に崖から飛び出ている木の根を掴んだけれど、普段懸垂なんて縁の無い私の腕の筋肉は、すぐに悲鳴をあげ出す。

(誰か……!)

 誰でもいい、助けて、と心の中で願う。こんなことならこっち側になんて来なければ良かった、と頭の隅で思うけれど、もう後の祭で。

 自分の体重でずるずると手が滑り、木の根もどんどんしなっていく。

(……もう、力が)

 根の先に行くほど力を入れ辛くなり、遂には手の感覚まで無くなってきてしまう。



「あれー、なにしてるの? 君。根っ子に捕まる遊び? それ楽しそうだねー! 」

 いきなり呑気な声がしたと思ったら、すぐとなりに金髪の男性が。
 驚いて力が抜けてしまった私は悪くないはずである。むしろ大声で叫ばなかっただけ誉めてもらいたいくらいだ。

 だって、その男性は私が必死で木の根に掴まっているのに、ふよふよと空中に浮かんでいたのだから。
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