ありふれた僕の異世界復讐劇

モカ

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死に損なった、先の話

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「ふは、正解! 察しが良くて助かるよ、サツキ。…でも、そこが厄介だ。だからーーここで消えて?」

「…………」


アヤメの言葉に、カナデが不意に俯いた。まるで、何かを後悔するかのように。ゆっくりと。

すると、それを見たアヤメの表情が一気に歓喜に彩られる。


「何、もしかして…今更後悔でもしているのかいっ? でも遅いよ! 何を言ったってもうここから事態は好転しない! 君はここで惨たりしく死ぬしかーー」

「…後悔?」


やけに重みを持った声で、カナデは呟いた。

思ってもみなかったというような声で。まるで得心がいったというような顔を。

そんなカナデにアヤメは開いていた口を閉じた。顔に浮かべていた歓喜の色を消して。


「後悔、………あぁ、そうですね、後悔してます。でもそれは自分のしたことに対してじゃない……。吐き気がします…自分の甘さに。貴方を殺さなかったあの時の自分に……!」


ゆらりと、カナデの顔が上がる。見開かれた瞳には、殺意が光っていた。


「この世界は本当に俺に優しくない…! どこまでもどこまでも追い詰めてくるっ! だから、俺は俺に害をなすものに容赦はしない!!」


力なく下がったままだったナイフを持つ腕に力が入るのが遠目でも分かった。戦闘体勢に入ったカナデを見て、アヤメはゆるりと口角を上げる。


「ははっ! そうこなくっちゃ!!」


無邪気にも聞こえるような声でそう言ったアヤメの右手が、天に向かって振り上げられる。

直後、アヤメの背後にある森から、その合図を待っていたかのように大なり小なり武器を持った人間が躍り出てカナデに襲いかかった。




「カナーー!」


思わず口から漏れた彼の名を言い終わる前に、背後から殺気が膨れ上がる。

条件反射のように身を翻し、抜いた剣で襲撃者の刃を防いだ。そのまま斬り返すと、力負けした相手が一歩跳び退がる。

一瞬だけ交差した瞳には殺気が迸っていた。


「……っく、」


ザッと周囲を見渡せば、他の隊員も戦闘に入っていた。剣戟の音が次第に大きくなり、もうほぼ混戦状態だった。これでは陣形も何もあったものじゃない。

さらに切りかかってくる敵の攻撃をいなしながら、この混乱の中心にいるカナデを探した。


「(……っ、カナデ、カナデ…っ、カナデ…!)」


敵味方でごった返す戦場と化した山道を駆ける。

襲ってきている敵はほとんど素人に近い、烏合の衆なのだろう。それかこれは陽動で、本命はあちらの戦場にいて、僕とカナデを足止めするのが目的か?

……いや、考えるのは後でいい。この程度なら、部隊の皆が遅れをとることはない。だから最優先するべきはーー


「ーーカナデ!」


敵を抜けた、その先。やっと見つけたその身体が、何かに貫かれるのを見てしまった。


「ーーーッ!!」


息を、呑む。

あれは…剣、槍……?いや、魔法ーー!

どこからか伸びている鋭い発光帯が薄まるように消えていく。けれど、カナデに空いた穴はなくならない。吐血し、その場に倒れ込む彼に駆け寄ろうとするも、まだ残っていた敵が進路を阻む。


「……邪魔を、するなッ!」


わざと大きく剣を振りかぶれば、馬鹿正直に引き寄せられる敵を足蹴にし、斬り伏せ、やっと包囲を抜ける。

けれど、伸ばした手が届くことはなく、覚束ない足取りで、起き上がったカナデが森に飛び込み、その後を追うアヤメの背中を視界の端に捉えることしか出来なかった。


「……その、先、は…!」


ーー崖だ。

落ちたらまず、助からない高さの。


「…ッ駄目だ! カナデ!!」

「ーー隊長!!」


まだやまない剣戟の音の中、鋭く呼び止められて思わず足が止まる。

その一瞬で腕を引かれ、振り返ればランスが眉を吊り上げて叫んだ。


「追わないで下さい! この襲撃だって、あいつが仕組んだことかもしれないんですよ!? 貴方に何かあってからではーー!!」

「ランス」


強く名前を呼べば、勢いを削がれた彼は言葉を飲み込んだ。


「……確かに、カナデは罪を犯したよ。でも、それは彼の…いや、彼らだけの罪じゃない。僕たちが、あそこまで追い詰めてしまったんだ」

「ーーっ、それ、が、それがなんだというのです!! だから人を殺していいとは…!!」

「そうだね、ごめん。今のは建前だ」

「!?」


驚いた顔をするランスの手を引き離し、笑みを浮かべて言った。


「僕が、カナデを救いたいんだ。もう一度、笑ってほしいだけだよ」


そう言い置いて、ランスを振り切って駆け出した。横目に、ヘルスが近づいてきているのが見えたから、あとのことは任せておけば問題はないだろう。


「……ごめんね、みんな」


もとから騎士という職に、さほど理由はなかった。向いていたから、自分にしか出来ないことだと周りの人間に言われたから、手に取っただけだった。

ほとんど義務感に近かった。それなりにやりがいは感じていたけど、それだけだった。でも、異人の彼と話して、笑いかけられて、初めて自分から守りたいと思うものに出会えたんだ。

あんな、なんの含みもない笑顔は久しぶりで、胸を打たれたような衝撃が走った。


守りたい、自分が。
ーー最初は、ぼんやりとそう思い。

絶対に、死なせない。
ーー再会のときは、必死で。

………救って、みせる。
ーー話を聞いて、そう決意して。


離したく、ない。
ーーきっと、この感情は。



「…………カナデ…」



どうか、生きていて。

君を追い詰めるばかりのこの世界にも、美しいものがたくさんあるんだ。もっと見てほしい。知ってほしい。厳しいだけのではない僕の世界のことを。


これは、僕の身勝手な我儘。だからーー


君は、許してくれないだろうね。


けれど、また、もう一度あの時みたいに。




君の満面の笑みが見たい。


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