少女が銃を手にした理由

カクア

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探偵事務所

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城崎の問いは、二つの刃となって澄香に突きつけられた。どこで拾ったのか、そして、なぜ持っているのか。どちらも、正直に答えれば自分が破滅する未来しか見えない。彼の氷のような視線が、澄香の喉を締め上げ、呼吸さえも奪っていく。事務所の中の空気は、拳銃が置かれた瞬間から密度を変え、今は鉛のように重く、澄香の肩にのしかかっていた。

「答えろ。俺は二度同じことを聞くのは好きじゃない」

城崎は椅子に座ったままだというのに、その威圧感は澄香の目の前まで迫っていた。眠そうだった目は完全に覚醒し、獲物を前にした捕食者のそれへと変貌している。澄香は唇を震わせたが、音にならない空気だけが漏れた。どう説明すればいい。何から話せば。混乱する頭の中で、駅のホームで見たあの男の、憎悪に燃える目が蘇る。殺される。あの男に。そして、今目の前にいるこの男にも、殺されるかもしれない。恐怖が限界を超え、思考の回路を焼き切った。

「…ひっ…うぅ…」

堪えていた堰が、唐突に決壊した。涙が、止めどなく溢れ出す。それは静かな嗚咽ではなかった。恐怖と絶望と、誰にも言えなかった孤独が一度に噴出した、獣の叫びに近い慟哭だった。

「電車で…痴漢に…ずっと…」

途切れ途切れに、言葉が紡がれる。澄香の声は涙で濡れ、しゃくりあげる嗚咽に何度もかき消された。それでも彼女は必死に話し続けた。毎朝の満員電車で繰り返された陵辱。誰にも相談できずに募らせた絶望。お守りのつもりで買ったモデルガンさえも嘲笑われ、希望を打ち砕かれたこと。そして、人気のない路地裏で、今度こそ逃げられないと悟ったあの瞬間。ゴミ捨て場でこの銃を拾った雨の日。それをバッグに忍ばせてしまった愚かな選択。そして昨日、男に押し倒され、服を剝ぎ取られていく中で、無我夢中で引き金を引いてしまったこと。

「耳を…撃ちました…でも、死んでなくて…!今日、駅で…!ホームの向こうから、私を…殺すって、あの目は、絶対に…!」

錯乱したように叫びながら、澄香は机の上の拳銃を指さした。もはや、自分が加害者であるとか、被害者であるとか、そんな分別はどこかへ消え去っていた。ただ、自分が生き延びるために犯した罪と、その結果として迫りくる死の恐怖を、全て吐き出さずにはいられなかった。物語を語り終えたとき、澄香の体力は尽き果てていた。彼女は椅子から崩れ落ちるように床にへたり込み、子供のようにただただ泣きじゃくった。

その時だった。それまで黙って事の次第を見守っていたミサが、静かに動いた。彼女はパーテーションの奥にある小さな給湯スペースに行くと、やがて湯気の立つマグカップを二つ持って戻ってきた。そして、泣きじゃくる澄香の隣にそっとしゃがみ込み、その小さな背中を優しく撫でた。

「大変だったわね。もう大丈夫よ」

その声は、少女の見た目からは想像もつかないほど、深く、穏やかで、慈愛に満ちていた。ミサは澄香の手に、温かいマグカップを握らせる。甘いミルクティーの香りが、硝煙と鉄錆の記憶に汚染された澄香の嗅覚を、優しく上書きしていくようだった。

「ほら、これを飲んで。少しは落ち着くから」

澄香は言われるがまま、震える手でマグカップを口元へ運んだ。温かい液体が喉を通り、冷え切った身体の芯に、小さな火を灯す。ミサは何も聞かず、ただ静かに澄香の背中を撫で続けていた。その小さな手のひらから伝わる温もりが、張り詰めていた澄香の心を、少しずつ、少しずつ解きほぐしていく。自分は一人ではない、と。初めてそう感じることができた。

その間、城崎は黙って机の上の拳銃を手に取っていた。彼は慣れた手つきで弾倉を抜き、薬室を確かめる。一発、少ない。澄香の話と一致する。彼は忌々しげに舌打ちをすると、拳銃のシリアルナンバーを確かめ、自分の記憶と照合した。間違いない。先日、厄介な取引の後で紛失した、自分のものだ。

「面倒なことになったな…」

城崎は独りごちた。彼の眉間には深い皺が刻まれている。本来なら、銃を回収し、この少女を適当に言いくるめて追い返すのが最善手だ。民間の、それも未成年のトラブルに首を突っ込むのは彼の流儀ではない。だが、使われたのが自分の銃となれば話は別だ。あの男が警察に駆け込めば、銃の線条痕から足がつく可能性がある。何より、あの男がこの少女を殺し、そして銃が現場に残されでもしたら、事態は最悪の方向へと転がり出す。

「城崎」

ミサが、澄香の背中を撫でながら、静かな、しかし有無を言わせぬ口調で言った。

「この子を、見捨てる気?」
「金にならない仕事が増えるのはごめんだ」
「これはもう、あなたの仕事の一部でしょう?あなたの落とし物が、この子をここまで追い詰めたんだから。責任、取りなさいよ」

ミサの言葉は正論だった。ぐうの音も出ない。城崎は深くため息をつくと、ガシガシと頭を掻いた。彼の脳内で、リスクとリターンが高速で計算されていく。少女を助けるリスク。見捨てるリスク。どちらも厄介極まりない。だが、目の前で震えている少女と、彼女を庇うように見つめるミサの姿を見ていると、計算だけでは割り切れない感情が胸の奥で燻り始める。

「……分かった」

長い沈黙の末、城崎は絞り出すように言った。ミサの口元に、かすかな満足の色が浮かぶ。彼は椅子から立ち上がると、澄香の前にしゃがみ込み、その涙で濡れた顔を覗き込んだ。

「名前は?」
「…しどう、すみか…です」
「澄香。いいか、よく聞け。お前はもう家には帰れない。学校にも行くな。奴は必ずお前の家を探し当てる。時間の問題だ」

城崎の言葉は、冷たい事実の宣告だった。しかし、不思議と恐怖は感じなかった。むしろ、これから何をすべきかを明確に示されたことで、澄香の心には僅かながら光が差していた。

「今から、一時的に身を隠す場所へ連れて行く。俺が安全を確認するまで、そこから一歩も出るな。いいな?」

澄香は、こく、と小さく頷いた。城崎は立ち上がると、ミサに視線を移す。

「ミサ、こいつの面倒はお前に任せる。何かあったらすぐに連絡しろ」
「はいはい、分かってるわよ。お客様のお世話は、助手の仕事だものね」

ミサは悪戯っぽく笑うと、澄香に向かって手を差し出した。その小さな手を、澄香はおそるおそる握り返した。

「さ、行きましょう、澄香さん。ここはもう大丈夫だから」 
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