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1章開幕
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19世紀末のロンドンは、産業革命の進展や帝国の拡大に伴い、急速な変化と複雑な社会構造をしていた。世界有数の大都市として急速な発展を遂げ、産業の中心として栄えて、新たな建築物や鉄道が次々と作られていった時代でもある。ロンドンは、政治、経済、文化の中心として栄えながらも、社会的な格差が著しく、裕福な階級と貧困層との間に多く深い溝が存在してもいた。
切り裂きジャックなどの凶悪犯罪者たちも、そんな歪な社会状況が生み出した殺人鬼だったのかもしれない───。
エヴァンスハム家は、ロンドンの大富豪一族の1つ。ヒカリ・エヴァンスハムの祖父、エドワード・エヴァンスハムは、複数の産業への巧みな投資、国内外でのビジネス展開を行って成功を収めた。特に繊維産業において品質改良と生産率の向上を成し遂げて着実に資産を増やした。
エドワードの娘でヒカリの母親である、エレノア・エヴァンスハムは父から譲り受けた資産を鉄道、銀行、そして振興の電器産業へと巧みに投資を行い、その富を莫大な物とし、更に貴族の流れをくむ父を婿養子に迎えたことで、その地位も確固たる物とした。
父も母も朝から晩まで365日仕事で忙しく、家族揃って団らんを楽しんだ記憶は、数える程度しかない。
ロンドン中心部のシティ・オブ・ウェストミンスターにエヴァンスハムの邸宅はある。
威厳を放つ重厚かつ華麗さを併せ持ったその大邸宅は、石造りの外観が特徴的なヴィクトリア朝様式の影響を受けた独特で贅沢なデザインを施されている。
高い柱と豪華な彫刻で装飾されたその外観は圧巻で、大理石の階段が美しく庭園に続いていて、門から邸宅まで続く広大な敷地に、バランスよく配置された美しい花壇や噴水、彫像が見事だ。
邸宅の中は、高い天井に豪華なシャンデリアが備わる大広間があり、豪勢な絨毯や家具があった。
ヒカリ・エヴァンスハムは、そんな恵まれた環境に生まれ育ったが、生来体が弱く、幼い頃は頻繁にドクターにかかり、ベッドに横になっていることが多かった。成長につれて体は丈夫になってはいたが、今でも無理をすると頭痛や貧血、立ち眩みに悩まされることがある。
そんな健康状態だったこともあり、幼い頃から趣味と楽しみは読書だった。特に推理小説を好み、小説の主人公が犯人を突き止めるよりも先に犯人を見抜くことを何よりの楽しみにしていた。
そんなこともあり、人一倍洞察力と考察力に優れ、新聞やラジオのニュースで報じられる難解事件にも必然的に興味を惹かれるようになった。執事のセバスチャンに頼み、あらゆる新聞や雑誌を集め、警察もお手上げになっていた難事件の謎を推理し、犯人を絞り込んではその根拠と証拠を添えて、警察書に郵送して進言をしている内に、その才能と捜査力がレスカレード刑事の目に留まり、今ではお嬢様名探偵としてロンドンでは知られる存在になっていた。
「おはようございます。お嬢様」
「う~ん…」
「昨夜は、気持ちよく眠れましたか?」
「あぁ、セバスチャン… おはよう。うん、寝れた気がする… 多分」
「それは、よろしかったですね」
「ところで、あの… 今は、何月何日の何時?」
「はい、ただいま3月21日の朝7時でございます。こちら、アーリー・モーニング・ティをどうぞ」
「ありがとう」
「では、早速ですが、本日の予定をお知らせします」
ベッドの傍らに姿勢正しち、毎朝起こしてくれるのは、執事のセバスチャン・ミカエリス。
端正な顔立ちで仕事のできる彼が、私の命令に従順に従い忠誠を尽くしてくれている。イケメンと縁遠い人生を送って来た私にとっては、それだけで尊い…
ヒカリ・エヴァンスハムに戻ってくると、不定期に襲ってくる頭痛という悩みを抱えることになる。幼い頃から体が弱いので、無理すると体調を崩しやすいという点はあるものの、それ以外ヒカリ・エヴァンスハムとして生きることに何一つ不満はない。
当初、夢を見てるだけのはずなのに、激しい頭痛を感じることを不思議に思っていたけれど、何度もこちらの世界を経験する内に、これが夢ではないことは感覚的に理解していたと思う。
「それでは早速ですが、予定をお知らせします。この後、7:30より朝食。その後、本日の午前中はずっと探偵業務の相談人が5組、面談予定です」
「…5組? 多すぎない?」
「マスコミがお嬢様のことを天才探偵だと触れ回っていましたから、その影響で、依頼人が急増してしまっているようですね」
「内一件は、スコットランドヤードのレストレード警部からの依頼です。ご希望であれば、お断りの連絡を入れますが…」
「わかった。依頼を受けられるかはわからないけど、話だけは聞いてみるわ」
「先日の病院でもそうでしたが、マスコミに露出されてから、お嬢様への依頼や面会希望者、お見合いの相談が急増していまして、街中で変な人物に声を掛けられても律儀に相手をしないようにお願いします。その中にどんな変質者が紛れ込んでいるかわかりませんので…」
「うん、わかった。あっ、そうそう。その病院で寝ているときに面会を希望してきたって人の件だけど…」
「若い東洋人のことですね」
「今度、家に尋ねてくるらしいから、その時は追い返さずに私に通してくれる?」
「あの東洋人をですか…? いつあの人物とコンタクトを? いえ。承知しました。その際は粗相のないようにお通し致します」
「ありがとう、セバスチャン。名前はたしか、和田… 和田早雲という名前だったわね」
「いえ、ワトソンと名乗っていましたが」
「ふふっ、そうそう。そうだったね、ワトソンくんが見えたら、私に報せて。よろしくね」
「はい、承知しました」
ふぅ、どうなることかと思ったけど、これで私だけでなく他の人もこの世界を体感しているのかどうかと、兄が行方不明になっているのは、こっちの世界で何か起きたからなのかハッキリする。何がどうなっているのか、和戸くんに聞かないと…
そうこうしながら、目覚めのアーリー・モーニング・ティを嗜んでいると、メイドからセバスチャンにアポイントのない来客が見えたことを知らせに来た。セバスチャンは早朝の訪問に顔をしかめ、しかもその客が先日面会を断った東洋人の外見をしたワトソンと名乗る者であると聞いて、あからさまに渋い表情を見せた。
どうやらセバスチャンは、和戸くんのことを快く思っていないようだ。神父様に対してもそうだけれど、いつも冷静で慎重なのに私の交友関係に対しては、必要以上に塩対応になることが多かった。
それでも、来たら通すようにと頼んでおいた通り、セバスチャンは迅速に和戸くんをゲストルームへと案内し、私の朝の着替えの準備も滞りなく指示をしてくれるところは、望月ひかりの思考でヒカリ・エヴァンスハムとして行動するようになってまだ日が短いながら、私がセバスチャンを信頼する理由の1つだ。
ゲストルームに通されて待っていた和戸くんこと、ワトソンくんは豪華な家具と大きな暖炉、数々の有名画家の絵画とシャンデリアを見て、誤ってきずでもつけてしまわないかと、そわそわした様子で私が現れるのを待っている様子だった。
「妹さん、おはようございます」
浅草で会ったときよりも、少し大人びて見えた。そして、服装は心なしかみすぼらしく見える。それでも、美少年具合は隠せておらず、彼もまた成長したらこちらの一流イケメンたちに負けず劣らずの美青年へと成長する予感を感じさせている。
「こっちの世界の出来事は、本当に夢じゃなかったんだね」
「はい」
「21世紀の日本と19世紀末のロンドンが繋がっているなんて… これは、どういうことなの?」
「その辺の詳しいことは、僕たちにも分かっていません。だから、その真相を突き止めるために、僕と望月さんは、この世界のことを調べて回っていたんです」
「…いた? 今はもう、調べ終わったってこと?」
「いえ、望月さんとはしばらく連絡が取れていないので…」
「……どういうこと? お兄ちゃんはこっちの世界に入り浸りになってるんじゃなくて、こっちの世界でも行方不明になってるの?」
「望月さんは、何か重要なことに気付いたようで、しばらくそれを調べることに専念すると言っていました。それが何かはわかりませんが、そんなときに、新聞で天才名探偵として紹介されていたヒカリ・エヴァンスハムさんの顔写真を見て、妹もこっちに来てると青ざめていたのを覚えています」
「お兄ちゃんは、こっちの世界の何に気付いたんだろう?」
「正直言って、状況はここが夢か現実かとか、既にそんな単純な問題じゃなくなってます。このままでは、東京が壊滅するかもしれない。それくらい重大な事件が差し迫っていると僕らは考えているんです」
「東京が壊滅…? 戦争でも起こらない限り、こんな平和な時代に壊滅なんて…」
切り裂きジャックなどの凶悪犯罪者たちも、そんな歪な社会状況が生み出した殺人鬼だったのかもしれない───。
エヴァンスハム家は、ロンドンの大富豪一族の1つ。ヒカリ・エヴァンスハムの祖父、エドワード・エヴァンスハムは、複数の産業への巧みな投資、国内外でのビジネス展開を行って成功を収めた。特に繊維産業において品質改良と生産率の向上を成し遂げて着実に資産を増やした。
エドワードの娘でヒカリの母親である、エレノア・エヴァンスハムは父から譲り受けた資産を鉄道、銀行、そして振興の電器産業へと巧みに投資を行い、その富を莫大な物とし、更に貴族の流れをくむ父を婿養子に迎えたことで、その地位も確固たる物とした。
父も母も朝から晩まで365日仕事で忙しく、家族揃って団らんを楽しんだ記憶は、数える程度しかない。
ロンドン中心部のシティ・オブ・ウェストミンスターにエヴァンスハムの邸宅はある。
威厳を放つ重厚かつ華麗さを併せ持ったその大邸宅は、石造りの外観が特徴的なヴィクトリア朝様式の影響を受けた独特で贅沢なデザインを施されている。
高い柱と豪華な彫刻で装飾されたその外観は圧巻で、大理石の階段が美しく庭園に続いていて、門から邸宅まで続く広大な敷地に、バランスよく配置された美しい花壇や噴水、彫像が見事だ。
邸宅の中は、高い天井に豪華なシャンデリアが備わる大広間があり、豪勢な絨毯や家具があった。
ヒカリ・エヴァンスハムは、そんな恵まれた環境に生まれ育ったが、生来体が弱く、幼い頃は頻繁にドクターにかかり、ベッドに横になっていることが多かった。成長につれて体は丈夫になってはいたが、今でも無理をすると頭痛や貧血、立ち眩みに悩まされることがある。
そんな健康状態だったこともあり、幼い頃から趣味と楽しみは読書だった。特に推理小説を好み、小説の主人公が犯人を突き止めるよりも先に犯人を見抜くことを何よりの楽しみにしていた。
そんなこともあり、人一倍洞察力と考察力に優れ、新聞やラジオのニュースで報じられる難解事件にも必然的に興味を惹かれるようになった。執事のセバスチャンに頼み、あらゆる新聞や雑誌を集め、警察もお手上げになっていた難事件の謎を推理し、犯人を絞り込んではその根拠と証拠を添えて、警察書に郵送して進言をしている内に、その才能と捜査力がレスカレード刑事の目に留まり、今ではお嬢様名探偵としてロンドンでは知られる存在になっていた。
「おはようございます。お嬢様」
「う~ん…」
「昨夜は、気持ちよく眠れましたか?」
「あぁ、セバスチャン… おはよう。うん、寝れた気がする… 多分」
「それは、よろしかったですね」
「ところで、あの… 今は、何月何日の何時?」
「はい、ただいま3月21日の朝7時でございます。こちら、アーリー・モーニング・ティをどうぞ」
「ありがとう」
「では、早速ですが、本日の予定をお知らせします」
ベッドの傍らに姿勢正しち、毎朝起こしてくれるのは、執事のセバスチャン・ミカエリス。
端正な顔立ちで仕事のできる彼が、私の命令に従順に従い忠誠を尽くしてくれている。イケメンと縁遠い人生を送って来た私にとっては、それだけで尊い…
ヒカリ・エヴァンスハムに戻ってくると、不定期に襲ってくる頭痛という悩みを抱えることになる。幼い頃から体が弱いので、無理すると体調を崩しやすいという点はあるものの、それ以外ヒカリ・エヴァンスハムとして生きることに何一つ不満はない。
当初、夢を見てるだけのはずなのに、激しい頭痛を感じることを不思議に思っていたけれど、何度もこちらの世界を経験する内に、これが夢ではないことは感覚的に理解していたと思う。
「それでは早速ですが、予定をお知らせします。この後、7:30より朝食。その後、本日の午前中はずっと探偵業務の相談人が5組、面談予定です」
「…5組? 多すぎない?」
「マスコミがお嬢様のことを天才探偵だと触れ回っていましたから、その影響で、依頼人が急増してしまっているようですね」
「内一件は、スコットランドヤードのレストレード警部からの依頼です。ご希望であれば、お断りの連絡を入れますが…」
「わかった。依頼を受けられるかはわからないけど、話だけは聞いてみるわ」
「先日の病院でもそうでしたが、マスコミに露出されてから、お嬢様への依頼や面会希望者、お見合いの相談が急増していまして、街中で変な人物に声を掛けられても律儀に相手をしないようにお願いします。その中にどんな変質者が紛れ込んでいるかわかりませんので…」
「うん、わかった。あっ、そうそう。その病院で寝ているときに面会を希望してきたって人の件だけど…」
「若い東洋人のことですね」
「今度、家に尋ねてくるらしいから、その時は追い返さずに私に通してくれる?」
「あの東洋人をですか…? いつあの人物とコンタクトを? いえ。承知しました。その際は粗相のないようにお通し致します」
「ありがとう、セバスチャン。名前はたしか、和田… 和田早雲という名前だったわね」
「いえ、ワトソンと名乗っていましたが」
「ふふっ、そうそう。そうだったね、ワトソンくんが見えたら、私に報せて。よろしくね」
「はい、承知しました」
ふぅ、どうなることかと思ったけど、これで私だけでなく他の人もこの世界を体感しているのかどうかと、兄が行方不明になっているのは、こっちの世界で何か起きたからなのかハッキリする。何がどうなっているのか、和戸くんに聞かないと…
そうこうしながら、目覚めのアーリー・モーニング・ティを嗜んでいると、メイドからセバスチャンにアポイントのない来客が見えたことを知らせに来た。セバスチャンは早朝の訪問に顔をしかめ、しかもその客が先日面会を断った東洋人の外見をしたワトソンと名乗る者であると聞いて、あからさまに渋い表情を見せた。
どうやらセバスチャンは、和戸くんのことを快く思っていないようだ。神父様に対してもそうだけれど、いつも冷静で慎重なのに私の交友関係に対しては、必要以上に塩対応になることが多かった。
それでも、来たら通すようにと頼んでおいた通り、セバスチャンは迅速に和戸くんをゲストルームへと案内し、私の朝の着替えの準備も滞りなく指示をしてくれるところは、望月ひかりの思考でヒカリ・エヴァンスハムとして行動するようになってまだ日が短いながら、私がセバスチャンを信頼する理由の1つだ。
ゲストルームに通されて待っていた和戸くんこと、ワトソンくんは豪華な家具と大きな暖炉、数々の有名画家の絵画とシャンデリアを見て、誤ってきずでもつけてしまわないかと、そわそわした様子で私が現れるのを待っている様子だった。
「妹さん、おはようございます」
浅草で会ったときよりも、少し大人びて見えた。そして、服装は心なしかみすぼらしく見える。それでも、美少年具合は隠せておらず、彼もまた成長したらこちらの一流イケメンたちに負けず劣らずの美青年へと成長する予感を感じさせている。
「こっちの世界の出来事は、本当に夢じゃなかったんだね」
「はい」
「21世紀の日本と19世紀末のロンドンが繋がっているなんて… これは、どういうことなの?」
「その辺の詳しいことは、僕たちにも分かっていません。だから、その真相を突き止めるために、僕と望月さんは、この世界のことを調べて回っていたんです」
「…いた? 今はもう、調べ終わったってこと?」
「いえ、望月さんとはしばらく連絡が取れていないので…」
「……どういうこと? お兄ちゃんはこっちの世界に入り浸りになってるんじゃなくて、こっちの世界でも行方不明になってるの?」
「望月さんは、何か重要なことに気付いたようで、しばらくそれを調べることに専念すると言っていました。それが何かはわかりませんが、そんなときに、新聞で天才名探偵として紹介されていたヒカリ・エヴァンスハムさんの顔写真を見て、妹もこっちに来てると青ざめていたのを覚えています」
「お兄ちゃんは、こっちの世界の何に気付いたんだろう?」
「正直言って、状況はここが夢か現実かとか、既にそんな単純な問題じゃなくなってます。このままでは、東京が壊滅するかもしれない。それくらい重大な事件が差し迫っていると僕らは考えているんです」
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