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神父/チャールズ・ウィンスロー
しおりを挟む「こちらが、容疑者となっている神父様のいる教会です」
レストレード警部の依頼を受けて、私と和戸くんは容疑者の1人、チャールズ・ウィンスロー神父に話を聞きに来ていた。
「今のうちに、情報を整理しておきましょう。容疑者の名前は、チャールズ・ウィンスロー。この教会の神父です。レストレード警部から渡された資料によれば、神父としての仕事ぶりは評価されていて、教会に通う信者たちからの信頼も厚い聖職者の鑑のような人物なんだそうです」
「うん… ヒカリ・エヴァンスハムは毎週日曜日にこの教会へ礼拝に来ていたから、その時の記憶がたくさん残ってるし、私もセバスチャンと一緒に何度か来たから」
「そうでしたか…」
切り裂きジャック事件の容疑者となっているの医者、法医学医、神父、ギャングの男の4人全員に見覚えがあった。それもヒカリ・エヴァンスハムとしての記憶としてではなく、私の意識で動いているときに直接会ったり、見かけたりしたことがあった。
「それで、神父様は事件当時、どうして病院に?」
「危篤の患者が息を引き取るのに立ち会う為に、入院病棟に行き… そこで祈りを捧げていたそうです。その後、深夜に眠れずにいる入院患者にも祈りを捧げ、不安を取り除いて回っている最中に、事件のあった立ち入り禁止領域にも足を踏み入れていたそうです」
「でも… それだからって神父様が容疑者だなんて」
「周辺人物への聞き込みによると、特に被害者を殺害するありませんでした」
「そうね… 神父様が誰かに刺殺されるような動機には心当たりがあるけれど、神父様が誰かを殺すような動機は、私も思い当たらないわ…」
「…神父が刺殺される動機? どういうことですか?」
「それは、会ってみればわかると思う」
そんなことを和戸くんと話していると、教会の職務が一段落した神父が、嬉しそうな笑顔を見せながら近寄って来た。
「やぁ、日曜にでもないのにお嬢様に会えるなんて、私はなんて幸運なんだ」
「神父様…」
「しかも、いつも纏わりついてる邪魔な執事がいないなんて。神に感謝の祈りを捧げないと」
「初めまして、神父様。ジョン・S・ワトソン、名探偵の助手をしています」
それまで笑顔だった神父様は、和戸くんを見ると訝し気な表情を見せて、値踏みするように足先から頭の先まで嘗め回すように見つめていた。
「警部から聞いてるよ。お嬢様もあの事件の捜査に加わることになったんだったね」
「はい、それで… 事件当日のことを詳しく教えて頂きたくて」
「不本意ながら、私も容疑者の1人ということになってるらしいからね。もちろん、構わないよ。お嬢様には早く真犯人を突き止めてもらって、私の無実を証明してもらいたいからね」
「期待に応えられるかわかりませんが… 尽力します」
「そうだな。話をするなら、誰にも邪魔されない静かな個室がいいな。教会の中に良い所があるから、とりあえず中に入らないかい?」
神父様が優しく私の腰に手を回すと、和戸くんがそっと間に割って入った。いつもならセバスチャンがしていた行為だ。
「聞き込みをするのに… 個室でする必要があるんですか?
大人しく、どちらかというと気弱な印象の和戸くんの語気が少し荒くなっている。
「そりゃあ、もちろん。もし、私が犯人に都合悪いことを話したとして、それを犯人が耳にした場合、私が犯人に狙われる可能性がある。そうだろ?」
「たしかに、それはどうですが…」
「だろ? わかってくれたなら、いいんだ。さあ、お嬢さん。誰にも邪魔されない場所に行って、2人でゆっくり話をしようじゃないか。うふふ」
神父様に軽く交わされた和戸くんは、一瞬抵抗を諦めかけたけれど…
「ひゃ、百歩譲って個室はいいとして…2人でなければならない理由なんて、ありますか?」
そう言って、私を連れて行こうとする神父様の進行方向に立ち塞がった。
「そりゃあ、もちろん」
「り、理由を教えてください」
「それはね… 昨日今日会ったばかりの人に命を預けることなんて、できないからさ」
「…………」
「お嬢様とは、毎週会っているし、悩みを聞き、聖書の教えにもとづいて、悩みが解決するよう何度もアドバイスをしてきた。だから、お嬢様が私に嘘偽りを語ることはないと信じているし、神を通して通じ合っているお嬢様に裏切られるのなら、私は素直にそれを受け入れる覚悟がある。だが、私には君を信頼する情報も時間も与えられていない。そんな君に、どうして命を預けるような真似ができると言うんだい?」
「そ、それは… そうですが…」
「わかってくれたなら、ここでしばらく待っていてくれたまえ。さあ、お嬢様。中へどうぞ」
「…………」
「和戸くん、心配してくれて嬉しいけど、きっと大丈夫だと思うから…」
「僕もそうであった欲しいと思ってるんですけど、こんな軽率な神父の言うことを信用してしまって、本当に大丈夫ですか?」
「うん、多分… ね」
そう言って神父様は、私を礼拝堂の奥にある神父様用の書斎に案内されて行った。
「お待たせ。ここなら誰にも邪魔されずに話ができるね」
「それでは、早速ですが…」
「ふふっ、そんな慌てないでいいじゃないか。ようやく2人きりになれたんだ。ゆっくり語り合おうよ」
礼拝の時の真面目な聖職者としての顔と、こうして堂々と私を口説こうとしてくるエッチな神父様とのギャップは、正直に言うと嫌いではない。
これまで、付き合った彼氏が大の女好きで何度も泣かされたことがあったけれど、私だけに言い寄ってきてくれる人は、ダメ男にはならない認識なのだった。
「あの… 神父様? 少し距離が近い気が…」
「そう? それは少し意識をしすぎなんじゃないのかな? それとも… 私を異性としてみてくれてるってことなのかな? そうだったら、嬉しいのだけれど…」
「そんなことは…」
「いつも思っていたけど… お嬢様は、美しいね」
「…え?」
「美しくて、綺麗な髪」
「あ、そうですか。ありがとうございます…」
「綺麗な指、綺麗な顎、綺麗な… 唇。すべてが美しい…」
「し、神父様。あの、それより事件の話を…」
「うん、わかってる」
「不思議だ… 私は神に仕える身。それなのに、こんな気持ちになったのは初めてなんだ…」
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