14 / 20
禁断の領域
しおりを挟む
立襟の祭服を着た神に仕えるイケメン男性、チャールズ・ウィンスローと教会奥の狭い書斎で2人きり… 至近距離で向かい合っていると不思議とその厳かな雰囲気と禁断の関係性からか、いけないことをしているような後ろめたい気持ちが湧き起こってくる。
現代において、自他共に認める生粋の美青年好きだった望月ひかりにとってそれは、経験したことのない感覚だった。一方的に恋する恋愛は自由。心の中で人を好きになることは、誰にも迷惑をかけず、誰にも止めることのできない。誰にも平等に与えられたイケメンを愛するという権利を阻害することなどできないはずだった。
顔が良ければ多少の性格難には目をつぶれるし、顔も性格良い男性なんて、それこそ都市伝説級。物語や空想の産物でしかないのだろうと思って生きてきた。
それなのに、目の前にいる希代の美青年が神父様だというのは、神はどれだけ私に試練をお与えになるのだろう…
と、ヒカリ・エヴァンスハムと違い宗教への関心が薄い望月ひかりの思考で動いているにも関わらず、罪悪感を覚えてしまっているのだった。まずい… これがただの夢だったら、きっと私は迷うことなくイケメン神父に愛でられたいという美青年好きの悪い癖が出てしまっていたかもしれない。百歩譲って夢の中だったらそれは問題ないのかもしれないけれど、どういう事情かわからないにしてもここはもう一つの現実世界… 神父と恋に落ちるなんてことが許される倫理観ではない。
私は、この世界でも悪い癖が勃発しないようにと、気を引き締め… 必死に意識を神父様以外に向けることに努めた。
そうそう、こんなときは頭を働かせて理性を呼び起こすことが大事。丁度、今回教会を訪れたのはレストレード警部に頼まれた切り裂きジャック事件の聞き込みのためだった。和戸くんから聞いておいた方がいい質問リストを預かっている。その質問を投げかけることで、神の側で不謹慎にも芽生えかけている下心を浄化しようと心掛けた。
「あの、神父様… 事件のあった日、神父様はどうして犯行現場近くにいらっしゃったんですか…?」
ドキドキしながらそう質問を切り出すと、神父様は変わらぬ至近距離のままでニッコリと微笑み、その後、穏やかなに目を閉じて、話をし始めた。
「あの日私は… 危篤の教徒や病気で苦しんでいる教徒たちのために祈りを捧げに行っていました」
「犯行予想時刻の深夜2時から3時半の間、ずっとですか?」
「ええ、はい。お祈りをした教徒や各病棟の警備員に聞いてもらえばわかると思いますが、帰る頃には日が昇り始めていたので、朝方までいたと思います」
「では、神父様にはアリバイがあるということですね」
「その日、何時に誰にお祈りを捧げていたかまではハッキリと覚えている訳ではないですし… トイレに行ったり、病室を移動したりと1人きりだった時間がなかったかといえば、そんなことはないですが」
「そうですか… では、被害者のドクターと面識は?」
「今回の犠牲者は、外科医のドクターだったそうですね。あの病院には定期的にお祈りに行っていましたから、もしかしたらどこかですれ違ったりしたことくらいは、あるかもしれませんが… 接点という接点は、特にありませんでした」
レストレードから受け取った報告書にも、同様のことが書いてある。警察の聞き込みした内容と食い違いもなし… 被害者周辺の人物も神父様と被害者の間に接点があったと発言している人はいなかったし、何か揉め事があったとは考えられない。そういうことなら、神父様は”シロ”と言っていいのかもしれない。
「あの…」
変わらず至近距離から顔を遠ざけようともせずに、神父様は話しを続けた。
「神は私の行いをご覧になっていたと思うので、そんなことは起こらないと思いますが… もし、えん罪で逮捕されるようなことになったらと思うと恐怖を感じるのです」
そう言って神父様は、私の両手を握りしめた。
「万が一、私が切り裂きジャックだと誤解されて、殺されるようなことがあったらと思うと…」
「神父様、心配いりません。大丈夫ですよ…」
「ありがとうございます… 名探偵と呼ばれるお嬢様にそう言っていただけると… 救われた気持ちになります…」
そう言いながら私の目を見つめる神父様の瞳は、澄んで見えて美しかった。
「6人目の事件が発生してから時間が経っているのに、私は変わらず容疑者の1人とされたままのようですし… 5人も被害者を出しながら、これまで犯人を絞り込むことすらできていなかった無能な警察に期待などできません。どうか、どうかお嬢様の類まれな推理力で… 私を救って下さい。お願いします…」
神父様が、至近距離のまま私の両手を握り合わせてそう懇願する。その様は、まるで神に祈りを捧げるかのように真剣で… 自分がヒカリ・エヴァンスハムのような推理力のない、ただの一般女性であることが申し訳なくなってしまっていた。
神父様のためにも、何とかしてあげたい… そうは思うけれど、私に何とかしてあげることがあるはずもない。ここは、優秀な和戸くんに考察をお願いして、私が助手のようにサポートすれば少しは可能性もあるのかしれないなどと考えている間も、神父様はずっと私の手を握りしめていた。
「あの… 神父様、少し近すぎませんか? それと、ちょっと長すぎる気が…」
イケメンに至近距離で両手を握りしめられるなんて、そんな幸せなことはなかったけれど、ここは教会… さすがに私でも気が引けてしまっていた。何より、これ以上ドキドキさせられてしまうと、神父様の沼にはまってしまいそうで怖くなっていた。
「これは、失礼しました。心が動揺してしまって… でも、お嬢様のおかげで楽になれたのは本当です。ありがとうございました」
そう言って、神父様が手を放して適正距離に体を戻すと、名残惜しくてつい両手を掴み返したくなってしまったが、私はそれをギリギリのところで堪えることに成功した。
現代において、自他共に認める生粋の美青年好きだった望月ひかりにとってそれは、経験したことのない感覚だった。一方的に恋する恋愛は自由。心の中で人を好きになることは、誰にも迷惑をかけず、誰にも止めることのできない。誰にも平等に与えられたイケメンを愛するという権利を阻害することなどできないはずだった。
顔が良ければ多少の性格難には目をつぶれるし、顔も性格良い男性なんて、それこそ都市伝説級。物語や空想の産物でしかないのだろうと思って生きてきた。
それなのに、目の前にいる希代の美青年が神父様だというのは、神はどれだけ私に試練をお与えになるのだろう…
と、ヒカリ・エヴァンスハムと違い宗教への関心が薄い望月ひかりの思考で動いているにも関わらず、罪悪感を覚えてしまっているのだった。まずい… これがただの夢だったら、きっと私は迷うことなくイケメン神父に愛でられたいという美青年好きの悪い癖が出てしまっていたかもしれない。百歩譲って夢の中だったらそれは問題ないのかもしれないけれど、どういう事情かわからないにしてもここはもう一つの現実世界… 神父と恋に落ちるなんてことが許される倫理観ではない。
私は、この世界でも悪い癖が勃発しないようにと、気を引き締め… 必死に意識を神父様以外に向けることに努めた。
そうそう、こんなときは頭を働かせて理性を呼び起こすことが大事。丁度、今回教会を訪れたのはレストレード警部に頼まれた切り裂きジャック事件の聞き込みのためだった。和戸くんから聞いておいた方がいい質問リストを預かっている。その質問を投げかけることで、神の側で不謹慎にも芽生えかけている下心を浄化しようと心掛けた。
「あの、神父様… 事件のあった日、神父様はどうして犯行現場近くにいらっしゃったんですか…?」
ドキドキしながらそう質問を切り出すと、神父様は変わらぬ至近距離のままでニッコリと微笑み、その後、穏やかなに目を閉じて、話をし始めた。
「あの日私は… 危篤の教徒や病気で苦しんでいる教徒たちのために祈りを捧げに行っていました」
「犯行予想時刻の深夜2時から3時半の間、ずっとですか?」
「ええ、はい。お祈りをした教徒や各病棟の警備員に聞いてもらえばわかると思いますが、帰る頃には日が昇り始めていたので、朝方までいたと思います」
「では、神父様にはアリバイがあるということですね」
「その日、何時に誰にお祈りを捧げていたかまではハッキリと覚えている訳ではないですし… トイレに行ったり、病室を移動したりと1人きりだった時間がなかったかといえば、そんなことはないですが」
「そうですか… では、被害者のドクターと面識は?」
「今回の犠牲者は、外科医のドクターだったそうですね。あの病院には定期的にお祈りに行っていましたから、もしかしたらどこかですれ違ったりしたことくらいは、あるかもしれませんが… 接点という接点は、特にありませんでした」
レストレードから受け取った報告書にも、同様のことが書いてある。警察の聞き込みした内容と食い違いもなし… 被害者周辺の人物も神父様と被害者の間に接点があったと発言している人はいなかったし、何か揉め事があったとは考えられない。そういうことなら、神父様は”シロ”と言っていいのかもしれない。
「あの…」
変わらず至近距離から顔を遠ざけようともせずに、神父様は話しを続けた。
「神は私の行いをご覧になっていたと思うので、そんなことは起こらないと思いますが… もし、えん罪で逮捕されるようなことになったらと思うと恐怖を感じるのです」
そう言って神父様は、私の両手を握りしめた。
「万が一、私が切り裂きジャックだと誤解されて、殺されるようなことがあったらと思うと…」
「神父様、心配いりません。大丈夫ですよ…」
「ありがとうございます… 名探偵と呼ばれるお嬢様にそう言っていただけると… 救われた気持ちになります…」
そう言いながら私の目を見つめる神父様の瞳は、澄んで見えて美しかった。
「6人目の事件が発生してから時間が経っているのに、私は変わらず容疑者の1人とされたままのようですし… 5人も被害者を出しながら、これまで犯人を絞り込むことすらできていなかった無能な警察に期待などできません。どうか、どうかお嬢様の類まれな推理力で… 私を救って下さい。お願いします…」
神父様が、至近距離のまま私の両手を握り合わせてそう懇願する。その様は、まるで神に祈りを捧げるかのように真剣で… 自分がヒカリ・エヴァンスハムのような推理力のない、ただの一般女性であることが申し訳なくなってしまっていた。
神父様のためにも、何とかしてあげたい… そうは思うけれど、私に何とかしてあげることがあるはずもない。ここは、優秀な和戸くんに考察をお願いして、私が助手のようにサポートすれば少しは可能性もあるのかしれないなどと考えている間も、神父様はずっと私の手を握りしめていた。
「あの… 神父様、少し近すぎませんか? それと、ちょっと長すぎる気が…」
イケメンに至近距離で両手を握りしめられるなんて、そんな幸せなことはなかったけれど、ここは教会… さすがに私でも気が引けてしまっていた。何より、これ以上ドキドキさせられてしまうと、神父様の沼にはまってしまいそうで怖くなっていた。
「これは、失礼しました。心が動揺してしまって… でも、お嬢様のおかげで楽になれたのは本当です。ありがとうございました」
そう言って、神父様が手を放して適正距離に体を戻すと、名残惜しくてつい両手を掴み返したくなってしまったが、私はそれをギリギリのところで堪えることに成功した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる