ゴブリンロード

水鳥天

文字の大きさ
189 / 213

捨身

しおりを挟む
 遠く崩壊塔の上から一人、星の大釜を見つめるジヴァは首を振って後ろを見る。その視線の先にいるのはガラルドがいた。職人用の作業着を乱暴に羽織り、重たそうな足取りでジヴァの方へと歩いてくる。そしてジヴァから少し離れたところで座り込んだ。

 ジヴァとガラルドの間には遠すぎず近すぎず、見知らぬ他人とも親しい友人とも言えない微妙な距離が空いている。その二人の間を高所の冷たい強風が吹き抜けていった。

「やぁガラルド。息災でなにより」

 風音が吹きすさぶ崩壊塔の頂上であってもジヴァの声は透き通るようにガラルドの耳元に届く。しかしガラルドは何も答えず、ただ黙って星の大釜の方角をじっと眺めたままだった。

 その大釜の中心から、天に向かって伸びていく白線。その線はやがて途切れると、かすんで消えていった。



 ユウトは振動と圧力に耐えている。ヴァルの上昇速度はユウトの想像を超え、圧縮された空気の層がユウトの身体を押しつつぶすかのようにのしかかっていた。

 兜によって幾分守られた瞳をうっすらと開けながら、ユウトは大魔獣の核へとつながる手がかりを追い続ける。それは核へと送られる魔力の流れ、その残滓だった。ユウトは頼りなくたゆたう魔力の流れを視覚を感知し続ける。ときおり途切れながら、蜘蛛の糸を手繰るように向かうべき方向を両手で立てた大魔剣の切っ先で指し示し続けた。

 見上げる空の青は次第にゆっくりと深みを増していく。一面が紺色へと変化し、地平線はぼやけ、強さを増した日の光がユウト達を照らし上げた。

 その時、濃紺の空にきらりと点が瞬く。

「見つけた!」

 ユウトは思考の中で叫んだ。

「ヴァル!見えたか?」
「目標ヲ確認。距離ヲ測定・・・推力残量デハ届カナイ、残念ダ」

 ヴァルの無機質な返答。ユウトにはどこか悔しさのようなものが滲んでいるような気がした。

「わかった・・・足りない距離はオレの跳躍で補おう。ラトム、手伝ってくれ。ヴァルは一番効率の良くなる間合いで合図を出して欲しい。あとオレは今喋れない、この内容でラトムとセブルにも伝えてくれ」
「了解シタ」

 ヴァルはラトムとセブルへ向けて情報共有を行う。そして了解の最終確認を終え、ヴァルの秒読みが開始された。

 淡々と数字が読み上げられてゆく。

「・・・六、五、四」

 ユウトはヴァルとの接着面で魔力を圧縮させていった。

「三、二、一、今」

 ヴァルの掛け声がと共に、ユウトは全力で飛び上がる。自身の筋力と高圧縮させた魔力の破裂を利用しヴァルを踏み台にした。

 ユウトが跳び上がる寸前にはヴァルの表面に吸い付くような感覚は消え、セブルはユウトの身体へと戻っている。ラトムはヴァルから引き継ぐようにユウトの腰で翼を広げると推力を発現させ、姿勢を制御し始めた。

 遠く濃紺に浮かぶ点だったモノがその大きさを増していく。徐々に大魔獣の核の姿をユウトは目でとらえることができてきた。

 赤黒い球体を中心として黄金と赤橙の湾曲した何枚もの幕が広がっている。その一枚一枚はたゆたう花弁のように層をなして開いていたが急に波打ち、ざわめくと輝き始めた。

 そしてその輝く光は次第に中心の球体へと収束していく。

「(やっぱり、まだ魔力を残しているよな)」

 収束して凝縮された光はついに放たれた。

 それはこれまで地上へと振り落とされていた光線とは異なっている。小さく細切れにされ光弾となり、一定間隔に連射されて弾幕を成形した。

「オイラに任せてくださいっス!」

 ラトムの声が響く。ラトムは微妙に推力の方向を変え、光弾を最小限の動きと回転をもって回避した。

 そうしてしばらく避けながら上昇を続け、距離を縮める。しかしその勢いはゆっくりと落ちついてきていることにユウトは気づいていた。

「ユウトさん。そろそろ限界かもしれないっス」
「わかった。もうひと踏ん張り、頼む」

 ユウトの口が開けるほど、速度が落ち着き始めている。

「はいっスぅ・・・!」
「セブル。最大出力で大魔剣を使う。その準備のための時間が欲しい。守ってくれ」
「もちろんです!」

 セブルはユウトの身体と鎧の隙間に自身を滑り込ませて埋めた。

 宙に浮く大魔獣の核までの距離はまだあり、楽観できるほど近くはない。しかしユウトは不安を感じなかった。

「やれるだけのことをやった」

 ユウトは身体を大きく逸らせながら大魔剣をめいっぱい振りかぶる。

「ここでだめでもかまわない」

 ラトムは翼を大きく広げさらにユウトを押し上げた。

「全力を出し切ったなら、もう後悔はない」

 降り注ぐ光弾がユウトの鎧に着弾する。しかしその熱と圧力はセブルによって分散、軽減され、セブル自身の身も焼かれながらユウトを守った。

「オレ達は、来た。ここまで来た。確かに来たんだ!」

 基本に忠実、力まず弛まず。魔力は大魔剣へと注がれ続け、輝きを増す刀身は赤みのある白から青色へと変わり、振動が増した。

「勝負!」

 ユウトは歯を食いしばり大魔剣を振る。光り輝く刀身は一瞬で収縮し消滅した。

 ユウトと核の間を埋めるものはない。ただ景色が蜃気楼のように歪んだだけだった。

 時間がゆっくりと流れる。ユウトは核から視線を外さず、じっと見つめ続けていた。

 すると核の滑らかな表面に白く筋が入る。ユウトが振りぬいた方向に合わせて光が流れて尾を引いた。

 しかし、足りない。

 広がる光の筋は核を断つには届かなかった。

 花弁のように取り巻く膜が激しく脈打ち収縮すると光に溶け出す。それまでの光弾とは比較にならない捨て身の一撃を放とうとしていることがユウトにはわかった。

「ごめんな」

 刀身を半分以上消滅させ、激しく不規則に震える大魔剣をユウトはもう一度強く握り締める。柄を握る籠手の表面が少しずつきらめき、光となって大魔剣の開ききった鍔へと吸い寄せられていた。

「ユウトさん!大魔剣がッ!」

 セブルが焦りの声を上げた。

 大魔剣の刀身がもう一度光を放ち、崩れていく。崩れた光が向かうのもまた大魔剣の鍔だった。

「暴走っス!」

 ユウトは魔力を大魔剣へとさらに押し込む。大魔剣の機関は限界を超えて稼働し、加速し続けた。

「大魔剣、やっぱり持って帰れそうにない」

 そう呟いて身体をねじると、決死の一撃を今にも放とうとしている大魔獣の核に向けて大魔剣を投げ飛ばす。同じくして大魔獣の核は特大の光線を放った。

 その光の柱はユウトを飲み込むのには十分な太さを持っている。

 しかし、それがユウトに届くことはなかった。

 光の柱は収束し、大魔剣に飲みこまれていく。大魔剣は無慈悲に全て飲み干しながら核へ迫ると、ついにその身が自壊した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした

藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると 土地を蝕む邪気となって現れる。 それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。 派手な奇跡は起こらない。 けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。 ――その役目を、誰一人として理解しないまま。 奇跡が少なくなった。 役に立たない聖女はいらない。 そう言われ、私は静かに国を追放された。 もう、祈る理由はない。 邪気を生み出す原因に目を向けず、 後始末だけを押し付ける国を守る理由も。 聖女がいなくなった国で、 少しずつ異変が起こり始める。 けれど彼らは、最後まで気づかなかった。 私がなぜ祈らなくなったのかを。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生

西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。 彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。 精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。 晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。 死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。 「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」 晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。

才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった

雷覇
ファンタジー
ワノクニ、蒼神流・蒼月道場。 天城蒼真は幼き頃から剣を学び、努力を重ねてきた。 だがある日、異世界から来た「勇者」瀬名隼人との出会いが、すべてを変える。 鍛錬も経験もない隼人は、生まれながらの天才。 一目見ただけで蒼真と幼馴染の朱音の剣筋を見切り、打ち破った。 朱音は琴音の命で、隼人の旅に同行することを決意する。 悔しさを抱えた蒼真は、道場を後にする。 目指すは“修羅の山”――魔族が封印され、誰も生きて戻らぬ死地へと旅立つ。

知識スキルで異世界らいふ

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』

KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。 日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。 アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。 「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。 貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。 集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。 そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。 これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。 今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう? ※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは 似て非なる物として見て下さい

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

処理中です...