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第二章 口は禍の元
Ⅰ‐2
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――翌日、日が暮れる前に精鋭部隊は帰ってきた。馬のいななきが野営地に響く。
宴の準備をしていた俺は、いったん手をとめて、精鋭部隊を迎え入れるために食堂のテントから出る。
従騎士たちも騒ぎを聞きつけて、各々が受け持っている騎士たちの甲冑や馬を受け取っていた。
俺も馬をギルバートに預けているジュリアスのもとへ向かう。
「団長、討伐お疲れさまでした。ご無事で何よりです」
「イディアス。留守の間、ご苦労だった。野営地に変わりはないか?」
「はい、滞りなく。この後の宴の準備も整っていますので」
「おい、みんな!それぞれ、着替えを済ませ、食堂のテントへ集合だ」
疲れなど微塵も見せず、声を張り上げてジュリアスは精鋭部隊の面々に言った。それぞれが自分のテントに戻る中、俺に近づいてきたのはアストリアだった。
「ディア、ただいま」
いまだ大柄な体を甲冑で包んでいた。ところどころ返り血がついていたり、汚れていたりする。だが怪我らしい怪我はない。俺は安堵する。
「アストリア様、ご無事で何よりです。ご活躍もお聞きしております。大変お疲れさまでした」
「ああ」
アストリアは笑顔を見せる。あまりにも眩しい表情に、従騎士たちが頬を染めている。他のふたりもだが、アストリアは市井や貴族の女性だけでなく、可憐な少年たちの憧れでもあるのだ。
「これを」
アストリアが手を差し出してきたので、俺は両手で受け取る。掌に転がってきたのは、透明だが、歪な形の石だった。
「これは…?」
「金剛石という珍しい石だ。討伐に向かう途中の崖で見つけたんだ。お前に贈りたいと思って」
透明な石ではあるが、それを俺にくれるというのか。何故に?首をかしげる俺に、アストリアは蕩けるような笑顔を見せてきた。
「王都に帰ったら加工してピアスにしよう。一流の職人に頼むから楽しみにしていてくれ」
「はあ…」
俺の気のない返事にもアストリアは気にする様子もない。
俺の一族は幼い頃に耳に穴をあける習慣がある。俺たちの祖の親である『狩人』が北の地方の出身なのだ。北の地では、例え魔獣に顔を食われても、耳に残ったピアスで誰か判別していたという。
「もっと、嬉しそうな顔をしてあげてください、先輩」
あまりにも対照的な俺たちに、フェリアスが声をかけてくる。こちらもいまだ甲冑姿であり、手に持った太刀は身の丈ほどある巨大なものだ。
「フェリアス様、お帰りなさいませ」
「ディー先輩、物資の準備ありがとうございました。お陰で、みな大きな傷を負うことなく帰ってこれました」
高位貴族であればあるほど、強力な魔法を使えることが多いが、当然、魔法を使うのは人間なのだから尽きてしまう。そんなときに役に立つのが、人工的に作られた治療薬だった。
俺は魔法が使えない分、治療薬に頼るしかないので、腕のいい薬師から薬を買っているのだ。
「で、その石の話なんですがね」
「おい、フェリアス。余計なことを言うな」
「あ、あの…この石は、そんなに価値があるのですか?」
「ええ、大変希少な宝石なのですよ。我々王族でも滅多に手に入らないくらいの。しかも大変、大きな意味を持つ石です」
宝石の類には全く知識がないため油断していた。俺は引きつった笑いをし、掌の宝石を突き返す。
「あの、お返ししま…」
「ディア、たまたまだ!たまたま見つけただけだ。それを俺がお前に贈りたいだけなんだ!」
俺が返そうとすると、慌てて掌ごとアストリアは手を握ってきた。大柄な身を屈ませて、顔をのぞき込んでくる。
「ディア。お願いだ。返すなど、哀しいことを言わないでくれ…」
不安そうな顔で言ってくるアストリアに俺も焦る。
「素直じゃないですね兄上は。討伐後に何時間もさまよって…」
「フェリアス!もう言うな!!とにかく、これは一旦、俺が預かって、ピアスにしておくから!いくぞ、フェリアスっ」
「いたい!引っ張らないで下さいよ、兄上!」
アストリアは俺の掌から金剛石を摘まみ上げると、フェリアスを引き摺って行く。アストリアの背を見送ると、俺も厨房に戻った。
既に娼館の者たちは到着しており、それぞれが美しく着飾っていた。
娼館の女たちに混じり、男娼もいた。俺でも見惚れてしまうほどの美しい者達だ。アストリア含めた3人の性的指向が男性だったとしてもこれで安心だ。
あの夜は使いやすい孔として、気まぐれで抱かれてしまったのだ。
凡庸な顔立ちで秀でたところのない俺よりも、しなやかな四肢を持つ美青年や眩い肌をした美少年の方がいいに決まっている。今日は俺が抱かれることはあるまい。
俺は安堵のため息を吐いた。
宴の準備をしていた俺は、いったん手をとめて、精鋭部隊を迎え入れるために食堂のテントから出る。
従騎士たちも騒ぎを聞きつけて、各々が受け持っている騎士たちの甲冑や馬を受け取っていた。
俺も馬をギルバートに預けているジュリアスのもとへ向かう。
「団長、討伐お疲れさまでした。ご無事で何よりです」
「イディアス。留守の間、ご苦労だった。野営地に変わりはないか?」
「はい、滞りなく。この後の宴の準備も整っていますので」
「おい、みんな!それぞれ、着替えを済ませ、食堂のテントへ集合だ」
疲れなど微塵も見せず、声を張り上げてジュリアスは精鋭部隊の面々に言った。それぞれが自分のテントに戻る中、俺に近づいてきたのはアストリアだった。
「ディア、ただいま」
いまだ大柄な体を甲冑で包んでいた。ところどころ返り血がついていたり、汚れていたりする。だが怪我らしい怪我はない。俺は安堵する。
「アストリア様、ご無事で何よりです。ご活躍もお聞きしております。大変お疲れさまでした」
「ああ」
アストリアは笑顔を見せる。あまりにも眩しい表情に、従騎士たちが頬を染めている。他のふたりもだが、アストリアは市井や貴族の女性だけでなく、可憐な少年たちの憧れでもあるのだ。
「これを」
アストリアが手を差し出してきたので、俺は両手で受け取る。掌に転がってきたのは、透明だが、歪な形の石だった。
「これは…?」
「金剛石という珍しい石だ。討伐に向かう途中の崖で見つけたんだ。お前に贈りたいと思って」
透明な石ではあるが、それを俺にくれるというのか。何故に?首をかしげる俺に、アストリアは蕩けるような笑顔を見せてきた。
「王都に帰ったら加工してピアスにしよう。一流の職人に頼むから楽しみにしていてくれ」
「はあ…」
俺の気のない返事にもアストリアは気にする様子もない。
俺の一族は幼い頃に耳に穴をあける習慣がある。俺たちの祖の親である『狩人』が北の地方の出身なのだ。北の地では、例え魔獣に顔を食われても、耳に残ったピアスで誰か判別していたという。
「もっと、嬉しそうな顔をしてあげてください、先輩」
あまりにも対照的な俺たちに、フェリアスが声をかけてくる。こちらもいまだ甲冑姿であり、手に持った太刀は身の丈ほどある巨大なものだ。
「フェリアス様、お帰りなさいませ」
「ディー先輩、物資の準備ありがとうございました。お陰で、みな大きな傷を負うことなく帰ってこれました」
高位貴族であればあるほど、強力な魔法を使えることが多いが、当然、魔法を使うのは人間なのだから尽きてしまう。そんなときに役に立つのが、人工的に作られた治療薬だった。
俺は魔法が使えない分、治療薬に頼るしかないので、腕のいい薬師から薬を買っているのだ。
「で、その石の話なんですがね」
「おい、フェリアス。余計なことを言うな」
「あ、あの…この石は、そんなに価値があるのですか?」
「ええ、大変希少な宝石なのですよ。我々王族でも滅多に手に入らないくらいの。しかも大変、大きな意味を持つ石です」
宝石の類には全く知識がないため油断していた。俺は引きつった笑いをし、掌の宝石を突き返す。
「あの、お返ししま…」
「ディア、たまたまだ!たまたま見つけただけだ。それを俺がお前に贈りたいだけなんだ!」
俺が返そうとすると、慌てて掌ごとアストリアは手を握ってきた。大柄な身を屈ませて、顔をのぞき込んでくる。
「ディア。お願いだ。返すなど、哀しいことを言わないでくれ…」
不安そうな顔で言ってくるアストリアに俺も焦る。
「素直じゃないですね兄上は。討伐後に何時間もさまよって…」
「フェリアス!もう言うな!!とにかく、これは一旦、俺が預かって、ピアスにしておくから!いくぞ、フェリアスっ」
「いたい!引っ張らないで下さいよ、兄上!」
アストリアは俺の掌から金剛石を摘まみ上げると、フェリアスを引き摺って行く。アストリアの背を見送ると、俺も厨房に戻った。
既に娼館の者たちは到着しており、それぞれが美しく着飾っていた。
娼館の女たちに混じり、男娼もいた。俺でも見惚れてしまうほどの美しい者達だ。アストリア含めた3人の性的指向が男性だったとしてもこれで安心だ。
あの夜は使いやすい孔として、気まぐれで抱かれてしまったのだ。
凡庸な顔立ちで秀でたところのない俺よりも、しなやかな四肢を持つ美青年や眩い肌をした美少年の方がいいに決まっている。今日は俺が抱かれることはあるまい。
俺は安堵のため息を吐いた。
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