死ねない死者は夜に生きる

霜月透子

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サキは月の光に照らされる

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「明日は満月だな」

 庭先に立つランコが、夜空を見上げて言った。
 サキは窓枠に寄りかかったまま視線を上げた。小さな雲がいくつか散っているだけの夜空に小望月が浮かんでいる。もはや今夜が満月と言ってもいいのではないかと思うほどに丸い。

「私もランコと一緒に行くの?」
「そうだな。まあ別行動でも全然構わないけど」
「無理よ、一人でなんて」

 平気さ、とランコは笑ったけれど、サキは絶対に離れずについていこうと思っている。

 満月の夜は狩りをするのだそうだ。
 死せる者はつまり死体であり、死してなお躰を維持するためには生ける者の摂取は不可欠らしい。ただ摂取の頻度は低くても構わないらしく、狩りは満月の夜と決まっているらしい。
 ランコは「決まっている」という言葉で説明してくれたが、ヒガンにルールや規則、ましてや法律などがあるはずもなく、となると慣習のような生態のようなものなのだろう。満月には自然と力がみなぎるのだとランコは呵々と笑う。

「狩りって、どうすればいいの?」

 明日が、サキがヒガンに来てから何度目の満月なのかはわからない。満月であっても雲隠れの夜であれば狩りの日とはならないからだ。いずれにせよ、明晩がサキにとっては初めての狩りだ。まったく勝手がわからない。

「本能のままにすればいい。多くの死せる者は、ヒガンに来た時から単独で行動している。なんの知識がなくてもやっていけるということだ」

「そう……私は運がよかったのね。死せる者の先輩であるランコに出会えたなんて。いろいろ教えてもらえて助かっているわ」

 このベッドで目覚めた時、混乱はなかった。命が尽きたこと、ここが元の世界とは異なること、そういったことが瞼を開けば景色が見えるように当然のこととして受け入れられた。それが死せる者の本能なのかもしれない。

 なんの知識がなくてもやっていける――たしかにそうだろう。長く過ごすうちに自然とわかってくることもあるだろう。それでも、先駆者の知識を分け与えてもらえるのはヒガンでの暮らしの質を高めた。

 暮らし……か。
 この暮らしもいつまで続くのだろう。ランコは遥かな時を死せる者として過ごしているらしいが、人によっては間を置かずして還りし者になるという。
 死せる者がさらに死んだ場合、輪廻の流れに戻ることになるというのだ。輪廻に還る者のことを還りし者と呼ぶ。還りし者となれば、再び生ける者としての生を受けるわけだ。ただ、それがいつなのか知るすべはない。
 死せる者は死んでいるにも関わらず、第二の死が控えている。すべてには終わりがある。誰しも始まった瞬間から終わりへと向かう。

 そういったこともすべてランコが教えてくれた。ひとりきりでこの世界に降り立っていたら知るすべはなかっただろう。本当にありがたい。

 ランコは庭をそぞろ歩きしながら、気持ちよさそうに月光を浴びている。

 満月前夜の月は明るい。白銀の粒子は黒々とした海に降り注ぎ、波頭を白く染めている。流れ、揺れるたびに水面の月の粉が舞う。きらめきが翻るたびに、かすかに甘く、それでいて清涼な芳しい風を生む。夜が、これほど美しいとは知らなかった。

 シガンの生ける者が昼の住人なら、ヒガンの死せる者は夜の住人だ。生ける者が日の光に魅せられるように、死せる者は月の光に囚われるのかもしれない。

 引き寄せられるように庭に足を踏み出す。庭の中ほどまで進んだところで、突如、身の内が空になった感覚がして、咲の躰は崩れ落ちた。
 すぐさまランコが気付いて駆け寄ってくる。

「サキ……!」
「あ……ごめ……また、力が……」
「……もう部屋に入った方がいい」

 そう言って、ランコはひょいとサキを背負った。死せる者は生ける者とは比べものにならないほど身体能力が高いらしく、少女の体格のランコでもサキのことを容易く担げるのだった。それでも、身長差があるため、サキのつま先が芝を削った。

 ランコはサキをベッドに寝かせると、カーテンを閉めた。月光を遮ると、サキの躰にじわじわと力が行き渡っていく。生ける者だったころの、痺れが遠のいていく感覚に似ている。

 サキが伏すベッドの端にランコが腰かけた。

「やっぱりサキは月の光も合わないみたいだな」
「他の人たちはそんなことないの?」
「少なくとも私が知る中にはいないな。死せる者は誰だって日の光には弱いけど、月の光にまで弱いだなんて聞いたことがない」
「これって、困る……わよね?」
「まあな……狩りに支障が出るだろうな」
「つまり?」
「どこまでも弱っていく――まあ、この辺は想像でしかないけれど」
「ランコでもわからないことがあるなんて。それくらい珍しいのね」
「そういうこと」
「原因はなにかしら?」
「たぶん――あ、いや」

 答えかけたランコの口が引き結ばれる。
 サキは言葉の続きを待ったが、ランコの閉じた唇が開くことはなかった。
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