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第五話 ふれ合い
朝食後のことだ。
「本日は屋敷の中をご案内いたしますね、アキラ様」
にこやかに微笑むルシアに、アキラは慌てて手を振った。
「様はいらないよ!アキラでいいってば」
「それは難しいです、アキラ様はロウ様の大切なお方ですから」
優しく微笑むルシアから意思の強さが見えアキラは苦笑して諦めた。
「さあ、行きますよ!」
「うん、お願いします!」
*
廊下を進みながら、ルシアは一つひとつ扉を示していく。
「こちらは図書室です。ほとんどロウ様が集められた本が並んでおります」
重厚な扉の向こうには、高い書棚がぎっしりと並んでいるのが見えた。
「すごい!何冊あるんだろう……」
「それは私も把握できていないのです。ハロルドによると五万冊はあるそうですよ」
「五万!?」
「フフ、隣は客間でございます。来客の方はこちらへお通しします」
落ち着いた色合いの調度が揃い、静かな空気が漂っている。
「そしてこちらが温室です。季節の花を一年中楽しめます」
「一年中!?凄いなぁ!管理が大変だ……」
ガラス越しに、色とりどりの花々が陽光を浴びて輝いている。
「ふふ、管理は全て庭師のジョセフがしているのです。無口だけど優しい青年ですよ。今度会ったときは話しかけてあげてください」
さらに奥へ進む。
「厨房はそちらです。料理長が毎日腕を振るっております」
昼の準備をしているのだろうか?
香ばしい匂いが廊下まで漂ってくる。
アキラとルシアは厨房に足を踏み入れた。
「わあ……!すごい!」
広い調理場には大きな窯。忙しく働く料理人たち。
「こちらが料理長のイワンです」
大柄な熊の獣人が振り向いた。
「おお!貴方はロウ様の!」
「アキラです、初めまして。今朝の料理美味しかったです」
「お口に合ったのなら良かった!」
イワンは豪快に笑い「ああそうだ」と続けた。
「あとで甘い菓子でもお持ちしますよ」
「え、本当ですか!?楽しみにしてます!」
目を輝かせるアキラに、ルシアがくすりと笑う。
「アキラ様は甘いものがお好きなのですね」
「うん、大好き!」
厨房を後にし、再び廊下へ出る。
屋敷の奥へ進むにつれ、空気が重たくなってくる。
「この先は執務室とロウ様の私室がございます」
ルシアの声も自然と小さくなった。
「ロウの部屋……」
思わず足が止まる。
扉の前には重厚な装飾が施され、他の部屋とは明らかに雰囲気が違う。
近づくだけで、どこか緊張してしまう。
「今は仕事中ですのでお会いすることは出来ませんが……」
ルシアがそう言った後でちょうど執務室の扉が開いた。
「誰が会わないと言った?」
「ロウ!」
「アキラ、今朝会ったばかりだというのにお前に会いたくて仕方なかったよ」
甘い言葉と共に、頬に触れる大きな手。
アキラは慌ててルシアの方を見た。
「い、今はルシアに案内してもらってるんだ!」
「そうだったな、退屈していないか?」 「全然!すごい屋敷だなって思ってたところ」
ロウは満足そうに頷いた。
「それなら良かった。何か足りないものがあればすぐに言え」
「もう十分すぎるよ」
アキラは苦笑する。
ルシアが一歩下がり、恭しく頭を下げた。
「ロウ様、午後の書簡の確認がまだ残っておりますよ」
「わかっている」
ほんの一瞬、ロウの眉が寄る。だがすぐにアキラへ視線を戻した。
「執務室も見せたい」
そう言って、迷いなくアキラの手を取る。
半ば強引に中へ連れて行かれ、アキラは目を丸くした。
執務室は広く、壁一面に地図と書棚が並び、中央には大きな机。机の上には書簡が山のように積まれている。
「忙しかったんじゃ……」
ぽつりと呟くと、ロウは肩をすくめた。
「まあな。この辺り一帯の治安や交易の管理、冬の備蓄の確認……正直やることが山積みだ」
昨夜「面倒な仕事は部下がやっている」と言っていたのに、結局は自分でしっかり目を通しているのだ。
「なんだ、ちゃんとやってるじゃん」
「当然だ」
ロウは椅子に腰掛けると、ペンを取り素早く書類に目を走らせ始めた。真剣な横顔。まさにこの土地を治める者そのものだった。
アキラは少し離れた場所からその姿を見つめる。
(本当に……異世界に来たんだなぁ、俺)
何もかもが違う。違いすぎる。
ロウの頭の上に生えた大きな耳がピクリと動く。
あの震えていた小さな子狼が、今は多くの者を守る立場にいる。胸の奥がじんわりと温かくなった。
やがてロウは最後の書簡に印を押し、ペンを置いた。
「終わった」
「早っ!」
「好きな相手を待たせたくないからな」
当然のように言うと、ルシアが静かに微笑んだ。
「さすがロウ様です。それでは私は失礼いたしますね」
扉が閉まり、室内には二人きり。
静寂の中、ロウが立ち上がりアキラの前に立った。
「屋敷はどうだった?」
「びっくりするくらい広いし、みんなロウのこと尊敬してるよ」
「そうか、俺のことを怖がってはいなかったか?」
「うん、信頼してる顔だったよ!」
ロウはわずかに目を伏せる。
「それならいい」
その横顔は穏やかだった。
アキラはゆっくり息を吸う。
「ロウ」
「ん?」
「昨日の返事、すぐには出来ないって言ったけど……俺は逃げるつもりはないから」
ロウの瞳が揺れる。
少しの沈黙。
やがてロウは大きな手で、今度は優しく、慎重にアキラの手を包んだ。
「必ず惚れさせてみせる」
「ッ!」
力強い瞳にアキラは息を呑んだ。
ロウはニヤリと笑う。
「待つのは嫌いじゃない。狩りは忍耐だと父上から教わったからな」
「ええ、例えが物騒なんだけど……」
「獣としての本能の血が騒ぐんだ」
真っ直ぐな視線を受け止めながら、アキラはごくりと生唾を呑んだ。と、その瞬間ロウは盛大に吹き出した。
「ははは!冗談だよ、冗談」
「え……?嘘ってこと?」
「まあ半分な。俺たちは獣人族だから本能を忘れていないのは確かだ。怖がらせて悪かったよ」
「なんだよ、もう……」
「怒ったのか?」
「怒ってないよ」
とは言うものの、アキラはムスッとした顔をしている。
ロウはアキラの顔を覗き込むように屈むと「悪かったよ、怒らないで」と頬にキスをした。
「っ!?」
ブワッとアキラの顔が真っ赤に染まる。
「惚れさせると言ったからな。これくらいは許してほしい」
ロウの声はどこまでも優しかった。
アキラはまるで恋する乙女のように、顔を上げることが出来なかった。
「本日は屋敷の中をご案内いたしますね、アキラ様」
にこやかに微笑むルシアに、アキラは慌てて手を振った。
「様はいらないよ!アキラでいいってば」
「それは難しいです、アキラ様はロウ様の大切なお方ですから」
優しく微笑むルシアから意思の強さが見えアキラは苦笑して諦めた。
「さあ、行きますよ!」
「うん、お願いします!」
*
廊下を進みながら、ルシアは一つひとつ扉を示していく。
「こちらは図書室です。ほとんどロウ様が集められた本が並んでおります」
重厚な扉の向こうには、高い書棚がぎっしりと並んでいるのが見えた。
「すごい!何冊あるんだろう……」
「それは私も把握できていないのです。ハロルドによると五万冊はあるそうですよ」
「五万!?」
「フフ、隣は客間でございます。来客の方はこちらへお通しします」
落ち着いた色合いの調度が揃い、静かな空気が漂っている。
「そしてこちらが温室です。季節の花を一年中楽しめます」
「一年中!?凄いなぁ!管理が大変だ……」
ガラス越しに、色とりどりの花々が陽光を浴びて輝いている。
「ふふ、管理は全て庭師のジョセフがしているのです。無口だけど優しい青年ですよ。今度会ったときは話しかけてあげてください」
さらに奥へ進む。
「厨房はそちらです。料理長が毎日腕を振るっております」
昼の準備をしているのだろうか?
香ばしい匂いが廊下まで漂ってくる。
アキラとルシアは厨房に足を踏み入れた。
「わあ……!すごい!」
広い調理場には大きな窯。忙しく働く料理人たち。
「こちらが料理長のイワンです」
大柄な熊の獣人が振り向いた。
「おお!貴方はロウ様の!」
「アキラです、初めまして。今朝の料理美味しかったです」
「お口に合ったのなら良かった!」
イワンは豪快に笑い「ああそうだ」と続けた。
「あとで甘い菓子でもお持ちしますよ」
「え、本当ですか!?楽しみにしてます!」
目を輝かせるアキラに、ルシアがくすりと笑う。
「アキラ様は甘いものがお好きなのですね」
「うん、大好き!」
厨房を後にし、再び廊下へ出る。
屋敷の奥へ進むにつれ、空気が重たくなってくる。
「この先は執務室とロウ様の私室がございます」
ルシアの声も自然と小さくなった。
「ロウの部屋……」
思わず足が止まる。
扉の前には重厚な装飾が施され、他の部屋とは明らかに雰囲気が違う。
近づくだけで、どこか緊張してしまう。
「今は仕事中ですのでお会いすることは出来ませんが……」
ルシアがそう言った後でちょうど執務室の扉が開いた。
「誰が会わないと言った?」
「ロウ!」
「アキラ、今朝会ったばかりだというのにお前に会いたくて仕方なかったよ」
甘い言葉と共に、頬に触れる大きな手。
アキラは慌ててルシアの方を見た。
「い、今はルシアに案内してもらってるんだ!」
「そうだったな、退屈していないか?」 「全然!すごい屋敷だなって思ってたところ」
ロウは満足そうに頷いた。
「それなら良かった。何か足りないものがあればすぐに言え」
「もう十分すぎるよ」
アキラは苦笑する。
ルシアが一歩下がり、恭しく頭を下げた。
「ロウ様、午後の書簡の確認がまだ残っておりますよ」
「わかっている」
ほんの一瞬、ロウの眉が寄る。だがすぐにアキラへ視線を戻した。
「執務室も見せたい」
そう言って、迷いなくアキラの手を取る。
半ば強引に中へ連れて行かれ、アキラは目を丸くした。
執務室は広く、壁一面に地図と書棚が並び、中央には大きな机。机の上には書簡が山のように積まれている。
「忙しかったんじゃ……」
ぽつりと呟くと、ロウは肩をすくめた。
「まあな。この辺り一帯の治安や交易の管理、冬の備蓄の確認……正直やることが山積みだ」
昨夜「面倒な仕事は部下がやっている」と言っていたのに、結局は自分でしっかり目を通しているのだ。
「なんだ、ちゃんとやってるじゃん」
「当然だ」
ロウは椅子に腰掛けると、ペンを取り素早く書類に目を走らせ始めた。真剣な横顔。まさにこの土地を治める者そのものだった。
アキラは少し離れた場所からその姿を見つめる。
(本当に……異世界に来たんだなぁ、俺)
何もかもが違う。違いすぎる。
ロウの頭の上に生えた大きな耳がピクリと動く。
あの震えていた小さな子狼が、今は多くの者を守る立場にいる。胸の奥がじんわりと温かくなった。
やがてロウは最後の書簡に印を押し、ペンを置いた。
「終わった」
「早っ!」
「好きな相手を待たせたくないからな」
当然のように言うと、ルシアが静かに微笑んだ。
「さすがロウ様です。それでは私は失礼いたしますね」
扉が閉まり、室内には二人きり。
静寂の中、ロウが立ち上がりアキラの前に立った。
「屋敷はどうだった?」
「びっくりするくらい広いし、みんなロウのこと尊敬してるよ」
「そうか、俺のことを怖がってはいなかったか?」
「うん、信頼してる顔だったよ!」
ロウはわずかに目を伏せる。
「それならいい」
その横顔は穏やかだった。
アキラはゆっくり息を吸う。
「ロウ」
「ん?」
「昨日の返事、すぐには出来ないって言ったけど……俺は逃げるつもりはないから」
ロウの瞳が揺れる。
少しの沈黙。
やがてロウは大きな手で、今度は優しく、慎重にアキラの手を包んだ。
「必ず惚れさせてみせる」
「ッ!」
力強い瞳にアキラは息を呑んだ。
ロウはニヤリと笑う。
「待つのは嫌いじゃない。狩りは忍耐だと父上から教わったからな」
「ええ、例えが物騒なんだけど……」
「獣としての本能の血が騒ぐんだ」
真っ直ぐな視線を受け止めながら、アキラはごくりと生唾を呑んだ。と、その瞬間ロウは盛大に吹き出した。
「ははは!冗談だよ、冗談」
「え……?嘘ってこと?」
「まあ半分な。俺たちは獣人族だから本能を忘れていないのは確かだ。怖がらせて悪かったよ」
「なんだよ、もう……」
「怒ったのか?」
「怒ってないよ」
とは言うものの、アキラはムスッとした顔をしている。
ロウはアキラの顔を覗き込むように屈むと「悪かったよ、怒らないで」と頬にキスをした。
「っ!?」
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